「夢と現で廃墟を想う」第13話:時は動く

13.時は動く

 「いよいよ明日が本番ですな」
 背が高くがっちりした体格の男が背後から声を掛けてきた。半袖の白ポロシャツにカーキ色のチノパン、足元は白を基調としたストライプ入りのスニーカーとラフな出で立ちではあるが、七三にきっちりまとめられた髪と度の強い黒縁メガネのお堅い雰囲気とではアンバランス感が否めない。
 「やあ、市長さん」
 振り向き様に相手を確認して挨拶をしたのは原澤だ。その隣には石和もいる。二人ともラフな格好なのは市長と変わらないが、乱れた髪と無精ひげでは最早バランスがどうこうという問題ではない。

 「大分お疲れのようですな」
 二人の様子を交互に見るようにして市長が言った。
 「昼夜をいとわず万全を期して作業をしてきた証拠ってやつです」
 みっともなく伸びた無精ひげを左手でさすりながら、原澤が笑って市長に答える。
 「スケジュールに遅れはないですが、気になることは山ほどありますし、これでもかってほどシステムテストを行いましたので、気が付けばこんなみすぼらしい姿になってしまいました。市長の前でお恥ずかしい。本番ではちゃんと小奇麗にしますから」
 「いやいや、それだけ必死に取り組んでいただいているってことですし、頭が下がる思いですよ。皆さんの努力があってこの島は当面の危機を免れただけでなく、この先何十年にも亘って、この姿を維持することが出来ることになりましたから」

 石和は再び軍艦島に上陸していた。あの三年前の上陸では、仕事の都合で同行できなかった原澤も今回は一緒だ。原澤にとっては初とあって半月前の上陸時は夢にまで見た島の風貌を見て小躍りして喜んでいたのだが、今、島は少し様子が異なっている。
 島の象徴ともいえる七階建ての校舎は、あますところなく丸ごと建設用の白いシートに覆われ、崩れた外壁やガラスの無い沢山の窓などは全く拝むことができない。廃墟マニア達にはなんとも申し訳がない装いとなっている。

 島の中を歩くと白いシートに覆われた建物が沢山目につくし、シートは掛けられていないが建設用の足場が組まれている建物はあちらこちらに見受けられる。
 校舎前のグランドには、多くの建設資材が積み上げられ、沢山の建設作業員や、普通この島では見ることができないトラックやフォークリフトなどが忙しく走り回っている。

 「市長、維持・修繕工事の御礼ならあちらですよ。我々はお金を出してはいませんから・・・・・・」
 原澤が左手で髭を摩りながら、右の人差し指でちょんちょんと前方を指さした。
 原澤の指差す前方二十メートルほど先に、数十名のスーツ姿の男たちが、三~四人でグループを作って立ち話をしている。テレビで見たことのある日本を代表する企業の有名な会長や社長の顔が見えるし、それから何人かは国会議員だ。その中には、あの秋山の姿も見える。
 「そうそう、お金を落としたのはあの方々で、我々は汗を落としただけですから」
 隣にいた石和がニヤニヤと笑いながら話した。
 「何ば言うとね、お金も大事ばってん・・・・・・おっと、こりゃ失礼。確かに金がないとこれだけの大規模な工事は出来ませんが、これからこの島で行うイベントは日本の一大事と聞いています。それが長崎の・・・・・・世界文化遺産のこの島で行われるのは関係するすべての皆さんのお陰だと思っているのですよ」

 世界文化遺産の維持管理に常日頃頭を悩ます市長の心の中を見透かしたような石和の言葉に、ついつい長崎弁が口をついて出た市長ではあったが、やはり高揚した気持ちは押し隠すことができなかったのだろう。だが実は、市長も今回が初めての軍艦島上陸だったことは誰も知らない。この島には、実際に目にしたどんな人たちの気持ちも高揚させる不思議な力が間違いなくある。

 市長との他愛もない会話にも一区切りがついたとき、前方の秋山が振り返って軽く右手を上げてこちらを見ていることに石和が気付いた。視線を合わせながら軽く会釈をすると、それに気が付いた原澤が石和の目線の先にいる秋山を確かめて、こちらも軽く会釈をした。
 秋山は二人を交互に見つめ、それから上げていた右手を胸の前に持って来て、親指を立てて合図を送ってきた。
 「順調ですね。明日の本番も頼みますよ」
 言葉はなくとも、そう言ってくれているのが分かる。それは、いつにも増して穏やかな顔がそのことを物語っているからだ。
 石和と原澤が、目線を秋山に合わせたままでゆっくりと頷いてみせた。

