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大迷惑

「あなた!座ってないで、お風呂掃除でもしてよ!」
「あ、ゴメン」
「まったく。チャンスだと思ってバンコク支社に行ってもらったのに。たいした結果も残せず帰ってきて。せめて家事くらいはしっかりやってよね」

お風呂掃除用のスポンジに洗剤をかけながら、いつからこうなったのだろうと考えてみるが。最初からだったような気がする。

同じ会社の妻と結婚して12年。
当時から仕事がデキる女と能無し男のある意味お似合いカップルと言われていたが、今や彼女は取締役。
未だ課長止まりの僕とは立場も収入も圧倒的な違いがある。そして職場での序列がそのまま家庭に持ち込まれている。

僕にも夢はあった。だが、そのすべては・・・
いや、町はずれマイホームを持つ夢だけは叶った。だが住宅ローンは全て僕の名義になっている。それも僕に手枷足枷をはめるための妻の策略で、そのおかげで僕は今の会社を辞めることはできない。
ローンを払い終わるまで、ずっと彼女の部下でいるしかないのだ。


「3年ちょっとになると思う。むこうでは過酷な仕事になるだろうが、チャンスだと思って頑張ってくれ」
突然、係長が僕に怪しく忍び寄りバンコク行きを言い渡した時、僕はそれが妻の差し金であることを知っていた。チャンスであったことに嘘は無い。だが、理由はそれだけじゃない。

当時妻には男がいた。邪魔になった僕を、自分の立場を利用し、しばらく日本から追い払ったのだ。ちなみにその男は会社の上層部であり、その後、彼女は取締役に昇進することになった。我妻ながらあっぱれである。


だが。

同僚には 悪魔のプレゼントと言われた単身赴任だが。

僕にとってバンコクは・・・


パラダイスだった!

3年2ヶ月の、いわゆる一人旅。イェーイ!

すぐにゴーゴーバーに行った。仕事も家庭も妻の監視下にある日本では絶対にできないことだ。

「アタシ、タミヨ。ヨロシク」
ゴーゴーバーで知り合った女性は、とてもかわいかった。

枕が変わっても、するこた同じ。ボインの誘惑に出来心。

タミヨはいい女だった。容姿だけじゃなく、妻とは大違いで尽くす女だった。時間がある時には、僕のマンションを訪れ、家事をし、料理を作ってくれた。現地妻だ。

エプロン姿のタミヨは、おねだりワイフ日向ぼっこはバルコニー。「Hey It's a beautiful day !」なんておどけながら。

しあわせだった。

だが、その生活も 3年2ヶ月 で終わった。日本に呼び戻されたのだ。

「タミヨ、僕は日本に帰らなくちゃいけない」
「ドウシテ? ワタシ、イッショニイタイヨ」
「ごめん。でも・・・ 」



日本に帰って来て、僕は現実に引き戻された。

「ねぇ、お風呂掃除終わった?早くしてよー。あと、洗濯物もあるんだからね」
「あ、ごめん。もう終わるから」


はぁ・・・

タミヨに会いたい・・・

君をこの手で抱きしめたいの
君の寝顔を見つめていたいの
街の灯潤んで揺れる
涙 涙の物語か
この悲しみをどうすりゃいいの
誰が僕を救ってくれるの

あんなに楽しかったのに。妻と会社に振り回され。

あぁー、タミヨ。

僕がロミオ、君がジュリエット
こいつは正に大迷惑

でも・・・

逆らうとクビになる
マイホーム ボツになる
帰りたい 帰れない
二度と出られぬ蟻地獄---!


バンコクに帰りたい。

帰りたい 帰りたい

「あなた!お風呂掃除終わった?!」

君は誰 僕はどこ

「洗濯物は?!」

あれは何  何はアレ

「お小遣い減らすわよ!」

お金なんかはちょっとでいいのだーーー!



ユニコーンの『大迷惑』。この曲の疾走感を感じながら、ラストの妻の『合いの手』は、いかりや長介の「宿題やったか」「歯みがけよ」をイメージしていただけると幸いです。

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本日の作品はこちらのリクエストにお応えいたしました。
民代さん、退院おめでとー! 御奉納いたします~(笑)

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