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「夢と現で廃墟を想う」第14話:エピローグ

14.エピローグ  「やあ、来ていたの」  JR新橋駅近くのいつもの居酒屋に到着した石和が座敷の傍まで足を運んだところで、こちらに笑顔を向けて座っている門野に声を掛けた。門野の隣には早良が、早良の前には文木がテーブルを囲んで座っている。  「石和さん、お久しぶりです」  門野が返事を返した。  「一年ぶりかな?」  「そうですね。この一年間も集会には何度か参加させていただいていましたが、石和さんとはお会いする機会がなかったので、かなり間が空いちゃいました」  「申し訳ない

    • 「夢と現で廃墟を想う」第13話:時は動く

      13.時は動く  「いよいよ明日が本番ですな」  背が高くがっちりした体格の男が背後から声を掛けてきた。半袖の白ポロシャツにカーキ色のチノパン、足元は白を基調としたストライプ入りのスニーカーとラフな出で立ちではあるが、七三にきっちりまとめられた髪と度の強い黒縁メガネのお堅い雰囲気とではアンバランス感が否めない。  「やあ、市長さん」  振り向き様に相手を確認して挨拶をしたのは原澤だ。その隣には石和もいる。二人ともラフな格好なのは市長と変わらないが、乱れた髪と無精ひげでは最早

      • 「夢と現で廃墟を想う」第12話:発想

        12.発想  「内容の詳細と予算、それからスケジュールと実施体制、これで貴社の企画書は完成だね」  紺のスーツを着込んだ初老の男が書類に落としていた目を正面に向け、落ち着いた口調で言葉を発した。革張りの黒のソファーに深く腰掛けた男の顔には、幾分の笑みも見て取れる。  「はい、秋山専務」  声を発したのは、こちらもスーツ姿の原澤だ。ネクタイもきっちりと締めている。秋山の穏やかな表情と同様に原澤もまたリラックスした面持ちであるが、その隣に座っているやはりスーツ姿の石和の表情はや

        • 「夢と現で廃墟を想う」第11話:糸口

          11.糸口  JR新橋駅からやや離れた場所の路地裏にある、いつもの小さな居酒屋である。  軍艦島に上陸したあの日からおよそ二週間が経っていた。久し振りに顔を合わせた四人は、指定席といってもよい小上がり奥の座卓を囲み、文木が撮影した大量の写真を酒の肴に盛り上がっていた。二月の初旬、寒さが身に染みる冬の真っただ中とあり、好きなビールもさすがに乾杯まで、テーブルの上には日本酒の熱燗や焼酎のお湯割りが並んでいる。  「しかしまぁ、沢山撮りましたね」  当日は上陸を果たせなかった

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          「夢と現で廃墟を想う」第10話:心の世界

          10.心の世界  「石和さん・・・・・・」  背後から優しくかけられた女の声で、石和は我に返った。  だらりと下げている右手にぶら下がっている懐中電灯の光が、足元をゆらゆらと照らす。その反射光と窓から差し込む西に傾いた弱々しい日の光がぼんやりと照らしている空間をキョロキョロと見渡して、石和はここが元居た教室だということを確認した。  ゆっくりと後ろを振り返った。足元を照らしたままの懐中電灯の明かりが、身体の動きにつられてゆらゆらと揺れる。  「美和さん・・・・・・」  少

          「夢と現で廃墟を想う」第10話:心の世界

          「夢と現で廃墟を想う」第9話:過去世界

          9.過去世界  「おじさん、邪魔ばい」  「そうや、邪魔ばい、邪魔ばい」  「ん?」  子供の声で、石和はふと我に返った。  「そこばどけんね」  「ああ、ごめん、ごめん」  三人の子供が怪訝そうな表情を浮かべて石和を見上げていた。先程までの暗闇とは違い、ほんのりと薄日が差していて子供たちの顔を確認することもできる。三人とも小学生のようだ。二人は高学年で、小さい子は一年生か二年生といったところだ。  「これから大事なことばやるんやけん」  高学年の一人が石和に向かって文句

          「夢と現で廃墟を想う」第9話:過去世界

          「夢と現で廃墟を想う」第8話:未来世界

          8.未来世界  「誰?」  背後で女の声がした。と同時に首筋に冷たい感触があった。身体が硬直した。若い女性の声ではあったが美和の声では無いのは明らかだ。  「手を頭の後ろに組んで、ゆっくり振り返りなさい。妙な真似をしたら命は無いわよ」  低く押し殺した女の声が心臓を貫き、石和の緊張は頂点に達していた。  指示された通りに頭の後ろで手を組み、無抵抗であることを示してからゆっくりと身体を右に回転させ始めると足元の瓦礫がジャリジャリと音を立てた。鼓動は更に激しさを増す。ゆっ

          「夢と現で廃墟を想う」第8話:未来世界

          「夢と現で廃墟を想う」第7話:上陸

          7.上陸  目の前に島が見えていた。船はどんどん島に近づいている。四十年ぶりに見る生まれ故郷を前にして帰郷を躊躇っていた石和には込み上げてくるものがあるようで、徐々に口数が減っていた。  こんなに長い間、一度も島に戻らなかったのは何故だったのか。観光客に交じって島を見学することへの違和感はここ数年の感情だが、それだけではない。『廃墟の島』がテレビのニュースで取り上げられる度にいつも悲しい気持ちになったことを考えると、あんな姿を見たくはないという思いが足を遠ざけてしまったと

