友情の形が変わる時
えー、毎度バカバカしいお笑いを一席。お付き合いを願いたいと思います。
いつの時代も、一人の女を取り合う男達は恋愛模様の定番でございます。
好きな女の前では 男の友情なんてもろいもの。すぐにその形を変えてしまいます。
足の引っ張り合いは当たり前、どんな手段を使ってでも勝とうとするのは男の性分なのかもしれません。
砂男と真里雄もそんな関係でございました。
大学時代、ラグビー部で日本一を目指した二人ですが、その頃から親友でありライバル関係でした。しかし仲がいいだけに、一度ぶつかると手を付けられない。どっちも引かずに殴り合うなんてことはしょっちゅうでした。
大学を卒業し同じ会社に就職した二人ですが、社会人になってからはさすがに落ち着いてケンカもしていなかったのですが。
ある接待の帰り道、飲み足りなかった二人は「ちょいと女性のいる店にでも行かねぇか」ということに。
カランコロン♪
「いらっしゃいませー」
そこには純白のチャイナドレスを着た絶世の美女がスーッと立っておりました。名を さやか と申します。
真里雄も砂男も、まあいい歳でございす。ところがどうしたものか。まるで高校生のように一瞬でさやかに心を鷲掴みにされてしまいました。
めでたく二人同時に一目惚れございます。
さあ、火ぶたが切られました。
この時が色情で 友情の形が変わった瞬間でした。
ここからは、語るも恥ずかしいほどの醜い男達の戦いでございます。
金に糸目を付けぬと真里雄がプレゼント攻勢をすれば、砂男はキモポエムをさやかに送り付ける。真里雄が同伴出勤をすれば、砂男は店の終わりかけに出向いてアフターをする。
「お前さん達、よしてくれよ」と言うさやかを尻目に、どんどんとヒートアップしていく二人。困ったものです。
しかし、さやかも心得たもので。こういう男達はこれまで五万と見てきました。うまい逃げ方を用意してあります。
「わたし、病気の子供がいるの」
これでたいていの男は引き下がります。
「ちょっと待った。さやかに子供がいるなんて聞いてねぇぞ。しかも病気とは」と。
だが、かえって同情心に火がつく男もいる。
「わたし、病気の子供がいるの」
「そら、てぇへんだ。よし、オイラが面倒みてやらあ」
するとさやかは二の矢を放ちます。
「子供のために、とてもお金がかかるの。お願い、少し恵んでおくれ」
ほとんどの男はここであきらめます。
「ははぁ~ん。さやか、おめぇはこのオイラを金づるだと思ってやがるんだな」
真里雄もここであきらめました。
だが、砂男は人一倍素直ときてる。このさやかの方便を丸っと信じちまった。
それから砂男はお店の帰り際にそっとさやかにお金を渡すように。それもまとめれば、はした金とは言えない金額だ。
哀れな男です。
そんな砂男を見て、ある夜、真里雄は砂男をバーに呼び出しました。
砂男が席につくなり真里雄は言った。
「お前、騙されたな」
やっかみが半分あるのは間違いないが、元々は親友。騙されて金を取られてるとなっては放ってはおけない。
だが、当の砂男はピクリとも表情を変えない。
じれた真里雄は砂男に言いました。
「病気の子供がいるって言ったろ?アレ、嘘なんだ」
そんなこともわからないのか?と続ける真里雄に砂男は答えた。
「よかった。病気の子はいないんだ」と。
そして砂男は続けて言った。
「これでハッキリわかった。この勝負、俺の勝ちだな」
「どういうことだ?」首をかしげる真里雄。
「お前はさやかに病気の子供がいないと思ってる。 それはつまり、お前はさやかの真実を知らないってことなんだよ」
「真実? 」
「あのな、真里雄。俺はさやかが子供の手を引いて病院に入るところを見かけたんだよ。お子さんは大きなマスクをしてたよ。治療がつらいんだろうな、目に涙をためていた」
「そうだったのか・・・。じゃ、病気の子供がいるっていうのは… 本当の話だったんだな」
「ああ、そうだ。嘘みたいな本当の話をして、さやかは俺たちを試したんだよ」
「さやかを信じたお前が勝ち、さやかを疑った俺が負けたってことか・・・」
さあ、それから数日後のことでございます。
今度は砂男が真里雄をあのバーに呼び出しました。
「真里雄、俺… ダメだったよ」
バーボンロックを片手に、何やら落ち込んでる様子の砂男。
「さやかのことか?」
「ああ・・・」
「やっぱり病気の子供がいるっていうのは、嘘だったのか?」
「いや、子供はいた。だが、想像と違った。子供は四人。しかも病気は花粉症だった」
「四人も!それじゃ子供にお金がかかるっていうのは… たしかに四人じゃ金がかかるだろうな。あ、マスクをして涙目だったのは花粉症だったのか!」
「そう。さやかは何一つ嘘はついてない」
「でも、だったら。あんなに好きだったのに子供の人数なんて関係ないだろ」
「さやかの家族はもう一人いた」
「子供が?」
「いや違う。大人だ」
「大人?」
「旦那だよ」
「ギョエーーーー! 話の流れで勝手にシングルマザーだと思い込んでたーーー!」
がっくりとうなだれる砂男。
「真里雄… 金もなくなっちまった… もう俺は… 俺はダメかもしれない」
砂男が弱音を吐くと
「バカヤロー!」
真里雄は砂雄を思いっきり殴りました。
この頬の痛み・・・
砂男にフッと学生の頃の記憶がよみがえります。
その時バーには松田聖子の『Sweet Memories』が。
♪ なつかしい痛みだわ
ずっと前に忘れていた
でもあなたを見たとき
時間だけ後戻りしたの ♪
「情けねぇこと言うなよ、砂男。お前には俺がいるじゃねぇか」
倒れた砂男を抱きしめる真里雄。
「真里雄・・・」
見つめる砂男。
♪ しあわせ? と聞かないで
嘘つくのは上手じゃない
友だちならいるけど
あんなには燃えあがれなくて ♪
思えば真里雄だけは、他の友だちとは違っていた。
そこには燃えるような友情があった。
「砂男、一緒に日本一を目指したあの頃。思い出せよ」
「うん… 」
♪ 失った夢だけが
美しく見えるのは何故かしら
過ぎ去った優しさも今は
甘い記憶 Sweet memories ♪
「砂男、日本一の夢は叶わなかったけど。あの頃お前は… 美しかった。そして今も… 」
真里雄が砂男の頬に手を添える。
スクラムを組んだあの時… ほのかに香った甘い匂い… あの日の記憶がよみがえる…
「 真里雄… Don't kiss me baby ・・・」
スッとまぶたを閉じる砂男。
この時が、友情が愛情に形を変えた瞬間でした。
お後がよろしいようで。
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