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仕事の関係・2

仕事で付き合いのある女性と6月に会った時にこんな話になった。

「来月あたり、うまい日本酒でも飲みに行こうか」
「いいですね。ぜひぜひ」

これを社交辞令と受け取る人もいるだろうが僕は常にチャレンジャー。たとえ社交辞令だとしても、とりあえずこちらの意志はぶつけてみる。ダメならダメでハッキリしてくれた方がいい。

7月に入り、僕は彼女にLINEを送った。

「さて7月です。日本酒の美味しそうなお店、見つけましたよ。7月17日(金)とか、いかがですか?」

30分後返信があった。

「いいですね! 17日、大丈夫です。わぁい、楽しみです!」


+++

金曜まで顔を合わせないだろうと思っていたのだが、昨日、彼女に届ける書類ができたので連絡をした。

「今日、書類持って行くから。いないなら誰かに渡しておくから確認しておいて」

「私、いますけど。私の顔見るのがおイヤでしたら、無視してもらってもいいですよ 笑」

「いやいや、忙しいかなと思っただけだからw じゃ、受付で呼び出します」

そんなやり取りを終えた後。

「そうだ。水でも買って持って行くか」

最近はどこの会社に行ってもお茶も出ない。彼女の会社も例外ではなく、以前は飲み物が選べたのだが、今は自粛している。

近くのコンビニに寄り、彼女と僕の分、ペットボトルを2本買った。

彼女の事務所に行き、受付で呼び出してもらうと部屋に通された。

「こんにちは。お久しぶりです」
相変わらずの明るい笑顔で僕を迎えてくれた。

「そう?一ヶ月もたってないよ。はい、これ買ってきたから、どうぞ」

「あ、私も・・・」

机にならぶ4本のペットボトル。

僕らは顔を見合わせて笑った。

彼女も自分と僕用にペットボトルを2本買ってきていたのだ。こういう偶然の一致はなんともうれしい。僕らは自分の持ってきたペットボトルを1本ずつ飲むことにした。


書類を確認し終わったあと彼女が言った。

「今度お会いするのは金曜ですね」

「そうだね。俺も土曜日休みだから。けっこう飲む気あるよ~ 笑」

「私も飲むの久しぶりなので楽しみです。せっかく明るいうちから飲めるんだから、晴れてるといいな」

「そうだね」

6月に飲みに誘ってから一ヶ月になる。気分が冷めていたらどうしようと思っていたが、その心配は必要なさそうだ。

「いよいよ、アノ話、聞かせてもらえるんですね」

「え?アノ話?」

「覚えてないんですか?」

「ど、どの話?」

「もう~、前に『この話はここではちょっと。今度飲んだ時にでも』って言ってたじゃないですか」

「そんな事言った?俺が?あ、『うんこの池』の話?」

「それはもう聞きました!違いますよ~、アノ話ですよ!」

「えーーー 」

「当日まで教えませんからね 笑  考えておいてください」

全くわからない。想像すらつかない。

当日までドキドキしながら待つしかないようだ。

しかし。

毎度のことだが、彼女の記憶力の良さには脱帽する。

こりゃ、下手なこと言えないな。

でも、それがいい。彼女の好きなところの一つだ。

彼女は仕事の関係者だからだ。


互いのお金がからむ仕事の関係である限り、絶対に友達にはなれない。友達になってはいけない。

それが僕の哲学だ。

仕事の関係では、自分の利益のために相手を利用しようという思惑は絶対にゼロにはならない。
ゆえに、それが無意識であったとしても、自分の考えを曲げ相手に合わせている部分がある。

相手のそういう心理につけ込むのは卑怯者のすることだ。

だから彼女と飲むとしても、それはお互いに薄い緊張感を持ったまま。友達にもならなければ、ましてや男女の関係になることもなく、そしてそうした期待を持つこともない。

仕事関係者とはそういうものだ。


でも。

この心が躍る感じはなんなのだろう。

この感情が揺れる感覚は… 


「では。今日は来ていただきありがとうございました」

「うん。じゃ、また。金曜に」

テーブルの上には、僕と彼女が持ってきたペットボトルが2本、仲良く並んでいた。

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まあ、いいか。

たまには難しく考えるのはやめて、

夏の解放感を思う存分味わってみるのも悪くない。

金曜日はうまい日本酒を堪能することにしよう。


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今日の記事はこちらの続編です。ひょっとしたら、まだ続きがあるかもしれません。

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