          「夢と現で廃墟を想う」第7話:上陸

          「夢と現で廃墟を想う」第6話:準備

          6.準備 (1)  「はぁ~、やっぱり難しいかな」  東京都大田区大森にある自宅マンションのリビングで、ソファーに腰かけてカレンダーを眺めていた原澤がため息をついていた。上陸日とされた一月十五日と言えば、年末年始の長期休暇の間に止まっていた開発プロジェクトの状況や課題の再確認、メンバーの気の緩みやモチベーションのコントロールなど管理作業が盛り沢山の時期だ。勿論、得意先への年始の挨拶回りもあり、いつもスケジュールがひっ迫していて簡単に休暇が取れるような時期ではない。

          「夢と現で廃墟を想う」第6話:準備

          「夢と現で廃墟を想う」第5話:誘い

          5.誘い  「おい、メールを見たか?」  浜松町のオフィスの一室、原澤が血相を変えて石和の席に近づいてきた。時間は午後三時を少し回ったところである。就業時間中ということもあり周りの目を意識して音量は落とし気味ではあるが、興奮していることが分かる声だった。  「はい、さっき確認しました」  石和の声は、原澤と違い落ち着いていた。  「ちょっと凄い展開になってきたな・・・・・・」  メールは文木から二人に送信されたものだった。 原澤様、石和様  こんにちは、文木で

          「夢と現で廃墟を想う」第5話:誘い

          「夢と現で廃墟を想う」第4話:過去

          4.過去  「昨日は思いもよらない展開になっちゃったなぁ」  翌朝、少し遅めに目覚めた文木もまた、物思いにふけっていた。今日は土曜日で会社は休みだが、妻、大学生と中学生の息子、高校生の娘との五人で暮らす3LDKのマンションにゆっくりできる自分の部屋などあるはずもなく、リビングのテーブルにノートパソコンを持ち出して朝食後のひと時を過ごしていた。  子供たちはアルバイトや部活に出かける様でみんな準備に忙しそうだ。妻は子供のための弁当作りに追われている。自分だけが蚊帳の外で別の

          「夢と現で廃墟を想う」第4話:過去

          「夢と現で廃墟を想う」第3話:未来

          3.未来  「しかし石和さんが、軍艦島に対してあんな思いだったとは思わなかったな。案外冷めているんだなぁ~」帰宅した早良壮は、ベッドに腰をおろし考えていた。  時刻はもうすぐ二十三時半になるところだ。新橋の居酒屋でみんなと別れてから、一時間程が経過していた。帰宅して直ぐにシャワーを浴び、上はTシャツ、下はショートのスウェットパンツというラフなスタイルに着替えている。  九月になったとはいえ、まだまだ暑い日が続いていて、都心の夜はなかなか気温が下がらない。電車のエアコン

          「夢と現で廃墟を想う」第3話:未来

          「夢と現で廃墟を想う」第2話:出会い

          2.出会い (1)  JR浜松町駅の小さな北改札口を出て左手、目の前の大通りに居並ぶビル群の上からひょっこりと東京タワーが上半身を覗かせている。その方向に向かって歩くことおよそ十分、芝大門の交差点を越えて右に伸びた細道の先にあるオフィスの一角で、石和久はインターネットに接続されたパソコンを使いあれこれと情報検索をしながら時間を潰していた。二〇一七年(平成二九年)九月のある日のことである。  時刻は十八時半を少し回っているが、周りには残業をしている同僚も沢山いる。石

          「夢と現で廃墟を想う」第2話:出会い

          「夢と現で廃墟を想う」第1話:光る想い

           今は廃墟の聖地である長崎県の孤島で生まれた石和久は、子供の頃の思い出を廃墟マニア達に聞かせ酒席の主役となっていたが、盛り上がる廃墟マニア達とは裏腹に故郷が廃墟の聖地として崇められることに複雑な思いでいた。   ある日、店に居合わせたテレビ局のリポーターの女が、面白そうと近づいてきたところから奇妙な展開を迎える。  後日、女から島内で取材がしたいと誘われ、石和は四十数年ぶりの帰郷を果たすが、上陸後、突然目の前が暗くなり、島の過去と未来の不思議な世界に入り込んでしまう。それを石

          「夢と現で廃墟を想う」第1話:光る想い

          「夢と現で聞く声は」第3話

          10.カメラ目線の猫 ~第三夜~  三回目の集会、店も座敷も変わらない。前回と違うのは新顔がいることだ。 原澤: 「こちらの方は?」 文木: 「こちらは門野さん。軍艦島に興味があって、集会に是非参加したいと」  文木は全国の廃墟写真をブログに掲載していて、そこには三十年も前に撮った軍艦島の写真もある。 門野: 「門野和美です。声優をやっています」  歳は二十ちょっと。声も可愛いが顔も可愛い。 「アフレコをしているアニメの舞台にそっくりと聞いて軍艦島

          「夢と現で聞く声は」第3話

          「夢と現で聞く声は」第2話

          7.お風呂は楽しい ~第二夜~ 文木: 「乾ぱ~い。久し振り~」 原澤: 「大袈裟だなぁ~二週間しか空いていないのに」 文木: 「それだけ待ち遠しかったってことだよ。君も同じだろ?」 早良: 「うん、待ち遠しかった」 文木: 「それみろ」 石和: 「そう言ってもらえれば嬉しい限りです。今日は軍艦島のお風呂事情ですよね」 早良: 「その前に前回の宿題について報告しなきゃ」 「電話の件ですけど、郵便局に公衆電話があったことは石和さんのお話の通りでし

          「夢と現で聞く声は」第2話