 イベントの会場設営と最終リハーサルを終え、石和と原澤が島内の仮設住宅に戻ったのは夜十時を超えていた。シャワーで汗を流し、簡単な食事とビールを腹に流し込んでから布団にもぐり込んだ。
 「こんな生活もあと一日ですね」
 石和の横で既に布団に包まっている原澤に声を掛けた。
 「そうだな、肉体的には辛かったけど楽しかったよ。まぁ、とにかく貴重な体験だったよ」
 「そうですね、文木さんや早良君は、かなり妬んでいましたけど」
 「まあな・・・・・・でも、彼らには彼らで今回のイベントの肝になる大事な役割があるし、遠く離れているけど、お互い頑張らないとな」
 「はい」
 「よし、もう寝るか」
 「はい」
 原澤の合図で電気を消した後、石和がぽつりと言葉を発した。
「明日の朝は、髭をそりましょうね」
 原澤のくぐもった笑い声が布団の中から漏れた。

 翌朝目覚めた二人は、仮設住宅の窓から見える空を真っ先に確認して、安堵の表情を浮かべていた。天気予報で『明日は快晴、風波ともに穏やか』と何度も確認してはいたが、イベントの事を考えると天候が気になって仕方がなかった。
 石和達の様に仮設の住宅に寝泊まりする者もいるが、長崎のホテルから臨時便の船を利用して島に通っている関係者も少なくはない。本番当日に船が出せなくて、イベントに来ることができないなんてことがあれば最悪だ。何せここは離れ小島だ、天候が荒れれば近づくこともできない。
 昨日島に来ていた秋山達政財界の面々にも、当日の悪天候を考慮して、一応は宿泊ができる施設の準備はされていたのだが、みんな天気予報に安心して長崎のホテルへ宿泊し、本日改めて島にやって来る選択をしたのだった。お世辞にも設備十分の宿泊施設ではないので無理もないことではるが、何ヶ月も泊り込んで維持・修繕工事やイベント会場の設営をしている建設作業員、イベントの仕掛け人であるITエンジニアからすると、「泊んねぇの?」と愚痴も出ていたのだが、こればかりは致し方ない。
 廃墟マニアの原澤には、「泊らないなんて、勿体ない」という違った感情もあったようだ。

 「晴れましたね」
 石和が原澤に声を掛けた。
 「おう。今日は一日晴天と確認していたけど、この青空を見ると一安心だな」
 空を見上げたままの原澤が言葉を続けた。
 「さぁ、最後の仕事に出かけるか」

 仮設の事務所でイベントスタッフとのミーティングを済ませ、石和達がイベント会場であるグランドに到着したのは午前十時ころだった。建設作業員は夜通し奮闘してくれていたらしく建設資材はすっかり片づけられており、グランドは昨日までの雑多な雰囲気が様変わりして立派にイベント会場に変身を遂げていた。
 白い建設シートに覆われた校舎の前には、中央に演説台が置かれた特設ステージが出来上がり、グランド後方には校舎を正面に見る形で五段の観覧席が横長く設置されている。観覧席最上段の中央にはコンピュータや沢山の機械が所狭しとばかりに設置されているし、その両脇にはテレビカメラが一台ずつ設置され、ちょっとした野外コンサート会場を彷彿させる空間となっている。
 会場に到着した石和と原澤は、スタッフ達と一緒にコンピュータが置かれた観覧席後方に歩み寄り、電源をオンにして簡単な動作チェックを開始した。

 「大丈夫です。特に問題はありません」
 石和が原澤に報告した。
 「よし、こちらの最終テストはもう少し暗くなってからになるから、みんなはもう一つの方の最終チェックを始めてくれ。そっちはどんな展開になっていくのか、やってみないと分からない部分もあるから、東京のスタッフとも連絡を取って間違いの無いよう予定通りに進めてくれ」
 指揮官である原澤の号令で、スタッフは各自が持ち場に移った。

 「『今回のイベント後、このシステムは我が社の新規ビジネスになるんだから失敗はできないぞ!』なんてね」
 スタッフから笑いが漏れた。石和が原澤の口真似をして場を和ませたのだが、実際にそれは事実であり、発案者の石和に限らず、ここにいる全員と東京のスタッフを含めた関係者がその使命に燃えながら今夜のイベントを迎えようとしているのだった。

 時刻は夜八時を迎えようとしていた。イベント会場全体を照らしていた照明が消され、辺りは僅かばかりの小型ライトの明かりに頼らなくてはならない状況になっている。灯台の明かりも、イベントが開催されている間は消灯されているので、隣の人の顔を識別するのも困難な暗さだ。ただ一か所、イベント会場の後方に設置されたコンピュータのモニターの周りだけが煌々とした明かりに包まれ、石和達エンジニアの顔を暗闇の中に浮かび上がらせていた。
 十月二十日の夜、頬を撫ぜる海風は心地よさを通り越して少し肌寒い。薄手のシャツで過ごしていた日中の陽気とは異なり、エンジニア達はお揃いのスタッフジャンパーを羽織って作業にあたっている。

 「星が綺麗ですね」
 夜空を見上げながら石和が呟いた。
 「本当だな、こんな綺麗な星空は東京でみることは出来ないよな」
 原澤が顔を夜空に向けたまま、しんみりと応えた。そして、「来て良かったよ」と続けた。

 次の瞬間、軽妙な音楽と共に暗闇を引き裂くスポットライトの強い光が、石和達が陣取るコンピュータエリアから特設ステージに向かって放たれたのだった。
 「やばっ、星空を眺めている場合じゃない」
 石和と原澤は我に返り、目を合わせて頷き合い表情を引き締めた。イベントの始まりである。

