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八丈島の魅力を作り広めるチーズ職人 魚谷さんから学ぶ「REWILD」な生き方とは? - 後編 -

前編に引き続き、後編ではREWILDを体現する魚谷さんの価値観に迫っていきます。物事の本質や原理を捉え、枠にとらわれない考えを持ちつつもリラックスした雰囲気が魅力の魚谷さん。その原点はどこにあるのか、引き続きお話を伺っていきます。

【前編の記事はこちらから】

魚谷さんプロフィール
神奈川県出身。大学では農学部に進み、ラクトフェリンの研究に従事。大学院卒業後、乳業会社に就職し、チーズの加工に携わる。東日本大震災を機に、食品や土壌などの放射線濃度を検査する会社に転職し、その後29歳の時に八丈島と出会い移住、32歳で八丈島乳業を創業。2020年2月に独立をして「株式会社 欒(おうち)」を設立し、現在はエンケルとハレというチーズブランドを立ち上げフレッシュチーズを作る。JAPAN CHEESE AWARD2020では金賞を受賞。独学で学び一人で作るチーズはその美味しさから業界にて口コミで広まり、都内有名ホテルのレストランにも採用される。 一方で、八丈島の素晴らしさを伝え、島民と共に島の価値を再認識する活動にも勤しむ。

原理の大切さを学んだ幼少期

物心ついた時の両親からの誕生日プレゼントは「工具箱」でした。鋸やドライバー、半田ごて…これがあれば、色々作れるぞと両親から渡されました。普通のおもちゃをもらったこともありましたが、もらった工具箱の道具をつかって作ることができるキットをプレゼントされることもありました。半田ごてを使って作る手作りラジオなんか記憶に残っています。

勉強に関しても、国語辞典、漢和辞典、英和辞典の3冊さえあれば、分からなことはないだろう、という教育方針でした。このお陰で物事の原理を理解する習慣がつき、自ら調べたり自発的に行動を起こすようになったと思います。また、新しいことに対して不安や恐怖という感情よりも、何かが先に見えていることへのワクワク感が先行する性格になったのだと思います。

高校時代はサッカーのプロになろうとも考えていましたが、自分より能力の高い人の多さと、怪我もあったので、スポーツ推薦など受けずに勉強で大学に入りました。農学部を選んだのは理科や生物が好きだったことと、環境問題にも興味があったからです。その後、研究室でラクトフェリンの研究を行いました。

千葉の牧場にて、初めて牛乳殺菌作業を行った魚谷さん
千葉の牧場にて、初めて牛乳殺菌作業を行った魚谷さん

枠にとらわれない考え方の原点

大学、大学院時代は研究に没頭しました。入学した大学は自分よりも勉強ができる人が多く、出身高校をみても明らかでした。しかし研究を進めていく上で、研究の成果は学力の高さに比例しないこともあると知りました。どれだけその研究が好きか、好きだからこそ様々な角度からアプローチを続け「ひらめき」を見つけ、研究の成果を生む。その「ひらめき」さえあれば、探求心から自然と学ぶ姿勢ができて、学力も伴ってくるのではないかと思っています。当初抱いていた大学内での学力に対する劣等感はいつの間にか消えていました。

貪欲に研究に取り組んでいくと、徐々に元の研究分野から逸れていくことも出てきました。当初は食品機能科学領域という領域で研究を進めていましたが、その領域だけでは研究が上手く進まなくなってしまい、応用微生物学や生物化学という異なった領域の研究まで広がっていくようになりました。大学院ではこの3つの研究室をまたぎ研究を行い修士論文を書きました。それでも自分のやりたいことが叶わなかったので、複数の他大学院の研究室の門をたたき、論文を仕上げました。

このような学生時代を過ごしているうちに、枠にとらわれず、物事の原理や繋がりを考えながら仕事に取り組むようになったのだと思います。酪農やそれ以外の活動も、特別なことをしているように見えますが、そんなことはなく、あくまでも原理に乗っ取り、自分らしく自然体で取り組んでいるだけなのです。適度なプレッシャーとワクワク感を持って現在の活動と向き合うことができています。

3.11東日本大震災ボランティアに参加
3.11東日本大震災ボランティアに参加

原理と経験を重んじて牛ファーストで作るチーズ

チーズ作りはマニュアルで習得できるものではないと思っています。自分にはチーズ作りの師匠はいません。チーズ作りの原理を理解し、経験を積むことがチーズ作りで肝心だと信じてこれまで実践してきました。そして何より、美味しい牛乳を作り出すために牛ファーストで酪農をしています。

八丈島乳業では牛を第一に考える通年自然放牧を行っており、牛へのストレスを極力取り払えるようにしています。牧場にいる約30頭の牛には、全て名前が付いています。搾乳の時には名前を呼んで牛との関係性を高め、牛に安心してもらえるようにしています。

牛の幸せを第一に考えた通年自然放牧
牛の幸せを第一に考えた通年自然放牧

そこまでするのは、牛とストレスの関係性を3.11の東日本大震災で身をもって知ったからです。当時も千葉の牧場で乳業に携わっており、震災があった夜も搾乳をし殺菌をする工程を行っていました。その時に出来上がった牛乳を飲んだところ、ただの白い水を飲んでいるかと思うほど味がしなかったんです。そしてその牛乳からチーズを作ることもできませんでした。牛も地震で恐怖を感じていて、その恐怖やストレスが搾乳された牛乳に表れていました。

当時読んでいた、アニマルウェルフェアに関する本「黒い牛乳」に書かれていた、動物たちにも感情があり、幸せな環境をつくってあげることが酪農にとって重要なことだということを、痛感した出来事でした。それ以来、これまで以上に牛の幸せを考え、牛ファーストな酪農を考えるようになりました。

島の味がするチーズを多くの人に味わってもらいたい

八丈島乳業は牧場が海の横にあるため、牧草に潮が付着し、その草を食べて育っているため牛乳の味が他とは違います。その牛乳で作るチーズなので、島の味がすると言われています。そんな「エンケルとハレ」のチーズは八丈島以外でも食べることができます。

エンケルとハレの絶品チーズは丹精込めて作ります
エンケルとハレの絶品チーズは丹精込めて作ります

オンラインでの販売だけでなく、島内外の飲食店にも卸しています。特に食材へのこだわりや、哲学を持っている料理人との繋がりが強いです。有名ホテルからのお声がけをいただき卸していますが、実はほとんど営業をしたことはなく、先方が見つけてきてくれて声をかけてもらっています。1度だけ下北沢のクオーレ・フォルテさんというワインが有名なイタリアンレストランに、まだチーズができる前に訪れました。その際に店主と意気投合し、その後完成したチーズを卸させてもらうようになり、有難いことにそこから徐々に広まって行ってくれました。

現在はフレッシュチーズだけですが、今後はカビや酵母を育て、ブルーチーズやカマンベールチーズ作りも始めてみたいです。マニュアルを持たないチーズの作り方をしているので、しばらく一人体制は続きそうですが、現状の一人体制でも専用工房を持ち、環境が整えば2倍くらいまでは生産量を増やすことができそうなので、八丈島の牛乳で作った美味しいチーズを多くの方に食べてもらいたいという夢も叶えて行きたいです。

エンケルとハレのチーズ

エンケルとハレのチーズは濃厚なのに後味がさっぱりとしていて、本当に美味しいチーズです。八丈島の味のするチーズ、是非味わってみてください。I&O八丈島の食事でも味わうことができます。

前編、後編にわたり魚谷さんのREWILDな生き方についてお話をうかがってきました。本能のままに信念を持って真っすぐに突き進んでいく姿を応援しています!

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