「夢と現で聞く声は」第2話

7.お風呂は楽しい ~第二夜~
 
文木:
「乾ぱ~い。久し振り~」
 
原澤:
「大袈裟だなぁ~二週間しか空いていないのに」
 
文木:
「それだけ待ち遠しかったってことだよ。君も同じだろ?」
 
早良:
「うん、待ち遠しかった」
 
文木:
「それみろ」
 
石和:
「そう言ってもらえれば嬉しい限りです。今日は軍艦島のお風呂事情ですよね」
 
早良:
「その前に前回の宿題について報告しなきゃ」

 「電話の件ですけど、郵便局に公衆電話があったことは石和さんのお話の通りでした。島民が外に電話をかける時は並んで順番待ちをしていたそうです」

 「でも、島外から島民に連絡をする時に公衆電話を利用できたかどうかは、残念ながら分かりませんでした。石和さんの記憶にある『郵便局員が呼びに来てくれた』ということも分かりませんでした」
 
石和:
「そうですか。実は前回話題になった給食のこともあって、あの後、兄に連絡をしてみたのですが、兄も郵便局員が呼びに来てくれたことを覚えていましたね。『うちは特に仲良くしていたからかも 』とはいっていましたけど」

 「まあ、そういう場合もあったと聞いてください。四十年以上も前ですし、特殊な島の環境を考えれば誰もが自由に電話ができなくても不思議ではないから」
 
文木:
「勿論、貴重な実体験談として受け入れますよ」
 
原澤:
「で、もう一つお兄さんに確認した給食の宿題ってのは、まだ給食制度が始まってなかった時には家に帰って食べていたっていう話だね」
 
石和:
「はい。兄に聞いてみたら、やはり小学校在学中に給食が始まったそうです」

 「でも、給食が始まる前は弁当だったそうです。『そりゃそうだ』って思いました。家が学校に近いからといっても、みんなが家に帰るってことはないでしょうからね」
 
早良:
「そりゃそうですね。まあ、給食に関しては『海が時化たときに菓子パンだけってことがあった』っていう話が聞けたから十分ですよ」
 
原澤:
「では、本題のお風呂についても何か貴重な話が聞けるといいね」
 
石和:
「風呂は共同風呂でした。私の記憶では三カ所あったと思います。職場にもあったようです。石炭で真っ黒の炭鉱夫が共同風呂に入ってくることはありませんでした」

 「三カ所の風呂は、どこに入っても良かったです。まぁでも、基本は近所ですね。住んでいた三十一号棟の地下に風呂があったことは前回いいましたが、引っ越しをするまでは基本的には三十一号棟の風呂に入っていました。二~三十人くらいは一緒に入れたと思います」

 「各自で洗面器に石鹸、タオル、シャンプーを入れてもって行きました。シャワーはなかったですね。その代わり、風呂から出るときには『掛かり湯』っていうのが用意されていて最後に身体に掛けていました」

 「掛かり湯ってちょっと不思議ですよね。洗場の端に家風呂よりも少し大きい蓋つきの釜が別にあって、中に綺麗な温かい水が用意されていました。昔、まだ水環境が十分でない時に海水で風呂に入らなければいけない時代があって、その名残だったようです」

 「引っ越しをしてから行った風呂は、ちょっと広かったと思います。六十号棟と六十一号棟の間のここにありました」
 
 スマホの上空写真を指さした。
 
石和:
「浴場の壁には大きな窓があって、窓の外にはどこに通じていたのか分からない長い空間が横に伸びていました。そこにはいつも風が吹き抜けていて、当時流行り始めていたトニックシャンプーがスーッとして気持ちいいと、友達と窓から頭を出したりしていました」
 
「八号棟にも風呂はありましたが、ここは狭くて少し薄暗い印象であまり行かなかったですね。大人には風情があって良かったのかも知れませんけど」
 
文木:
「いや~ありがとう。じゃ次。風呂で水の話がでたけど、水やガス、電気のライフラインはどうだったの?」

8.ガス爆発とフリルの下着
 
石和:
「まず電気ですが、生活するうえで困ったことはなかったと思いますよ。停電したという記憶はないですね。隣の島の火力発電所から電気を引いていたそうです」
 
原澤:
「炭鉱の動力でもあるから、電気はしっかりしていたんだろうね」
 
石和:
「そうですね。なので、電気に関する面白いエピソードは思い浮かばないです」
 
文木:
「いやいや、じゃ、ガスは?」
 
石和:
「ガスはプロパンでした。これは覚えています」
 
原澤:
「なにか思い出でもあるの?」
 
石和:
「はい。火事による爆発です」
 
早良:
「なんか凄い話・・・」
 
石和:
「私が三十一号棟に住んでいたのは前にお話ししました。その東側、海とは反対側のここにあった木造住宅が火事になりました」
 
 スマホで指さしたのは見取り図だ。三十一号棟の隣に小さな建物が描かれている。
 
石和:
「高台に建っていましたが、六階にあった我が家の目の前にその木造住宅の部屋がありましたから、結構背が高かったと思います。その建物が火事になりました」
 
「火の勢いは凄く、木造住宅に近い三十一号棟の住人は避難を余儀なくされました。眠っていた私も叩き起こされて、逃げたことを覚えています」
 
「私達は、避難した場所から激しく燃え盛る木造住宅と火に炙られる三十一号棟を眺めていました。『プロパンが爆発するぞ』と傍にいたおじちゃんが呟いたその時、ドカーンという大音量と共に三十一号棟側から地面と水平に火柱が飛び出しました」
 
