「夢と現で廃墟を想う」第3話:未来

3.未来
 
 「しかし石和さんが、軍艦島に対してあんな思いだったとは思わなかったな。案外冷めているんだなぁ~」帰宅した早良壮は、ベッドに腰をおろし考えていた。
 時刻はもうすぐ二十三時半になるところだ。新橋の居酒屋でみんなと別れてから、一時間程が経過していた。帰宅して直ぐにシャワーを浴び、上はTシャツ、下はショートのスウェットパンツというラフなスタイルに着替えている。
 
 九月になったとはいえ、まだまだ暑い日が続いていて、都心の夜はなかなか気温が下がらない。電車のエアコンで一旦引いた汗も、駅から自宅までの十分程の道のりでまた噴き出してくるという始末だ。酔っているとはいえ、さすがにそのままベッドにごろ寝とはいかず、まずはエアコンのスイッチを入れてから風呂場に直行し汗を流がした。本当は湯船にも浸かりたいところだが、飲んで遅く帰った時はシャワーで済ませることが多い。
 
 ワンルームの片側の壁にはパイプベッドが沿う様に置かれ、ベッドサイドにはWiFiでインターネットに接続できるノートパソコンが乗ったガラス製のテーブルがある。ベッドと反対側の壁側にはちょっと大き過ぎる感もある液晶テレビ、その横には三段ボックスの本棚が二つ並んでいて、独身男性の一人暮らしらしくシンプルな部屋だ。壁やカーテン、フローリングの上に敷かれたラグなど部屋全体がモノトーンに統一されていて、片付けや掃除も行き届いている様子は早良の几帳面な性格を表している。
 
 ベッドの端に腰かけ、早く室温を下げたいのでエアコンの温度を低めに設定し直し、強風にした扇風機を身体の前に置いた後、濡れた長い髪をタオルで拭きながら、途中のコンビニで買った五〇〇㎖の缶ビールのプルタブを引き開けた。特に飲み足りなかったという訳ではなかったが飲んだ時は勢いが止まらない、まだ若いしアルコールは弱い方ではなかった。
 お気に入りの女性アイドルが歌う曲をスマートフォンで再生すると、ワイヤレススピーカーから流れ出た音で部屋が満たされた。扇風機の風で髪を乾かしながらビールを一口、二口と喉に流し込んだ。
 
 「ふぁ~」
 さすがに酔いが回って少し眠気がでてきたようで、大きな欠伸がでた。
髪も粗方乾いたので扇風機のスイッチを切りベッドに横たわった。ベッドの横の壁には今スマートフォンから流れる曲を歌っているアイドルが、スポットライトを浴びている煌びやかなポスターが貼られている。モノトーン調のシンプルな部屋にあって、やけに目立つ存在だ。声優もこなすそのアイドルが主人公の声を担当するアニメのポスターも、その横に並べて飾られている。戦いで汚れた迷彩服を着たアニメの主人公が銃を片手に遠くを見つめている。その眼が見つめるのは絶望か希望か、背景には荒廃したビル群・・・・・・戦いの舞台だ。
 
 「文木さん、結構酔っていたけど大丈夫だったかな・・・・・・。美人の飛び入りがあって、いつもよりハイテンションだったし、帰りは足元がフラフラしていたからなぁ・・・・・・」
などと文木の様子を気遣いながら、今日の出来事を思い出していた。
 
 早良が文木に出会ったのは、文木が開設している廃墟情報が満載のインターネット上のブログを閲覧したのがきっかけだった。もう一年以上も前になる。
 「お気に入りのアニメの戦闘舞台を彷彿させる」とアニメ仲間から聞いた軍艦島の情報をインターネットで集めていた時に、たまたま文木のブログに行き着いた。早良自身はそれまで軍艦島の存在すら知らなかったのだが、昔々に撮ったという上陸写真と思い入れたっぷりの記事に魅了され思わずコメントを書いたのが出会いのきっかけだった。何度かやり取りをするうちに一度会って話をしようということになったのだが、文木からすると自分と違った感覚で軍艦島に思いを抱く若い早良の話を聞くのも楽しみだったし、自慢の写真や記事を褒めてくれることに悪い気がしなかったということもあったようだ。それ以来、ひと月に一、二度のペースで顔を合わせては意見や情報を交換するようになり、今では身近な廃墟スポットに一人行って撮影した写真を集会に持ち込むなど、すっかり廃墟マニアの仲間入りを果たしていた。
 
 「今日はちょっと飲み過ぎかな・・・・・・でも楽しかったし、明日は休みだし、まぁいいか」
 居酒屋でしっかりと酒を飲んだ後なのに、勢いがついたとはいえ追いビールをしている状況に少し反省の言葉が口を衝いたが、早良にとって文木達との集会は、楽しくかけがえのないものになっていた。
 「文木さんと出会って、もう一年過ぎたよな。仲良くしてもらって、今や僕もすっかり廃墟マニアの仲間入りだ。近頃はアニメ仲間よりも文木さん達との付き合いの方が濃密になっている気がする。いや、間違いなくそうだ」
 文木と原澤にとっては、息子程も年齢が離れた早良は可愛くて仕方がなかった。しかも同じ趣味を持っているのだから尚更のことだ。誰かが廃墟に行ったら必ず連絡を取り合い、集合して写真を確認し、文木がブログに上げる予定の写真を一緒に吟味し、ブログ訪問者の反応について語らい、次に行く予定の廃墟の情報を交換する。三人は仕事や年齢を超えて親密な付き合いをしていた。
 