 遡ること一時間、全国放送のテレビやインターネットで今日のイベントについての特別番組が組まれ、これから日本が迎えよとしている新しい世界について、専門家の解説を交えながら詳しく説明が行われていた。

 Society 5.0(ソサエテイ5.0)とは、日本政府が提唱する未来社会のコンセプトで、狩猟社会をバージョン1.0とし、農耕社会を2.0、工業社会を3.0、そしてインターネットやスマートフォンで人々の暮らしを大きく変化させた現在の情報社会を4.0と位置づけ、これに続く次の社会を意味するのがSociety 5.0であること。これはコンピュータが普及した現在のネットワーク社会を超える激変が訪れることを意味すること。

 Society 4.0までの世界は、人がサイバー空間(コンピュータネットワークの世界)に存在するサービスにインターネッ経由でアクセスして、情報やデータを入手し分析を行ってきたが、Society 5.0ではサイバー空間に蓄積された大量で様々なデータ(ビッグデータ)をAI(人工知能)が解析し、その解析結果がフィジカル空間(現実世界)の人間に様々な形でフィードバックされることになること。

 Society 4.0では、人間が情報を解析することで価値が生まれたが、Society 5.0では、ビッグデータを人間の能力を超えたAIが解析し、その結果が機器などを通して人間にフィードバックされることになり、これまでには出来なかった新たな価値が社会や産業にもたらされることになること。

 コンピュータによる産業革命が、第三次産業革命であることから、Society 5.0は「第四次産業革命」と言われ、コンピュータ以外の機器もインターネットに繋がり、サイバー空間のビックデータを構成すること。また、それをIoT(もののインターネット)と呼ぶこと。

 工場の設備機器から大量の稼働データをネットワークに収集し、AIが故障予知や生産性向上の対策を考えて機械をコントロールしたり、走行中の自動車からデータを受けて自動走行を支援したり、夢のような世界が現実的なものとなり始めていること。

 ざっとそんな説明が専門家によって解説されていた。横文字も多く、内容もなんだか堅苦しい感じではあったが、インターネットやスマートフォンで便利になった社会がまた大きく変わるとあって、人々の関心は高く、なかなかの高視聴率となっていた。

 新時代の幕開けに関する解説を終えた後、テレビは今、軍艦島と中継が結ばれている。

 真っ暗闇の中、スポットライトに照らされた特設ステージに人影が現れた。少し眩しそうな表情で観覧席を一通り眺めた後、頭を下げて観客とテレビの前の視聴者に挨拶をした。その合図に合わせてスポットライトは消え、会場全体を照らす照明がともされた。暗くて分からなかったが、ステージの左右の端にはスーツ姿の男女が二十人ほど立っている。中央に現れた男に促され全員がステージ中央に歩み寄った。

 「会場の皆さん、そしてテレビやネットの中継をご覧になっている視聴者の皆さん、こんばんは泉です」
 挨拶を始めたのは、総理大臣の泉であった。

 「私、この度初めて軍艦島に参りましたが、聞きしに勝ると申しますか、人々を魅了するこの島特有の雰囲気に大変圧倒されております。明治からの長きに渡って、石炭エネルギーで我が国の産業や生活を根底から支えたこの島も、閉山で無人島となって四十五年が過ぎました。風雨に耐えながら今日まで何とかその姿を保ってきましたが、それも限界に近付いて来ているとのことです。世界文化遺産であるこの島の建造物が、このまま朽ち果てることを指をくわえてみている訳にはいかないと、壇上にお集まりの地元長崎の企業を始め、国内の多くの企業や団体が支援に乗り出してくれました」
 泉総理大臣が両手を大きく広げて、壇上の面々に敬意を払った。テレビやネットの画面には、企業名と代表者名がテロップで流れていた。

 泉総理大臣がスピーチを続ける。
 「ただし、単に島の建造物の維持・修繕を行うだけではありません。そこには大きな仕掛けが存在しています。日本の再興戦略として国が提唱するSociety 5.0、すなわち超スマート社会は、インターネットやスマートフォンで人々の暮らしを大きく変化させた現在の情報社会を更に飛躍させ、人々の暮らしを大きく変えるものになります。これは、まさに第四次産業革命の幕開けです。国は二〇三〇年を目途に、この構想を具現化することを目標に掲げていましたが、これを大幅に前倒しして取り組みを加速させることにいたしました。壇上にならぶ企業様からも強力な支援を受けながら、速やかに新たな社会の仕組みを構築していきます」
 泉総理大臣の言葉を受けて壇上の面々が頭を下げる。お金を出して支援する側でありながらのこの低姿勢は、これから日本の将来がかかる一大事業を担わせていただくという思いを国民に届けるために自然に出た振る舞いなのだろう。とても日本らしくていい。

