「夢と現で廃墟を想う」第4話:過去

4.過去
 
 「昨日は思いもよらない展開になっちゃったなぁ」
 翌朝、少し遅めに目覚めた文木もまた、物思いにふけっていた。今日は土曜日で会社は休みだが、妻、大学生と中学生の息子、高校生の娘との五人で暮らす3LDKのマンションにゆっくりできる自分の部屋などあるはずもなく、リビングのテーブルにノートパソコンを持ち出して朝食後のひと時を過ごしていた。
 子供たちはアルバイトや部活に出かける様でみんな準備に忙しそうだ。妻は子供のための弁当作りに追われている。自分だけが蚊帳の外で別の空間にいるようだが、これが文木家の休日の風景である。子供たちも大きくなり手がかからなくなった分、自分の時間を取り戻していることを実感しているが、少し寂しくも感じている。
 
 「さて、せっかくネタも揃ったし、久し振りにブログを更新するか・・・・・・」
 文木はブログ更新の準備に取り掛かった。ブログには何気ない日常の様子を掲載する場合もあるが、基本的には趣味である廃墟の写真とそれに対するコメントを掲載している。写真を吟味し、あれこれコメントを考えるため更新はやや間延びしがちではあるが、もう六~七年は続けている。
 家族は廃墟に関する趣味のことを承知しているが、あまり理解はされていない。ただ、早良や原澤との出会いはブログを通してだったし、その他にも多くの人と親交を深められているのは、この趣味のお陰だと思っている。
 
 原澤とは、もう五年の付き合いになる。
 「ブログを拝見しました。写真がとても綺麗で感銘を受けています」
 原澤から最初にもらったメールには、写真の美しさを褒めてくれる言葉が並んでいた。自分も廃墟が好きで各地を回って写真を撮っているが、なかなか満足のいく写真が撮れないということだった。
 「どうすればよい写真が撮れますか? コツやテクニックがあれば是非ご教授いただけないですか?」
 しばらくはメールのやり取りで、撮影の時に気を付けていることや、使用しているカメラのことを伝えあったりしていたが、「今度、一緒に廃墟撮影に行きましょう」ということになって、群馬県のとある廃墟遊園地で会ったのが初顔合わせだった。
 歳も同じで、勤めている会社の場所もそんなに遠くないとあって、それからは頻繁に顔を合わすようになっていった。二人とも年季の入った廃墟マニアだが、廃墟にノスタルジーを感じる感性は原澤の方が強く文木も教えられることが多い。今ではお互いが刺激を与えあう欠かすことが出来ない存在になっている。
 
 それから早良だ。
 「早良君も出会ったころは可愛かったけどな、近頃は生意気で仕方ない」
 などと言いながらも、若い早良との付き合いは刺激があるし、色々と自分のことをからかってはくるが、それはそれで可愛げがあって憎めないというのが本心だ。「軍艦島の写真をみました。最高ですね」それが早良から最初にもらったメッセージだった。
 あっさりとしたメッセージだったが、感動してもらったことは伝わってきた。お礼方々、どこに惹かれたかを尋ねると「未来都市のようだ」とか、「戦闘アニメの舞台を彷彿させる」とか、文木にしてみるとびっくりするような言葉が飛び出して違和感しかなかった。
 そんな理解しがたい若者の感覚に触れることも、ブログを閲覧する多くの人々に伝わるコメントを書くには必要なことと思いやり取りを続けていたのだが、そのうち、何だか真っ直ぐで憎めない感じの奴だとの思いとなり、直接会って話をするまでに発展したのだった。
 
 「そう言えばあいつ、門野さんとはどうなっているのだろう? そっちの方はからっきし駄目だからな。なんで俺に絡んでくるときみたいに軽い感じで話ができないんだろう。仕方がない、草食系男子のためにひと肌脱いで、また彼女を集会に誘ってみるかな」
 そんなことを思いながら、慣れた手つきでデジタルカメラに撮り貯めた写真をパソコンに送信する準備を始めた。
 文木の写真の腕前は自他ともに認める玄人はだしで、原澤がそうであったように、ブログを見た人の評価が高い。ただ、自慢の軍艦島の写真は、もう三十年以上も前に仲間と上陸した際に撮影したもので画質が粗い上にテクニックも今ひとつとあって本人は納得していなかった。当時はまだ観光船などなく冒険旅行よろしく地元の漁師さんに頼んで島に渡してもらいテントを張って一泊したのだが、この島の成り立ちや軍艦島と言われる所以も詳しくは知らず、非現実的な景色に対する興味と肝試し的な感覚で写真を撮りまくったのだった。
 
 文木が島の詳細を知ったのは上陸を果たした後で、それから一層興味が強まったという感じだった。
 
 島民はどんな生活を送っていたのだろう。電気や水道、ガスは?
 学校や病院は?
 外部との連絡方法は?
 世界一の人口密度ってどんなもの?
 
