「夢と現で聞く声は」第3話

10.カメラ目線の猫 ~第三夜~
 
 三回目の集会、店も座敷も変わらない。前回と違うのは新顔がいることだ。
 
原澤:
「こちらの方は?」
 
文木:
「こちらは門野さん。軍艦島に興味があって、集会に是非参加したいと」
 
 文木は全国の廃墟写真をブログに掲載していて、そこには三十年も前に撮った軍艦島の写真もある。
 
門野:
「門野和美です。声優をやっています」
 
 歳は二十ちょっと。声も可愛いが顔も可愛い。
 
「アフレコをしているアニメの舞台にそっくりと聞いて軍艦島に興味を持ちました。文木さんのブログに感動して連絡したら、この集会の事を教えてもらい居ても立っても居られず・・・。宜しくお願いします」
 
早良:
「アニメって『未来の顔・愛の戦士』ですか?」
 
門野:
「はい。ご存知ですか?」
 
早良:
「も、勿論です。今日はそっちの話で盛り上がりましょうか?」
 
門野:
「それはまたの機会に。アニメは荒廃した未来が舞台ですが、何十年も前に廃墟になった軍艦島がその舞台に似ているのも面白いですよね」
 
早良:
「おっ、軍艦島に未来を感じるのは僕と同じ。オジサン達はノスタルジーってやつに浸っているけど」
 
原澤:
「オジサンにも挨拶させてよ。原澤です。こちらが元島民の石和。私と同じIT企業で働いています」
 
石和:
「よろしく。オジサンです」
 
文木:
「今日はブログにアップしていない軍艦島の写真から」
 
 文木がテーブル上に写真を置いた。
 
石和:
「これは教室、こっちは岸壁の上か」
 
早良:
「猫が写っていますね」
 
原澤:
「だいぶ年を取った感じの猫だね」
 
早良:
「しっかりとカメラ目線ですね。口を開けて何か言いたげだ。あれ、こっちの写真に写っている猫、同じ猫じゃない? ん、こっちにも写っている」
 
文木:
「何だか懐いちゃってね。写真を撮ればしっかりカメラ目線でさ」
 
原澤:
「ん、どうした? 黙り込んじゃって」
 
石和:
「いえ、この猫なんだか似ているなって思って・・・」
 
原澤:
「飼っていた猫か?」
 
石和:
「いえ・・・じゃ、軍艦島での猫のエピソードを話しましょう」

 
11. 駆除とエゴ
 
「島には沢山の野良猫がいました。実は閉山時、残される野良猫たちの行く末を案じて駆除が決定されました。残されても飢え死にしてしまう、可哀想だがその方が猫のためだ。それが人間の責任だと」
 
文木:
「え~、そんなことが」
 
門野:
「酷い話」
 
石和:
「捕獲すると小銭がもらえるとあって精を出す若者もいました。私は飼い猫の身を案じましたが、首輪があれば捕獲しないとの緩い取り決めを信じ、実は興味半分で兄達と捕獲を試みました」
 
文木:
「なんとまぁ」
 
石和:
「底を上にした木箱の下側一辺を地面に立てた棒で支え、棒に付けた紐を引けば、餌に気を取られた猫に木箱が覆いかぶさる陳腐な罠でしたが、なんと一匹の猫を捕らえました」
 