 「まずは長崎、そして九州全土へと展開し、間髪を入れず国内全土に展開していきます。なぜ長崎なのか、そこにもう一つのキーワードがあります。それは『水素』です。数年前に国内外で大きなニュースになりましたので、ご存じの方も多いと思いますが、海水から水素を効率的に取りだす技術が開発され、実用化のためのプラントがこの長崎に建造されて既に稼働を始めました。水素の貯蔵技術と流通の整備も整い、既に長崎県内の多くの家庭に燃料電池が置かれ、公共交通機関を中心に数千台の燃料電池車が街中を走っています」
 「お~」
 観衆から驚きの声があがった。テレビやネット放送を見ている視聴者も同様であろう。知らないうちに、そんなことになっていたんだという驚きである。

 「気候変動という難題に対して、脱炭素が唱えられるようになって、もう二十年以上が経過しました。国や企業は日々努力を重ねていますが、ここで大きな、大きな一歩を踏み出したいと考えております。新しい産業革命は地球にやさしいクリーンエネルギーで賄わなければなりません。私達はこの勢いを加速化させ、どんどん普及させていくことに全力で取り組んでいきます。今や、我が党のみならず全ての政党が、近い将来に向けて原発依存度をゼロもしくは可能な限り低減することを公約に掲げていますが、政党の垣根を越えて、水素エネルギーを利用した新しい日本社会の実現に向けて協力していくことで一致いたしました」
 壇上の誰も頭を下げないが、国会議員はいるのかいないのか・・・・・・。

 「但し、国の大きな変革には痛みを伴うことも事実です。改革を求められる企業、そこで働いている社員やそのご家族の皆さまにおかれましては、生活が大きく変わってしまう方もでてくると思います。勿論、国は見捨てるようなことはいたしません。約束いたします。ですから、ですから皆さま、是非ともこれから始まる大変革にご理解とご協力を賜り、新しい未来に向けて共に進んでいきましょう」
 場内の観客やテレビやネットの視聴者も、ぐっと泉総理大臣のスピーチに引き付けられている。

 「考えてみれば、過去の産業や生活を支えた石炭を多く産出し、日本の一時代を支えたこの軍艦島で、第四次となる新たな産業革命が出発となることも因縁めいたものを感じます。本日を皮切りに、日本社会は新たな道を歩み始めます、老若男女、日本国民すべての人が、便利で安全で安心な社会を実現するために、重ね重ね、皆さんのご理解とご協力をお願いいたします」
 演説だけなら東京のスタジオからでも良いのだが、結局島にまでやってきたところを見ると、泉総理大臣も案外この島のフアンなんじゃないかと思う石和だった。

 総理の演説が終わり、壇上の来賓がすべて降壇すると、再び会場のライトが一斉に消され、辺りは再び暗闇に包まれたのだった・・・・・・。

 大音響と共に、正面の校舎に軍艦島の映像が浮かびあがった。上空から見ている軍艦島の全体像だ。建築用の白いシートが巨大なスクリーンとなり、大迫力の映像を映し出した。それから、まるで鳥が滑空するように、見る角度を様々に変えて軍艦島をぐるり一周すると、急降下して校舎を正面に捉えてストップした。
 巨大なスクリーンには今、校舎の映像が実物大で映し出されているが、ガラスが砕け散り廃墟と化した現在の姿ではなく昔の綺麗な姿をしている。
 校舎の沢山の窓のうち、鳥の目が捉えた一つが巨大なスクリーンにズームアップされると、ゆっくりと窓ガラスが開き鳥はその窓から教室に飛び込んだ。

 プロジェクションマッピング。
 コンピュータで作成した画像をプロジェクターで建物や物体に対して投射する技術だ。建物の凸凹やカーブも上手く利用して、立体的で色鮮やかな映像と軽妙な音楽を同期させるこの技術は、今では多くのイベントで活用されている。
 建設シートを掛ける前の現在の校舎は、窓が壊れ、隙間だらけだったのでスクリーンの役にならないが、白い建設シートに覆われたことで、今の姿は正に巨大スクリーンとなっている。
 
 「狙い通りだな。映像も綺麗だ」
 「はい」
 原澤と石和が顔を見合わせて成果を確かめ合った。
 「まあ、ここで問題が起こることはないでしょうから」
 観覧席の来賓者が圧倒的な映像に度肝を抜かれ、テレビ視聴者が興奮の中で食い入るよ うに映像を見つめているが、石和達エンジニアはまだリラックスした状態だった。
 「問題はこの先ですから」

 鳥の目が飛び込んだ窓の先には、軍艦を象徴する島の周囲にそびえ立つ岸壁がない古い時代の映像が映し出されていた。
 「一八一〇年(文化七年) 端島で石炭が発見される」
 スクリーンに大きな文字が映し出された。
 「一八八七年(明治二〇年) 第一竪坑開坑」
 「一八九三年(明治二六年) 小学校開校」
 当時の島の映像と共に、次々と島の歴史が紹介される。
 「一九一六年(大正五年) 日本最古の鉄筋コンクリートアパート三〇号棟が完成」
 「一九二一年(大正一〇年) 容姿が軍艦土佐に似ているとして『軍艦島』と呼ばれる」
 電気や飲料水がどのように整い、人々の暮らしがどう変わっていったか、映像は詳細に当時の状況を伝えていく。同時に埋め立て工事によって様変わりする島の様子も伝えられる。
 「一九三五年(昭和一二年) 二〇号棟の屋上に幼稚園開園」
 「一九四一年(昭和一六年) 年間生産四一万一一〇〇トンの最高出炭を記録」
 