 書店、図書館で資料を漁り、インターネットで情報を収集し、最近は石和からの情報も加えてブログには軍艦島に関して誰にも負けないくらいの情報を掲載しているとの自負がある。閲覧者も少なくはないのだが、古い写真だけでは今ひとつインパクトに欠けると感じ始めている。何せ最近はドローンで撮影した建物内部の動画がインターネットで閲覧できたり、スマートフォンのVR(バーチャルリアリティー)アプリで上陸を疑似体験できる時代だ。
 「新しい写真が欲しいなぁ」
 ため息が漏れる。
 
 「あなた、この土日は出かけないの? 廃墟」
 弁当作りから解放された妻が、話しかけながら文木の前に座った。
 「ん? いや、今週は何処にも行かないよ」
 パソコンから目を離さず、妻の問い掛けに答えた。
 実際のところ、それ程しょっちゅう外出して廃墟巡りをしている訳でもないが、家族を放っておいて自分の趣味に没頭する文木に、妻にはそんなイメージを持っているのかも知れないと思うのだった。ちょっと嫌味っぽくも聞こえるし・・・・・・。
 
 「何か用事があるの?」
 「明日、翔平が野球の練習試合があるんですって、久し振りに応援に行ってみれば? 喜ぶと思いますよ」
 翔平は文木家の次男、中学生の男の子だ。地元横浜で野球のクラブチームに所属しており、明日の日曜日に試合が行われるということだ。
 「ふ~ん、翔平は試合に出るの?」
 「何試合かやるみたいだから、少しは出してもらえるんじゃないの」
 野球を見るのは嫌いではないが、息子の出番が少ないのであれば気持ちが乗らないのは仕方がない。最後の試合にちょっとだけ出場するなんてことになれば、ずっと試合を眺めて出番を待たないといけなくなるからだ。
 「そう、場所は?」
 「埼玉に遠征するんだって」
 「へぇ~」
 文木のアンテナが反応して顔を上げたが、あからさまな反応を表に出さないよう平静を装った。
 「そうだな、久し振りに様子を見に行こうかな。翔平も頑張っているみたいだし」
 言葉ではそう言ったが、文木の心の中は試合場所がどの辺りなのかを気にしていた。埼玉にも行ってみたい廃墟は沢山あるからだ。(少し足を延ばせば、行けるところがあるかも知れない)そう思って、そっとスマートフォンに手を伸ばした。
 「埼玉県の廃墟一覧ですか」
(げっ、見抜かれている)
 「ん? いや」
 「行くのは構いませけど、ちゃんと翔平の出番は見てくださいね」
 「あ、当たり前じゃないか」
 「頼みましたよ。せっかくいいカメラ持っているんだから、たまには子供達を取ってあげてくださいね」
 「分かっているよ」
 しつこいなと思っている文木に、妻が追い打ちを掛ける。
 「あなた、監督さんに連絡して、『翔平の出番を早めて欲しい』なんて言わないで下さいよ。何だか心配になっちゃう」
 「おいおい、幾らなんでもそこまでは・・・・・・」
 
 朝から妻とのスリリングなやり取りを終えて、やれやれと一息をついたが、自分が全くもって信用がないことを思い知らされたのだった。自戒の念にも駆られながらブログ更新の作業を再開した文木は昨日のことを思い出していた。
 
 「しかし、石和さん、意外に冷めているんだな。島に帰りたいとは思わないなんて言っていたけど本心なのだろうか? 帰れば気持ちも変わるだろうし色々なことを思い出して、また面白い話をしてくれるようになるんじゃないだろうか。最近は集会での話がマンネリ化しているのも事実だし。何とか一緒に島に行く機会はないかなぁ」
 
 新しい写真も欲しい、新しい情報も欲しい、文木の軍艦島への思いは募るばかりだ。
 「まぁ今日のところは、昨日の集会でお披露目した行川アイランドの写真から、みんなの受けの良かったものをチョイスしてブログを更新することにしよう」
 
 考えても仕方のないことと割り切り、パソコンのキーボードとマウスに手を掛けた。

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