早良:
「え~」
 
石和:
「猫を力ずくで袋に押し込めようとする私達、必死で逃れようとする猫の力、うめき声、鮮明に記憶しています」
 
早良:
「どうなったんですか?」
 
石和:
「逃げられました・・・。でも内心は、ほっとしていました」
 
門野:
「で、その猫が写真の猫?」
 
石和:
「似ているとは思うけど・・・」
 
原澤:
「猫の寿命は十四~十五年。違うかな」
 
早良:
「化け猫? 時空を超えて、捕獲しようとしたことに文句を言ってる・・・とか?」
 
門野:
「違いますよ」
 
早良:
「えっ?」
 
門野:
「いえ、ほら、怖いじゃないですか。私、怖がりなんです」
 
文木:
「いや~面白い。今まで沢山の話を聞いたけど、これは最高だ。小説にしたいくらいだ。漫画もいいな。どうだろう、この話、私のブログに載せてもいいかな?」
 
それから小一時間、写真を眺めながら盛り上がったが、不意に門野が石和に声を掛けた。
 
門野:
「石和さん、軍艦島のストリートビューはご存知ですか?」
 
石和:
「うん、前に見たけど瓦礫の山だし、撮影範囲だけの移動だしね・・・」
 
門野:
「今iPadを持っているから一緒に見ませんか?」

 
12. スーパーストリートビュー
 
 石和の前に置かれたiPadを、横に座った門野が覗き込んでいる。
 
門野:
「ここ、どこか分かりますか?」
 
石和:
「こんなに荒れ果てた状態じゃ。おっ、ここは分かるよ。雑草だらけだけど公園だ。よくもまぁ、こんなに姿になったもんだ」
 
「ふぁ~、おっと失礼」
 
門野:
「退屈ですか?」
 
石和:
「ごめん。瓦礫と雑草ばかりだからね」
 
門野:
「石和さん、このゴーグルを掛けてみませんか」
 
石和:
「おっ、そんなものを。VR?」
 
門野:
「さすがIT屋さん。でも、ちょっと違うかな。まっ、掛けてみてください」
 
石和:
「おっ、CGじゃないね。本当の軍艦島の映像だ。ストリートビューのゴーグル版?」
 
 石和の首の動きに合わせて、ゴーグルの中の景色も変わる。
 
「移動もできるの?」
 
門野:
「はい。心に思った方向に移動できますよ」
 
石和:
「え~どういう仕組み?」
 
 返事はない。
 
「まぁ、いいや。よし、こっちに行ってみよう。おっ、動いた。こりゃ面白い」
 
「どこにでも行けますよ」と、実世界からの声。
 
石和:
「おっ、部屋の中まで。こんな映像を準備するって大変だろうね」
 
 返事はない。
 
石和:
「門野さん?」
 
 気になってゴーグルを外した。隣に門野が笑顔で座っている。文木達は写真で盛り上がっている。
 
門野:
「ゴーグルを掛けてください。もっと面白いものが見られますよ」
 
石和:
「う、うん。しかし、これは凄い。信じられないよ」
 
 改めてゴーグルを掛けた。
 
石和:
「おや、なんか様子が違うな。瓦礫がないし、建物も壊れていない」
 
「閉山当時の映像ですよ」と門野の声。
 
石和:
「え~これまたびっくりだ」
 
 首を振りながら移動すると、石和が暮らしていた時代の風景が飛び込んでくる。

 
13.奇跡の世界
 
 「わっ、なんだ?」
 思わず石和が声を出した。  
 
 実写映像の中でCGの猫が、こちらを見ている。
 
「AR?」石和が呟いた。
 
「現実世界ではなく、過去の映像にCGを重ねています。猫について行ってみてください」門野の声だ。  
 
「よし」と心に思うと猫が歩き出した。石和が住んでいた三十一号棟を通り抜け、メインストリートの突き当りで立ち止まった。首をひねり「見失うなよ」と合図をした後、右に曲がって映像の建物の陰に消えた。
 
「げっ、CGが建物に消えた」
 
「すごいでしょ、MR(複合現実)に近いイメージですね。急がないと見失いますよ」
 
 猫が曲がった角を覗き込む。
 
「うわっ」石和の眼に、往来する沢山の人が飛び込んできた。そしてなんとCGの猫は実写となっていた。
 
「おっ、お前、やっぱりあの時の・・・」

 
14.光の射す方へ ~第三夜は終わった~
 
 人影に見え隠れする猫を追う。すれ違う人々は、まるで石和の存在を認識しているかのように横をすり抜けていく。
 
 猫が階段の手前で立ち止まった。地獄段・・・十六号棟の壁沿いにある急な階段を上がる。頂上に近づき光が射し込んできた。
 
 「端島神社か」
 
 景色を懐かしんでいると、しばらく姿を消していた猫が現れ正面の拝殿の前に座り込んだ。目が合った。
 
「堪能できましたか?」門野の声ではない。
 
「うわっ、しゃべった」
 
「四十年以上も前、あなたとは忘れられない時間を過ごしました」
 
「やはり、あの時の・・・恨んでいる?」
 
「さあ、どうでしょう。感心できる事ではなかったですが、子供の悪戯と割り切っていますけど」
 
「リアル過ぎ・・・」
 
「懐かしい島の風景はどうでしたか?」
 
「そうですね。しかし、これ、どんな仕組みなのか不思議で仕方ない」
 
「帰りたいとは思いませんでしたか?」
 
「ん~、今見たのは仮想世界だから。現実は酷いもんだ」
 
「帰って来てはいかがですか?」
 
「観光で?それも変な話だ」
 
「そうやって嘆いても、故郷は朽ち果てていくだけですよ」
 
「そうは言ってもね・・・島の保存に尽力されている人も沢山いることは知っているけど、私にはそんな知恵も力もない」
 
「あなたの周りには島に関心を持つ人が沢山いるじゃないですか。力を借りて、あなたらしく、あなたのやり方で」
 
「私のやり方?」
 
「そう、あなたらしいやり方で・・・チャンスを逃さないように」
 猫が笑っているように見える。
 
「おい、石和」
 聞き覚えのある声が聞こえる。原澤の声だ。
 
「ん、あれ?」
 
「珍しいね。酔い潰れるなんて」
 文木が笑っている。
 
「門野さんは?」
 
「帰ったよ。早良君が送っていった」
 
「ゴーグルを返さないと。あれ?」
 顔や頭を触ってもゴーグルがない。
 
「なんだゴーグルって。お前、iPadで遊んでいて、いつの間にか寝ていたんだよ」
 
「えっ? じゃ、俺が見たのは全部が夢? ええ~っ」
  
「さぁ、俺たちも帰るか」
 
「そうですね」
 
「おっ、そうだ。石和さん、この写真を見てよ」
 文木が一枚の写真を石和の前に出した。
 
「石和が寝ちゃった後、みんなで写真を見ながら盛り上がっていたんだけど、ほら、この猫、こんなところにも写っていたんだよ」
  
「うっ」
 石和は絶句した。神社の拝殿前であの猫がこちらを見ている。仮想世界で見た格好のままだ。
 
「それがさ、文木さんが言うには、前に見たときは猫なんか写っていなかったと言うんだよ」
 
「えっ」
 
「勘違いかなぁ~」
 
「でな、お前が寝ている間、この猫がなんて言おうとしているか、みんなでアフレコして遊んでいたんだけどさ、やっぱりプロなんだよ、門野さん。感情たっぷりに話すんだから」
 
「『そう、あなたらしいやり方で・・・チャンスを逃さないように』あの最後の言葉は忘れられないよ」
 
「そっ、それって・・・」
 
 仮想と実世界の不思議な交差。夢か現か・・・・。
  
「じゃ帰るとするか」
 
 
「帰ろうか…」
 

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