 昭和に入り、鳥の目は島の中を縦横無尽に飛び回り人々の生活を映し出す。戦争という暗い時代にあっても、人々は国を支える使命で活気に溢れている。
 一九六〇年(昭和三五年)、このころになると主要エネルギーが石油へと移行することにより、国内の石炭の町は一時の繁栄に陰りが見え始めていたが軍艦島は命脈を保っていた。
 石和が生まれたのはその五年後、生活は豊かで何の苦労をすることもなく、休日は毎週のように長崎にショッピングに出かけていた。ところが、石油へと傾倒する時代の流れには抗うことができず、一九七四年(昭和四九年)には数百万トンの石炭を残したまま閉山したのだった。
 
 そして平成の時代、人間は頼り切っていた石油をはじめとする化石燃料が生み出す温室効果ガス(二酸化炭素)による異常気象に苦しめられることになり、早急な対策を打ち出す必要に迫られることになる。映像は、島の生い立ちを通してこの国がエネルギ―政策の新たなる変革期を迎えていることを伝えていた。

 そして鳥の目は、飛び込んだ校舎の窓から逆戻りで飛び出し、スクリーン一面の校舎を再び正面に見据えていた。校舎には沢山の窓が映し出されている。
 「さあ、いよいよだ」
 「はい」
 二人の表情が引き締まった。

 鳥の目が一つの窓を捉える。島の歴史を振り返ったものとは違う窓だ。他の窓の色がどんどん薄くなるのとは逆に、見据えられた窓は大きく色濃くなっていった。次の瞬間、鳥の目は猛スピードでその窓に向かって突入したのだった。
 光の合図に合わせ、予定されていた通りに会場にいる来賓の銘々がゴーグルを装着した。一枚のグラスで両目を覆う大きなゴーグルだ。来賓者だけではない、テレビの前の一部の視聴者も同じくゴーグルを装着していた。その数は全国で一万人。一万人はプロジェクションマッピングの世界から離れ、ゴーグルの中に映し出される映像と音響を体感し見始めていた。

 VR (バーチャルリアリティ=仮想現実)。
 コンピュータモデルとシミュレーション技術を用いて、コンピュータでつくられた三次元空間をユーザの感覚を刺激することにより仮想空間上で疑似体験できるようにしたものである。コンピュータが作り出した映像とはいえ、そのリアリティ溢れる景色や、人の動き表情など、クオリティの高さは仮想世界への高い没入感が得られ、ゲームの世界では既にお馴染みの技術となっている。

 但し、特質すべきは、今ゴーグルを覗いている一万人はすべて別の景色を眺め、それぞれの物語を体感していることだ。そこにはAI(人工知能)の技術が使われていた。
 人間の知的ふるまいの一部をコンピュータソフトウェアで人工的に再現したAIは、音声や画像を認識し、要求に対する解答を膨大なデータから探索したり、ルールを元に推論する技術であり、既にあらゆる分野で活用されて人々の行動をサポートしてくれているが、将来は多くの職業を人間から奪い取る存在になるのではないかとも危惧されている。
 ただ、いくら技術が発達しても、AIが物事を創造することはできないと考えられていたが、長年の研究によりそれも可能になっている。
 石和達のチームは国内の多くの研究チームと協力し、AIが創造した物語を一万人それぞれにVRで提供したのだった。
 AIとの事前の会話で、各自が持つ軍艦島の印象や寄せる思い、現状に何を感じ、どうしたいかといった情報から、VRの世界に登場させるキャラクターやその特徴などを登録する。AIは登録されたそれらの情報をもとに仮想空間の中で登録者本人を主役とした物語を創造し映像化している。
 今回、各自に見せる映像物語は予め作成し準備されてはいたが、一万人それぞれに初めて見せる映像がイメージに合致しているかまでは分からない。どのような評価が下されるか、そして障害なく最後までシステムが稼働してくれるか、石和達エンジニアは気が気ではなかった。

 実は、石和の会社では今回の試みをベースに、新しいビジネスを立ち上げることも計画されていた。
 『夢を売るビジネス』
 いくつかのキーワードをインプットすることで、AIが顧客が見たいと思う物語をVRで提供するビジネスだ。
 「昔見たSF漫画に、買った夢を見た冴えないサラリーマンが、自分が宇宙を股にかけた宇宙海賊で、記憶を失う前は死と隣り合わせのスリリングな世界に生きていたことを思い出すなんて話はありました。そして彼の左腕にはサイコガン(精神銃)が・・・・・・」
 石和が原澤につぶやいた。
 「それなら俺も知っているよ。俺ら世代の男にはフアンも多かった」
 原澤が笑って答える。
 「そこまでいくには、まだ超えなければいけない山が幾つもありますが、目指すのはあの世界です」

