「夢と現で廃墟を想う」第8話:未来世界

8.未来世界
 
 「誰?」
 背後で女の声がした。と同時に首筋に冷たい感触があった。身体が硬直した。若い女性の声ではあったが美和の声では無いのは明らかだ。
 「手を頭の後ろに組んで、ゆっくり振り返りなさい。妙な真似をしたら命は無いわよ」
 低く押し殺した女の声が心臓を貫き、石和の緊張は頂点に達していた。
 
 指示された通りに頭の後ろで手を組み、無抵抗であることを示してからゆっくりと身体を右に回転させ始めると足元の瓦礫がジャリジャリと音を立てた。鼓動は更に激しさを増す。ゆっくりと、ゆっくりと。九十度、人影と共に突き付けられた銃口が視界に入った。更に九十度、目の前に戦闘服を着た若い女戦士が拳銃を真っ直ぐこちらに構えて立っていた。
 街灯もない真っ暗闇、月の明かりだけが唯一の頼りだ。(ここは何処だ?)石和は右に左に目を動かして、なんとか場所を把握しようと努力した。
 
 教室で目の前が一瞬暗くなった時は、まだ昼前のだった。曇って弱々しかったとはいえ光は差し込んでいて、こんなに暗闇ではなかった。空にはいくつかの星も煌めいている。さっきまでの様子とはまるで違っている空間と、そこに現れた女戦士という状況の解釈が進まず、石和の頭は激しく混乱していた。
 
 「誰? 何故ここにいる?」
 暗闇の中でも鋭く光る眼光に射竦められた状況で返す言葉が出てこない。完全にパニック状態ではあったが、状況を理解しようと頭の中はグルグルと回転していた。
(早良君の悪戯か? 迷彩服を着させるだけでは飽き足らず、こんな手の込んだ悪戯で自分の世界に俺を引き込もうとしているのか?)
まず頭を過ったのは、早良の悪戯だった。
(いや待て待て、早良君だけでこんな手の込んだ悪戯を準備できるか? 悪戯だとすると、この女戦士は役者か? となると美和も一枚噛んでいる? どこかでテレビカメラが回っていて俺の反応を映しているのか? ドッキリ番組? 何のために・・・・・・)
 色々な想像が頭の中を駆け巡る。
 
 「口がきけないの?」
 女戦士が銃を構え直した。
 「あっ、怪しい者ではありません」
 声を絞り出した。みっともない声だった。テレビのドッキリ番組だとすると、どこかで撮影されている訳だし、男として取り乱した姿は撮られたくない。度胸の据わったところを見せたいが、どうにも声や身体をコントロールできない。
 悪戯であることを暴いて、何とかこのふざけた状況から脱しなければと、勇気を振り絞って声を出した。
 「ドッキリですか? 私なんかをはめても、面白い画は撮れないと思いま・・・・・・」
 「あんた、死にたいの?」
 より一層低くなった声が、石和の軽口を遮った。
 「ひぃ」
 また、情けない声が出た。
 
 「わ、私はこの軍艦島で生まれて、その後、東京で長年暮らしていた者ですが、縁が合って今日ここに戻ってきました。友達も一緒でしたが、はぐれてしまって・・・・・・」
 ここが何処なのかも把握できていなかったが、まずはまだ島に居ることを確認しようと考えての回答だった。
 「ここで生まれた? 他にも仲間がいるのか?」
(否定はなかったから、まだ軍艦島にいることは間違いないようだ)
 「はい。でもみんな急に姿が見えなくなってしまって・・・・・・」
 「ここで生まれたと言ったね、それは本当のこと?」
 「はい。もう五十年も前のことですが・・・・・・」
 「まぁいい、詳しいことはアジトに戻ってから聞かせてもらう。あんたの仲間も直ぐに見つかることだろうから、じっくり確認させてもらうよ」
女が銃の先を振って先に歩くように促した。
 手を頭の後ろに組んだまま促された方向に向かってゆっくりと歩きだした。また足元の瓦礫がジャリジャリと音を立てた。後ろに位置を取った女の銃口は、背中に突き付けられたままだ。
 
 何とか場所を把握しようと、石和は歩きながら目を動かしていた。今いるのは少し開けた空き地のような所だ。右手には背が低く横長の建物があり、正面に大きな建物が見えるが見当がつかない。
(ここは何処だ)
 女戦士に促されながら歩を進めると、月明りに照らされて見覚えのある建物が左手に見えた。
(校舎だ。岸壁も見える。やはり、まだ島にいることは間違いない。とすると、位置的に考えると、さっきいた開けた場所はテニスコートで右手に見えたのは病院だ。そして今、正面に見えているのは六十五号の北棟だ。間違いない)
 石和が離島する前に住んでいたのが同じ六十五号棟の南棟で、もう一つの東棟と合わせて三つの建物がコの字型に並んだ軍艦島最大のアパートだ。東棟の屋上には幼稚園があったこと、コの字に囲まれた建物の内側に公園があったこと、学校の裏門には小道ひとつ跨いで飛び込めたので雨が降っても傘がいらなかったこと、背中に銃を突き付けられ余裕のない状況ではあったが、昔のことを思い出さずにはいられなかった。

 「パン、パン、パン」
 乾いた音が響いたのは、暫く歩いてからのことだった。テレビドラマで聞いたことがあるので、それが銃声だということは直ぐに理解できた。
 「奴らだ、伏せて」
 女の声が轟き、後ろから伸ばした腕で頭を無理やり地面に押し付けられた。
 「何、何、何」
 また、情けない声が口から転げ出た。
 「奴らよ。死にたくなければ頭を下げて、私の指示に従って」
 「奴らって何さ。何なのさ」
 