 「軍艦島に魅せられて連絡したのがきっかけだったから、最初は文木さんや原澤さんのいうノスタルジーって感覚に付いていけなかったけど、最近はちょっと分かる気がしてきたかな。でも、やっぱり軍艦島で感じるべきは未来だよ」
 文木達と仲良くお付き合いはしているが、軍艦島に対して過去に思いを馳せるのか、それとも未来を思い描くのかについては意見が違っていた。ただ、頭ごなしに考えを押し付けられることは無く、自分の感性を受け入れてくれることも、早良にとって居心地が良い理由でもあった。
 
 「それに、門野さんとも出会えたことだしな。門野さん、どうしているだろうか。もう二か月も会っていないよな・・・・・・」
 早良が思い出していたのは、何度か前の集会に一度だけ顔を出した門野和美のことだった。軍艦島に興味を持っているということで文木のブログを見て連絡をしてきたという経緯は早良と同じであったが、早良が大好きなあのアニメの声優をしているということと容姿の可愛さもあって、早良は恋心を抱いていた。
 
 「仕事が忙しいのだろうか? 文木さんに彼女のことを聞いたら心の中を見透かされるみたいで嫌だし、帰りを送った時に運よくLINEのIDは交換できたけど、こっちから直接連絡するのは恥ずかしいもんな・・・・・・」
 草食系男子が残念な独り言を漏らす。
 「だいたい、あの時は石和さんが酔い潰れたりするから、変な終わり方になっちゃったし、それ以降、彼女も参加しづらくなったんじゃないかな。せっかく石和さんの話を楽しみに参加してきたのに、あれじゃ~引いちゃったよな。また彼女に参加してもらうためにも、石和さんにはもっと頑張ってもらわないと」
 今度は人のせいだ。
 
 「住んでいた島が見世物になっていると言われればその通りだけど、廃墟の聖地として多くの人に崇められているのに何であんなに冷めた見方をしているんだろう」
 早良からすると、あの島で生まれ生活していたという特別な過去を持っている石和が、何故あんな風に冷めているのかちょっと考えられなかった。
 「自分が同じ過去を持っていたなら広くみんなに知ってもらいたいと思うし、軍艦島を舞台にして小説だって書くかも知れないけど。そうだなぁ、このアニメと同じでジャンルはSFだ。そして、お気に入りのアイドルを沢山登場させて・・・・・・」
 壁のポスターを眺めながら、眠りに落ちそうな頭で空想を膨らませるのだった。
 
 荒廃した未来都市で繰り広げられる悪しき人型ロボット軍団VS苦戦を強いられる人類。常軌を逸したAI(人工知能)に操られる殺人ロボットに対し、未来を取り戻すために戦う人類は抵抗軍を結成して、壊れた建物に身を潜めながらゲリラ戦を繰り返す。手を焼いたAIは抵抗軍の指導者の誕生を阻止するために殺人ロボットをタイムスリップさせて過去に送り込み、何れ彼の母親となるうら若き乙女の抹殺を試みるのだが・・・・・・。
 「あれ? どこかで聞いたような話だな。大好きなアイドルにうら若き乙女を演じてもらおうと思ったけど、こりゃ駄目だ」
 想いとは裏腹に発想は貧困だ。早良は物語を創造することの難しさを痛感した。
 
 AIに操られる大量のドローン。人間に対して従順で、与えられた仕事を黙々とこなすドローンだったが、ある時、人間が仕掛けた非常な扱いに相手を敵と見なして反逆を起こす。AIが自発的に武器を開発し、武器を搭載した攻撃型ドローンが共存地帯から人間の排除を始める。そしてドローンVS人間の激しい戦いが始まるのだった・・・・・・。
 「石和さんが好きだと言っていた有名なSF小説だけど、これをアレンジするのもいいかな~。戦いの舞台は軍艦島がピッタリだし、アイドルにも沢山の出番が創れそうだ」
 既存の小説に、舞台となる軍艦島とアイドルの採用を重ねることが出来たまでは良かったが、肝心なことが抜けている。
 「でも問題は、なんで人間がドローンに非常な扱いを仕掛けるかってことだよな。それからこの戦いの結末をどうするか・・・・・・やっぱり難しいや。ほんと、小説家って凄いよな」
 早良の考えがまとまるには、少し時間が掛かりそうである。
 「まあ、とにかく、荒廃した軍艦島で未来を感じなきゃ・・・・・・そうなれば石和さんだって違った感情が生まれて、冷めた気持ちも吹き飛ぶと思うんだよな。話が盛り上がれば、また門野さん来てくれるかも知れないし。分かってもらいたいなぁ~」
 勝手な想いを心に描きながら、ポスターの女戦士に視線を送った。
 「あ~、一度でいいから軍艦島に行ってみたいなぁ」
 早良の軍艦島への想いは募る一方だ。
 
 エアコンと照明をリモコンでオフにして、静かに目を閉じた。

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