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Jack・O・Lantern青年のありふれた日々に

いやあああああああああ!
街に反響した女の叫び声に、俺はすぐさま踵を返した。

「さすがに寒いな……」
ふぅ、と一息吐いて足下に転がっていた男の胸ポケットからシガレットケースを拝借する。
「なんだ、LARKかよ」
10月ももう終わる。ほんの少しだけ口を付けたタバコを男の上に投げ捨てると、身震いをして歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ。あなた一体、」
「野暮だぜ、売女のおねぇさん」
「なっ……野暮なのはどっちよ!ま、待ちなさいよ!!ねぇ!!!」
追いかけてきてもムダ。だって俺の姿はあの角を曲れば見えなくなるんだから。
「ちょっと、聞いてるの!?待ちなさいって言ってるで……え?」
ほらね、おねぇさんには俺を見つけることなんてできやしないよ。
え、何でかって?うーん、この声が届いてるお前らにだけは教えてあげる。
俺が、闇から生まれたヒーロー、Jack・O・Lanternだからさ。
やや波打つ影が、闇の中に消えた。

「やぁ、おかえり。外は寒かっただろう?」
「あぁ、さすがにマント無しじゃ寒くて動きが鈍るよ。ただいま、Jamおじさん。」
まるで彼が帰るタイミングを分かっていたかのように出来たばかりの熱々のスープを運んできたこの初老の男は、彼の本当の叔父という訳では無い。
しかし、故あってこの家に辿り着いた彼を「ヒーロー」に仕立て上げた張本人でもあった。
表向きには街で天然素材をウリにしたパン屋を営んでいるだけの男である。
作ったパンも自家菜園の野菜をふんだんに使っていておいしいとかなりの評判であったが、Jackですらこの男のバックグラウンドを何一つも知り得ないのである。
しかし、何も知らないということすら疑問に思われないのが彼の奇妙な特性でもあった。
「わっ、パンプキンスープじゃないか。これじゃあまるで共食いだよ、笑えないな」
「まぁまぁ、そう言わず飲んでみなさい。今期の新作ポタージュなんだよ」
冷えた手を温めるように白いカップを手で包む。木のスプーンでゆっくりとかき混ぜるとカボチャの甘い匂いが立ち昇った。
「……おいしい」
ふふっ、そうだろう?と自慢げにJamは鼻を鳴らす。彼の緑掛かった目にはJackの頭部である立派なカボチャが映っていた。
「君に成れなかった子たちで作ったんだ。供養のつもりでしっかり味わってくれよ?」
ガタン――と勢いよくカップをテーブルに置く音がして、
「ケホッ、ケホッ」
Jackは思いっきり咳き込んだ。
「嘘だろ!?なんでそんなもの出すんだよ。あー気持ちわる」
Jamはわざとらしくキョトンとした顔で口を開いた。
「何でってそりゃあ良く育った子たちはパンやケーキや君のために使うから、ちゃんと育てなかった子たちはこうして加工してあげるのが一番だろう?」
「はぁ、そうじゃなくてだな。なんでわざわざ俺にそれを出すんだよ……」
俺の顔は消耗品だ。
戦闘で傷付いたり、長時間炎天に晒されたり、食いモンが無くて困っている動物たちに分け与えて欠けた後は「新しい顔」に入れ替える必要があるのだった。
まるで使い捨てのゴムみたいだけど、実際そうはいかない。
これは、おそらく顔をつけている俺にだけ分かることだが、それらには思考があり、感情があり、痛みがある。
つまり、俺の顔になる奴らは、しっかりと「生きている」のだった。
育てた野菜を愛し、最後まで使ってあげるJamおじさんが悪い訳ではない。
でも、どうしても。
想像してしまうのである、彼らが八つ裂きにされミキサーで攪拌されるその痛みを。
もちろん、おいしく食べてもらうことは彼らの一つの本望でもあった。だけど、喜んで痛みに身を任せるものなどそうそういないはずだった。

そんなことをつらつらと考えているとリビングに繋がる階段に明かりがついた。
「まーたグダグダ言ってるの?おかえり、Jack」
現れたのは素朴な小さい目にカールした黒髪、それといつもの甘ったるい香水の匂い。
「ただいまBatakoさん、夜更かしは肌に悪いよ」
「なに、待っててあげたんじゃないの。」
Butterfly・K。
彼女はJamの相棒であり、愛人であった。彼の秘密を知っていると思われる唯一の人物であったが、彼女もまたその素性を明かすことはない。
突如としてこの街に住みつき、笑顔と香水を振りまく彼女には、常に近隣時空のスパイであるとか誰それの男に手を出したとかそういった噂は絶えなかったが、持ち前の器用さでその場を切り抜けてしまうのが常であった。
「どうだった?パトロールは」
「盗難一件に強姦二件。変わらないな、この街は」
Batakoは、ふぅとため息を吐こうとするJackの硬いオレンジの頬を両手で挟んだ。
「それでも二年前よりは確実に減ってるわ。誰かさんのおかげじゃないの」
「そうだよ、Jack。この街はヒーローをずっと待ってたんだ」
二人がJackを見つめる。Jackはbatakoの手を払いのけ、
「それがこんなカボチャ野郎でも?」
そう言って目と口の空洞をボゥっと光らせた。
「最高にcoolよ、Jack。やっぱりあなた、他のイレギュラーとは違うわ」
興奮したように手を打つbatakoに、何度も頷くJam。
今度こそ本当にため息を吐くと柱時計がゴーンと鳴った。
「Jack、三時だ。そろそろ寝ないと講義に遅れるぞ」
「講義?今日は火曜日だから大学は午後から、」
「何言ってるのJack、今日は水曜よ。昨日の講義が休講だったから勘違いしてるんじゃない?」
急いでiPhoneを確認すると、はっきりとWednesdayの文字が浮かび上がった。
「sit!もう寝る、おやすみ!」
ハハハと笑う二人を横目に俺は階段を駆け上がった。おやすみー、とJamおじさんの声が聞こえた。

