ルールが違う。
「私は猫なの」と言う彼女はいつも気まぐれだ。自分が会いたいと思った時にだけ連絡をしてきて、気が乗らない時の僕からのLINEにはあいさつ程度の返信で済ませる。
実際には彼女は僕に会いたいわけでもなく、少しのさみしさを埋めながら、お金を出さずにご飯を食べたい時に連絡をしてくるだけなのだが。
「今日は寒いね」
よくあるパターンだ。同じ内容のLINEを同時に複数の人に送っていることを僕は知っている。そして彼女は返信が来た順に相手していく。
「今日の仕事は忙しかったな。なんだか疲れちゃった」
今まで仕事をしていたことを伝え、軽く同情を誘う。これもよくある。
「あー、お腹すいたな」
目の前のエサを垂らしてくる。食いつくかどうかは僕にかかっているのだが。だいたいはエサに食いつく。「じゃあ、どこか行く?」と返信をしてしまうのだ。
その時々で、それが居酒屋だったり焼肉だったりお寿司だったりするのだが、楽しい食事が終わればそこでバイバイ。
「ごちそうさまー」
スマホを触りながら立ち去る彼女の背中を、僕はレシートをサイフにしまいながら見送る。
使いやすい男だな、と自分でも思う。
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一度だけ彼女の方からきちんと誘われた事があった。
「今日あいてる?ちょっと仕事のことで相談があって」
頼りにしてくれてるのかなと思うと少しうれしかった。
居酒屋で飲みながら話を聞き終わった帰り際。
「今日は私から誘ったから。ここは私が払うね」
と伝票を持って彼女はレジに向かった。
その時に気付いた。
そっか。 誘った方が払うというルールなんだね。
だから彼女のからの連絡は「お腹空いた」なのだ。「ご飯食べに行こうよ」じゃなくて。
自分が「お腹空いた」と言われれば誰かが「じゃあどこか行こうか」と返すことを、彼女はわかっている。確信犯なのだ。
だが彼女はこの一連の流れを「自分からは誘っていない」と解釈する。
「中華食べたいなー」という彼女に僕が「じゃあ、食べに行こうか」と返せば、それは僕が誘ったことになる。
「どこか美味しいお店知らない?」という彼女に僕が「そしたら、あの店行こうか」と返せば、それも僕が誘ったことになる。
「あなたの誘いについてきてあげた。だからおごってもらって当然よね?」
と露骨に言われたことはないが、そういうことなのだろう。
まあそれならそれでいいか、と思っていたのだが・・・
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「あのバー最近行ってる?マスター元気かな?」
今日も彼女の垂らしてきたエサに僕はまんまと食いついた。ちょっと顔出してみようか、と言ってしまった僕が負けなのだ。
食事を終わらせた後、カウンターでマスターと会話を楽しみながらお酒を飲んでいると「ちょっといいですか?」と声をかけられた。
「すいません、盗み聞きするつもりはなかったのですが、興味深いお話だったので。よかったら、僕もご一緒させてもらえませんか?」
20代だろうか、いわゆるイケメンである。身に着けている物からも彼の自信がほとばしっている。
「もちろん」
彼女の言葉の後ろにはハートマークがついていた。
三人で話し始めて僕はすぐに気付いた。彼が興味があるのは僕らの話の内容ではなく彼女だ。だが、彼女の恋人でもない僕には、彼の侵入を止めることはできなかった。
彼と彼女はしゃべり、笑い、たくさんのお酒を飲み、楽しそうだった。僕はそれをずっと見ていた。
12時を回った帰り際。
彼女は彼と連絡先を交換した後、レジに向かう僕に見たことのないほどの満面の笑みでこう言った。
「今夜はありがとう。とっても楽しかった。ここは私が払うわ。彼の分も」
そっか。イケメンにはルールが違うんだね。
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