 VRを体現していない多くの人達も、放っておかれている訳ではなかった。テレビやパソコン、スマートフォンの画面には左右に分かれて二つの映像が同時進行で映し出されている。向かって左側はセピア色をした昔懐かしい軍艦島の夕焼けの風景、右側は荒廃したビルが月明りにぼんやりと照らされた薄暗闇の風景、二つの画面は一八〇度違うイメージとなっている。
 二画面とも上下左右に映像が揺れ、ちょっと落ち着かない状態になっている。
「あんまりキョロキョロと首をふらないようにと言っておいたのに・・・・・・」
 画面を確認していた原澤が、やれやれと言った調子でため息をついた。

 そう、画面の左側は文木が見ている映像で、右側は早良が見ている映像が表示されていた。今、二人はゴーグルをつけて仮想空間に没入状態である。今回、ゴーグルでVRを体感することができなかったテレビやネットの視聴者は、文木と早良の世界を画面で見ているのだが、二人は軍艦島に過去と未来を見るネット世界のインフルエンサーあることをテレビ番組のなかでも事前に紹介されているので、多くの人が二人の世界を共有することを楽しんでいるようだ。

 「凄いなぁ~。俺のイメージ通りの映像だ」
 校舎近く、高さ三~四メートルの岸壁の上に立っている文木が驚きの声を上げていた。二画面同時進行という事情もあって、文木の声は視聴者には届いていない。視聴者に届けられるのは、仮想世界の登場人物の声と効果音だけで、それは主音声と副音声の切り替えで左右画面を選択できる仕組みになっている。ゴーグルを装着した文木が声を出すのは問題ないのだが、テレビ視聴者に安定した映像を見てもらう必要があり、あまりキョロキョロと周りを眺め回すことは慎むように原澤や石和から釘を刺されていた。
 「いっけね。冷静に、冷静に」

 西の空には夕焼け雲が広がっている。そろそろ帰宅の時間が近づいているとあって、グランドで遊んでいる子供達は貴重な一刻を争う様にはしゃぎ回っている。
 子供達の動きを目で追いながら、夕日に照らされた校舎や赤く染まった空を眺めていると、ゴーグル画面の左下に点滅する赤いマークが出現した。マークが示す方向を見ろというAIからの指示だ。指示に従い左下に首を振ると、小学校一~二年生位の男の子がこっちを向いて立っていた。
 「そがんところに立っとったら、先生に怒らるるばい」
 小さな子供が、岸壁の上に立つ文木に注意をした。そこは小学生は上がることを禁止されている場所で、大人も気を配らなくてはならない。
 「ごめん、ごめん」
 子供に注意されて、慌てて岸壁から降りた。テレビやネットの視聴者へも子供の怒った声は聞こえているが、同時に短めのテロップも画面に表示されている。文木の画面の音を聞いていない人や音が聞き取りにくい人のための配慮だが、それよりも文木の方を見て口を尖らせている顔を見れば怒っていることは十分に伝わっただろう、その位リアリティのある映像だ。

 仮想世界に足を踏み入れている主人公は、基本的にはAIが創造した物語に沿って仮想世界を移動させられる。今、文木が岸壁から降りた動作も、用意された物語に組み込まれた動作だ。主人公は首を振って、いつでも三六〇度の映像を楽しむことはできるが、物語の進行に必要な場合は顔を向ける方向や進む方向を指示される場合もある。文木が見た赤いマークがそれだ。可能な限りは主人公の視界の中で物語は進められるのだが、あまりにキョロキョロと頭を振って、あらぬ方向ばかりを見られると進行が難しくなってしまうため、強制指導が入るという仕組みだ。だが、物語そのものは主人公本人が望んだものではあるので、高い没入感と満足感が得られるのだ。

 「ひゃ~。僕が望んだそのままの世界だ~」
 月明りと小さな懐中電灯の明かりだけが頼りの薄暗闇の中で、崩れた建物の陰に身を潜めながら周りの状況をうかがっている。早良が顔を向ける方向を懐中電灯の光が照らしてくれるが、暗闇に何かが潜んでいそうな、何かが飛び出してきそうな緊張感のある映像が映し出されている。
(ここは何処だろ?)
 後ろにも前にもボロボロに壊れた建物が迫っているが、こう暗くては場所の特定は難しい。息を潜めて次の展開を待っていると、ゴーグル画面の右に点滅する赤いマークが出現した。AIからの指示だ。指示に従いぐるりと右側に首を振ると、やや後方の物陰に隠れて戦闘服に身を包んだ女戦士がこちらを見ていた。顔の前で右手の親指を立てて、「大丈夫。こちらに来て」と合図を送って来た。アイドル顔負けの美貌をした彼女は、早良の相棒だ。
(最高じゃん)
 合図を確認し、体制を低く保って移動を開始したその時、「駄目だ、逃げて!」と声が響いた。相棒の顔には恐怖が宿っていた。