「僕はパンの仕込みに取りかかるよ。君はどうする?」
Jamはエプロンを着けながらチラリとbatakoの方を見た。
「私は少し仮眠を取るわ。……にしてもあなた、本当に一体いつ寝てるの?」
先程よりわずかに張り詰めた空気。
「さぁ、いつだろうね。そんな事より君も一体いくつな、」
「もう寝るわ。」
そう言うと彼女はドアの向こうに消えていった。
一人残されたJamはテーブルに浅く腰掛け、うっすらと笑みを浮かべていた。

「曜日間違えるなんてどんな凡ミスだよ。らしくない……」
ブツブツと独り言をこぼしながら自室に戻ると、カーテンがはためいていた。
「……閉め忘れ。あぁ、もう、くっそ」
乱暴に財布とiPhoneを学習机の上に投げると、暴れるカーテンを押さえ窓に手を伸ばした。
冷たい風が喉元を掠める。
ふと、いつもよりオレンジに近い光を発する月が目に映った。
「イレギュラー、ね」
始まりは12年ほど前のこの日だった。隕石とともに街に降り注いだゼリー状のそれは生物の遺伝子を組み換え、結合させ、全く別のモノへと書き換えてしまった。
死者も出たから、外にいたのに死ななかった俺はもちろん幸運だったんだろう。
だけど、運の悪いことに10歳の麗しいYoung ageだった俺は、ハロウィン用の黄色いジャック・オ・ランタンを抱えて友人の家へと向かう最中だった。
その日以来、生き残ってしまった「人間だった者たち」はその異形の姿から「イレギュラー」と呼ばれるようになった。そしてこの世界からハロウィンは消え、惨劇が起こったこの日はBlack・Halloween(B・H)と名付けられた。
夕方にでもなれば、一斉に世界中で黙祷が捧げられる。
それはもちろん、死んでいった者たちへの祈りだ。生きながらにして死んでいる様な俺たちのことを「幸運な」人々の大部分は見て見ぬ振りをして、あれからの日々が流れてきた。
バサバサ――、急な物音にはっとする。見ると大きなコウモリが二匹、空へと飛び立っていくのが見えた。
「ふぅ……さっさと寝よう」
連日のパトロールで疲れ気味のヒーローは、ベッドへ飛び込むと一瞬にして眠りへと堕ちていった。

「おーい、J。着いたぞぉー、この街だ」
「あぁ?」
気怠そうに車の奥から現れたのは、いくつか穴の空いた白い仮面をつけた男だった。仮面は所々、赤茶色に汚れている。
「で、何を探しに来たんだっけぇー?」
Jと呼ばれた仮面の男が、運転していた男の頭を容赦なく叩いた。
「お前、また御大からの説明聞いてなかったのか」
「うぅん?」
叩かれた方の男はそうくぐもった声を発しながら首をかしげた。男のかなり大きな体格には似合わない動作だったが、仮面の男はそれを無視して続ける。
「この街にアイツがいる。」
「アイツぅー?」
「はぁ、分からない奴だな。Kだ」
大男はさらに首をかしげた。
「Kぃー?それボク知ってる??」
やれやれという目で仮面の男は腰に手を当てた。大男がそれを目で追う。
「オレも会ったことはねぇ。だがな、相当な女だぞ。トレードマークは……腰に彫られた蝶の刺青さ」
「へぇー、蝶かぁ。楽しみだなぁ。でも女でしょ?ボクたち二人なら楽勝だね!」
仮面の男はバキバキと伸びをして背骨を鳴らした。
「いや、そうとも限らねえぞ。なんたって今回は生きたまま捕まえろとのお達しだからな」
「えぇー!殺しちゃダメなの?ボクできるかなぁ?」
「大丈夫さ、オレがついてる」
大男はぱあっと顔を明るくすると、
「そうだよね!Jと一緒だもん、大丈夫だよね!!」
と言って車から降りると体を大きく伸ばした。
「あーあ、でも運転疲れちゃった。ちょっと寝ても良い?」
そうして振り向いた男の体には、顔に至るまで全身に縫い跡が張り巡らされていた。
「あぁ、今回は長くなるぞ。今の内にしっかり休んどけよ、Fran」
荷台に乗り込む大男の振動で揺れる車内。
仮面の男は胸元から銀のシガレットケースを取り出し、指で弾くようにして開けた。
「……クッソ、空じゃねぇか」
苛ついた様子でダッシュボードにそれを放り投げるが、その先に偶然あるものが見えた。
「ちょうど良い」
車を出て、道端に倒れている三人の男の内、一人を足でひっくり返す。
「悪いが一本貰うぜ、お兄さん」
仮面の男は煙草に火を付けた。

「なんだ、LARKかよ」
街の外れの路地裏にゆっくりと白い煙が昇る。

オレンジの月が、雲の切れ間に消えた。

To be continue & Wait for next year.

※続きません。

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