「『 うおっ 』、『 キャー 』大人たちが声を上げます。私は映画でも見ているかのような不思議な気持ちになっていました」
 
文木:
「現実として受け入れられないって感じ・・・」
 
石和:
「そうですね・・・。恐怖、それから・・・不謹慎ですが大火を目の当たりにしての妙な高揚感、何よりも傍にいたおじちゃんが予言のように呟いた途端に本当に起きた爆発など、色々な感情が心に刻まれました」
 
原澤:
「う~ん、そりゃなかなかの経験だ。狭い島の中で起こった大きな火災だから大事だったんだろうな」
 
石和:
「三十一号棟の我が家は焼失まではいかなかったですが、火が回ったうえ消火活動で水浸しになったため引っ越しをすることになりました。引っ越し先は、ここ六十五号棟のこの辺りです」
 
 スマホの上空写真で、コの字型をしたひと際大きな建物を指さした。
 
石和:
「学校の隣です。小道一本を隔てて、すぐに裏門に飛び込めました」
 
早良:
「近っ!」
 
石和:
「島の端から端への引っ越し。でも知れていますよね。火事の影響から立ち直るのに、しばらく時間はかかったと思います」
 
「私はしばらくの間、島民から援助された古着を着ていました。狭い世界での支援品ですから、『あっ、俺の服』 なんていうもあったかも知れないですね。私に与えられた下着のシャツの首元に小さなフリルやリボンがついていて、母に『これは女の子の!』って怒った記憶があります。結局は着ていましたけどね。学校では内心ヒヤヒヤでした」
 
早良:
「小学生は容赦ないですからね。見つかったら、ただじゃすまない」
 
石和:
「ははっ、だよね」
 
「そうそう、当時、猫を飼っていたのですが、引っ越し先の新しい家に連れて行ったけど行方不明になってね。もしやと思って焼けた我が家に行ってみたら、玄関の靴箱の中に座っていました。家の中はぐちゃぐちゃ、びちゃびちゃ、ゆっくり座れるところはそこしかなかった」
 
「フリルの下着と靴箱の猫、火事が映画の世界から現実の世界になった出来事でした」
 
原澤:
「猫を飼っていたんだ」
 
石和:
「はい。島には野良猫は沢山いましたよ」
 
「電気とガスの話が終わったから、次は水ですね」
 
文木:
「風呂の話はあったけど、水関係で他に面白い話がある?」

9.海水プールへの侵入者 ~第二夜の終わり~
 
石和:
「長崎から水道を引いていて飲み水は普通に蛇口からでていましたし、トイレも水洗だったし・・・。偶に断水はありましたが、慣れたものって感じでした。う~ん。じゃ、プールの話をしましょうか」
 
文木:
「これだよね」
 
 文木が手元の写真から数枚を抜き取って石和の前に差し出し、それからスマホの上空写真を指さした。学校から一番遠い島の端に大と小二つの長方形の枠がある。
 
「昔、上陸した時に行ったんだ。ここ海水プールだったんだよね」
 
石和:
「おっ、さすがに良くご存じですね」
 
「25mプールと少し小さく浅めの幼児用のプールがありました。で、おっしゃる通りプールの水は海水でした。真水が使われていたというネット情報を目にしたことがありますけど、私の記憶では海水でしたよ」
 
「海からポンプで海水を汲み上げていましたが、ある日、取水ホースの網目を抜けて針を持った魚がプールに入ってしまったことがありました。全員プールサイドに上げられて、監視員が網をもってプールに入り、捕獲するまで待機ってことがありました」
 
早良:
「すげー。海水プールならではのエピソードだ」
 
石和:
「島と言っても軍艦島は周りをぐるりと高い岸壁で囲まれていましたし、砂浜なんてありませんからプールは必要でした。でもね、砂浜での海水浴を楽しむ機会もあったんですよ」
 
原澤:
「へ~年に何度か幻の砂浜が現れるとか?」
  
石和:
「ははっ、面白い。でも違います。実は近辺の海水浴場に行くことがありました。子供会のイベントだったと思いますが、家族で参加していました」
 
「当時のアルバムに『高浜海水浴場にて』って書いていましたので・・・ここですね」
 
 スマホの上空写真で、長崎から海に突き出した長崎半島を指さした。
   
「軍艦島にはない環境ですからね。思いっきり浜辺で遊びました。小さな島で子供たちに不自由な思いをさせないようにと大人達が頑張っていたのだと思います」
 
文木:
「良い話だな・・・おっと、もうこんな時間か。そろそろお開きにしようか。石和さん、また次回ってことでお願いしますね」
 
石和:
「はい、勿論」

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