 岸壁を下りた文木は、グランドで遊ぶ子供達を縫うように移動し、グランドを後にして島のメイン通りを滑らかに南に進んでいた。六十五号棟の北棟、病院、児童公園、マーケット、地獄段、屋上庭園のある十六号棟から十八号棟、十九号棟と二十号棟を抜け、公民館、映画館、泉福寺、三十一号棟、三十号棟と移動していく。大人も子供も沢山の人が歩いている。
「これが五十年近くも前のこの島の姿か」
狭い空間に乱立する建造物に、視聴者は食い入る様な視線を送っていた。

 すれ違い様に、文木に対して会釈をする人がいる。中には「元気にしとっと?」と声を掛けて来る人もいて臨場感が半端ではない。今にも人々の呼吸が聞こえてきそうなほど素晴らしい映像だ。

 トンネルを抜け、ドルフィン桟橋に到着した。五色の紙テープを引いた船が汽笛を鳴らして出港している。お別れの儀式だ。島を離れる人を乗せた一隻が少し島から遠ざかると、次の船が現れて島民が乗り込む。その船が遠ざかると、また次の船、見送りする側の人数が徐々に減っていき、ついに見送る人のいない船が出港した。

 「急いで」
 相棒から声が飛ぶ。転がるように彼女の元にたどり着いた。
 「あいつ物陰に隠れていたみたい」
 心許ないボロボロの壁を盾にして、二人は迫りくる相手から身を守っていた。その時、点滅する赤いマークがゴーグル内に現れた。どうやら、壁の裏側にいる相手を見ろと言うことのようだ。早良が恐る恐る視界を振り向けると、そこには自走式の大型ドローンが、搭載している火器の砲口をこちらに向けている姿があった。
 「やばい、壁ごとぶっ飛ばすつもりだ」
 二人が飛び跳ねるように壁を離れた途端、大音響とともに閃光が走り、壁に砲弾が撃ち込まれた。二手に分かれて逃げる早良と相棒の女戦士、早良の視界に彼女の姿が見え隠れする。砲弾は逃げる二人を追って雨あられの如く降り注ぎ、空を焼き、建物に突き刺さる。
 「体育館だったのか」
 閃光に照らされた校舎とグランドを右手に確認し、早良はさっき身を隠していた場所が体育館であったことを理解した。左に曲がり右前方の大昔病院だった建物に走り込むと、相棒が後に続いて飛び込んできた。

 夜と朝を何度も何度も繰り返し、目まぐるしく過ぎていく時間の中を文木はゆっくりと歩いている。時間の経過に合わせて、島の様子がどんどん変わっていく。文木の耳にも、もの悲しさを誘うBGMが流れている。建物が徐々に瓦解し、『緑なき島』と言われた軍艦島が雑草で覆われていく。恐ろしいほどのリアルさだ。忘れ去られた島は、悲しい廃墟となった。
 そして多くの視聴者は、それそれが持つ過ぎ去った時間に思いを馳せている・・・・・・。文木が感じて欲しかった『ノスタルジー』を、この短い時間の中で上手く呼び起こすことが出来たようだ。

 「なんとか撒けたようだね」
 相棒の女戦士が早良に声を掛けた。飛び込んだ病院跡の建物から抜け出し、今は岸壁添いの小道を懐中電灯の明かりを頼りに南下している。
 「いや、攻撃してこないだけだよ。俺たちの位置は把握されている」
 赤いマークが点滅している左上をみると、飛行型ドローンが上空からこちらを監視している姿が見えた。
 「任務失敗かな?」
 「さあどうだろう。置いてきた修理済みのドローンを上手く発見してくれたらいいんだけどね」
 ゴーグルの中のワイプ画面に、修理済みドローンを置くシーンの映像が映し出された。

 早良が望んだのは、長年続いた人間VSAIを搭載したドローンとの闘い、その終止符を打つために人間が選択した答えは和平だったという物語だ。戦いで壊れたドローンを修理して返してあげる。そのことでAIに変化が生じることを願うという設定になっている。
 何度目かの人間の不可思議な行動を、AIはまだ完全には理解していないみたいだが、人間を深追いすることもなく、許容範囲を超えて近づかなければ攻撃もしてこなくなったということで一定の成果は上がっているとも言えたが、長年続いた覇権と生存の争いで、戦場となった島は無残な姿となった。
 「もう終わらせた方がいいでしょう」
 そう言った相棒を見た画面に、また現れた赤いマークを目で追うとボロボロになった建物の隙間から神社が見え、その上空には満天の星が広がっていた。

 様相は一転し、人々の歓声を乗せた何隻もの船が島に近づいて来るのが見える。悲しい廃墟は聖地となって、人々の心を引き付ける存在になっている。文木の耳に届くBGMも明るい調子に変わっていた。歓喜から厳かな静寂へ、島内に足を踏み入れた人々の様子も変わる。島を見る人々の心に表れた過ぎ去った時代を懐かしむ気持ちがものの見事に表現されていた。
ゴーグルの奥で、文木の目には涙が溢れていた。

