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ライク ア ヒーロー

2019年7月15日。
私は東京・日比谷野外大音楽堂にいた。

ロックバンド・キュウソネコカミ初の野外ワンマンライブ。
なかなかの抽選倍率をくぐり抜け、東京往復のために夜行バスに揺られた日。
最高に眩しく、楽しく、幸せな空間だった。

その約1年後、2020年7月16日。
私は日比谷野音で買ったバンドのTシャツを着て、パソコンとにらめっこしていた。

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キュウソはまさしくライブバンドだ。

ここ数年はワンマン・対バン・フェスなど、年100本以上のライブをこなしているし、曲もアッパーで盛り上がるものが多い。
これまで何度かnoteに名前を挙げているが、私自身、彼らを好きになったのはアルバムの初回盤に封入されていたライブ映像がきっかけだった。

そんなライブの申し子みたいなバンドが、その歩みをほんの少しだけ止めてしまった。

新型感染症の流行だ。

もうこれはどうしようもない。
感染症の歴史は繰り返していて、人類は自然の脅威にはそう簡単に順応することはできない。

彼らはバンド活動10周年のアニバーサリーイヤーを祝うべく60本以上のライブを予定していたけれど、多くの公演が来年以降に持ち越しとなった。

正直なところ、今年は一度もライブを見れないくらいの覚悟でいた。

そんな中で情報解禁されたのが、生配信で行われる無観客ライブだ。

開催場所は彼らと縁の深い大阪・梅田シャングリラ。
奇しくも昨年彼らのワンマンライブを目にした日の一年後にあたる日。
すぐさまチケットを購入した。もう脊髄反射くらいの勢い。

しかし心境は複雑だった。
彼らの彼ららしさたる所以であるライブが行われる喜びと、画面の前でいつものような熱量をもって楽しめるのか、また初の試みであるライブ生配信が成功するかという不安が綯い交ぜだった。

その不安というか予感は、1/3くらい的中する。

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開演は19:30。バンドのTシャツを着て、パソコンの前に張り付く。
しかし時間になっても一向に始まらない。
その間映像待機画面とともに設けられたチャット欄でファンの皆さんと辛抱強く待っていた。

結局、なんと1時間以上押しての開始になってしまった。
あまりの混線とトラブルに開催すらも危ぶまれたようだ。

メンバーやスタッフの皆さんは、公演中と公演後にそれはそれは何度も謝っていた。
そして同時に、誰も急かさず、チケット代返せとも言わず、グッズ何買っただとか夕ご飯食べたかだとかという、オフ会みたいにのんびり繰り広げられていたチャットに「救われた」と言っていた。

いちファンの感想を言わせていただくと、まずこの状況で配信ライブに挑む姿勢に敬意を表したいし、ただただ感謝しかない。
そして私たちファンは、バンドが掲げている言葉、”楽しくても 思いやりとマナーを忘れるな” を無意識に実行したにすぎないのだ。

なにより救われたのは私の方だった。

始まるまでは一年前のライブを思い出して「あの日は楽しかったな」と懐古するばかりでいたけれど、終わった頃には心から満たされているのが自分でもよく分かった。
目の前にメンバーがいないから盛り上がれるのだろうかという心配は全くもって無用だった。

確かにライブハウスで感じられる息遣いや細かな感動には欠けるかもしれない。
鼓膜を痛めそうな爆音も、ちょっと高めのドリンクもない。
そこにあるのは光る画面、ただそれだけ。

それでも、彼らが久しぶりのライブに喜んでいる姿を、「ロックバンドでありたいだけ」「ライブハウスは最高だね」と高らかに、時に涙ぐみながら歌い演奏する表情を、たとえ画面越しであっても、時間を共有している感覚とともに観れたことが何よりも嬉しかった。

なんだか、自信もなく自分に嫌気がさしてばかりの、長く平坦すぎる日常からようやく解放された気がする。
気がする、というだけでも十分だ。

彼らの存在が、曲があるからこそ、こんなポンコツでも生きていていいんだと思える。
それほどに大事なものだということを改めて痛感した。

私は、また何度でもキュウソネコカというヒーローの背を見て、何度でも立ち上がる。
そして彼らも、何度だって立ち上がるのだ。

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