 戦闘が繰り返される戦場にあるのは、希望か絶望か。顔をのぞかせた僅かな光を消してはいけない。仮想世界で未来を見た早良の口が堅く真一文字に結ばれていた。

 「ちょっと落ち着きがないですが、なかなかの映像じゃないですか」
 石和が二人をフォローした。
 「そうだな・・・・・・。まあ、今回は二人の協力が大変役に立ったし、帰ったら慰労会だな」
 「はい、賛成です」
 石和の顔が綻んだ。

 ゴーグルを装着した一万人の心拍数や発汗状態のデータはセンサーで中央コンピュータに集められ、石和達スタッフのモニターに遂次表示されているが、一様に高い数値を示しており興奮状態にあることが分かる。眼の動きも活発で退屈している様子はうかがえない。
 「うまくいっているようだな。悪い数値は見当たらないにし、ゴーグルを外した人はゼロだ」
 「はい、ほっとしました」
 原澤が満足げに話し、石和が安堵の言葉を漏らした。

 「しかし、AIの能力がこれほどのものとは思わなかったよ。文木さんの映像に流れたBGMは、AIが勝手に選曲したんだってな」
 「はい、AIが物語の内容を正確に理解していたってことですね。技術メンバーもみんな驚いていましたね。でも、それだけではないんですよ」
 石和が続けて話をした。
 「早良君の物語に設定されていた『人間と敵対するAI』、『人間を理解しようとするAI』、どうやらこのAIが自分と同じ存在だということに気が付いた節があるんですよ」
 「おいおい、なんだって? それじゃ、ほんとにSFじゃないか」
 「早良君の相棒が戦闘を『もう終わらせた方がいいでしょう』って喋るシーンがありましたけど、事前に確認した時にちょっと言い回しに違和感があったので物語を創造したAIに尋ねたら、『それが私達の取るべき姿だと判断しました』って回答があったんですよ。驚きでしょ?」
 「信じられないな。まさか自我が芽生えたってことか・・・・・・」
 「まあ、まだ分かりませんけどね。今後、技術メンバーとじっくり研究をするつもりです。おっといけない、そろそろ全員の物語が終了しますよ」
 石和が我に返って作業に戻った。

 約二十分、短い時間ではあったが一万人それぞれの物語が終わり、ゴーグルの中の映像は鳥の目となって、飛び込んできた教室の窓から外界を眺めていた。その映像は、校舎の建設シートのモニターやテレビなどの画面にも映し出され、すべてが同時に窓の外に飛び出した。ここで、ゴーグルを外した来賓客と一万人は、改めてプロジェクションマッピングと画面の映像を眺めることになった。

 沢山の窓を映した実物大の校舎がガタガタと崩れ瓦礫の山が出来上がる。それを押し上げるように地面から巨大な物体が頭をもちあげた。レーダーアンテナ、指揮所、大砲、船首と瓦礫の中から順番に姿を現し、そして完全にその姿を現した。戦艦だ。生まれ変わったこの島の姿のようだ。鳥の目は大空を滑空し現れた戦艦を四方八方から眺めまわす。

 来賓客と同じようにプロジェクションマッピングを見ていた石和は、ふと、鳥の目に映る戦艦の指揮所の窓から右手を上げてこちらに合図を送っているユキの顔を捉えた。
(まさか、そんな映像は仕組んでいない)
 目を凝らして映像を凝視したが、確かに彼女がこちらを見て笑っている姿がはっきり確認できる。彼女の横にはクモ型のドローンが仲良く映っている。不思議なことに周りのスタッフは誰も気がついていない。
 こちらを真っ直ぐ見つめ大きく右手を振るユキに対して、石和は誰にも気づかれない様に軽く右手を上げてそれに応えた。
 ユキを乗せた戦艦はゆっくり方向を変え、大海原に向け静かに出港しようとしている。

 「しかし、生まれ変わる日本に象徴が必要だからって、軍艦繋がりで『戦艦大和』っていうのはね・・・・・・心地よく思わない人もいるだろな。艦砲は見てくれで、砲弾が通る穴が開いていないなんて誰も気が付かなかったんじゃないのかな」
 発案者である石和のアイデアとは言え、原澤が心配を口にした。
 「あれ、知りませんか? 過去には人類のために地球の危機を救った日本の戦艦もあったんですよ。あれも舞台は宇宙だったな。しかも戦艦に乗っていたのは『愛の戦士』なんですよ」
 「お前、そんな話ばっかりだな。そんなに漫画やアニメが好きとは知らなかったよ」
 そう言った時、原澤は足元にすり寄り動くものを感じた。
 「うわ、なんだ」
 慌てて足元を見ると、大きな猫が足に身体を摺り寄せていた。
 「なんだ猫か、びっくりさせるなよ。この島にまだ猫がいたんだな」
 そう言って、猫の頭を撫ぜてあげた。
 
 石和は目が合ったその猫を見てギョッとした。
(お前、あの時の・・・・・・)
 そして数年前からの不思議な出来事が、今すべて理解できたように思えたのだった。

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