 「パン、パパン」
 銃声はさっきよりも近づいている。
 「話は後、走るよ、着いて来て。逃げようなんて思わないことね」
 言い終わるや否や女が駆け出した。遅れて石和もその後に続く。
 「バン、バン、ババン」
 銃声は確実に近付いている。
 
 「急げ、もっと頭を低くして走れ」
 何が何だか分からないが死にたくはない。見失いそうになる女の背中を追いかけ必死に走った。瓦礫の山を飛び越え、階段を駆け上り、塀をよじ登り、隣の建物に飛び移り、どこにこんな力があったのか自分でも驚くほど頑張ったが、限界はあっという間に訪れた。日頃運動もしない鈍った身体は悲鳴を上げ、最早呼吸もおぼつかない。足がもつれ、派手に転んでしまった。
 
 「痛っ、何でこんな目に合わなきゃならないんだ。くそっ」
 地面でしこたま打った腹を両手で押さえて仰向けに寝転んだ。呼吸は乱れ、心臓は激しく鼓動を繰り返していた。
 「くそ、これが悪戯だったら許さないぞ・・・・・・」
何が何だか分からない状況を一人呪った。こんなところを襲われたら一巻の終わりだ。だが、もう動く元気がない。
 「く、くそっ」

 「大丈夫?」
 仰向けの顔を上から覗き込むように、さっきの女戦士が立っていた。
 「撃たれたのか?」
 両手で覆った腹部を見て、心配そうに問いかけた。
 「いや、転んで腹を打っただけだ」
 そう言って両手を外して見せた。出血もしていない。
 「転んだだけか・・・・・・」
 女の口元が少し緩んだように見えた。
 「笑ったな」
 「いや」
 「中年オヤジが・・・・・・って思っただろ」
 「いや(そうでしょ)」
 「まぁ、いいや。運動不足は認めるよ」
 年のせいじゃないと強がってみせたが、もう動けないのは事実だった。
 
 女戦士に肩を借りながら少し離れた物陰に移動して、また地面に仰向けになった。息は荒いままだ。女戦士はコンクリートの塊に腰を下ろした。
 しばしの沈黙の中、呼吸を整えながら石和は考えていた。
(銃声を聞いて最初に飛び込んだ建物は六十五号棟の北棟だ。棟内の通路を走り途中の部屋から外に飛び出した先は、コの字型をした六十五号棟の内側にあった公園だ。そこからは島のメインストリートを走って、突き当たった十六号棟に添うように伸びた階段を登った。『地獄段』だ。あの急こう配の階段を最後まで登っていたら、それこそ息絶えていたかも知れなかったが、途中で右に折れ十六号から連なった二十号棟までの五つのアパートを通り抜け、メインストリートに戻ってから映画館を通り過ぎた。今いるのは俺や妹が生まれた三十一号棟アパートだ。この先には日本最古と言われる鉄筋コンクリート造の七階建てアパートがある。兄貴はそこで生まれたって言っていたな・・・・・・)
 
(六十五号棟の北棟、最初に飛び込んだところには米屋があったが、米を運ぶためのトラックの排気ガスの匂いを嗅ぐのがなぜか好きだったな。島には車などなかったから自分には変に新鮮な匂いだった。それから、南棟を過ぎたところに木造の古めかしい市場があった。魚などを売っていたが、ある日、通路を歩いていて口に飛び込んできた蠅を飲んでしまったようだと、大泣きして母親を困らせたことがあった。地獄段から入り、一気に通り抜けた十六号棟、十七号棟、十八号棟には屋上庭園があって子供達の遊び場になっていたが、秋になると大量のとんぼが上空を覆うくらい飛んでいた。網を一振りすると、子供でも五匹や十匹が取れたくらいだった。昆虫などあまり多くなかった島に、なぜとんぼが大量に発生していたのか不思議だった)
 建物や情景を目にすることで、記憶の片隅に追いやっていたことも色々と蘇っていた。銃声も聞こえなくなり、少し気持ちも落ち着いてきたようだ。
 
 二人がいる三十一号棟の少し先にはプールがある。学校と最も離れた位置にあり、ほとんど島の端から端までを移動したことになる。長い距離を走った気にはなっているが所詮は周囲が一キロメートル程の島だ、直線距離にすれば大したことはない。
 
 「ここまでくれば大丈夫よ。敵も追ってはこない」
 良くは分からないが、安全地帯に逃げおおせたようだった。
 女戦士が黙って手を差し伸べ、それを頼りに上半身を起こした。
 「その服」
 「んっ?」
 「何で、その服を着ている?」
 上陸前に早良からプレゼントされた迷彩服の事を言っているようだ。
 「友達からもらった。お揃いなんだ、すごいだろ」
 ちょっと自虐的な説明だ。
 「友達も着ているのか、じゃあ、友達も我々の側からはいきなり撃たれることは無いね」
 
 「その胸と背中に付いたマークは、我が同盟のシンボルマークだ。それを確認したから、私もお前を撃たなかった」
(これが・・・・・・どういうことだ?)
 石和は左胸のマークを右手で掴み顔の前に引き寄せた。
(どうなっているんだ? 早良君、君に助けられたのか? はめられているのか?)
 やはりまだ状況が掴めない。
 
 「勿論、味方を装った敵の可能性もあるから、まだ信用はできないけどね。あんた、名前は?」
 「いさわ。君は?」
 「私は、ユキ」
 「ユキか、この軍艦島にはピッタリの名前だ」
 「何で?」
 「あれ、知らない? 戦艦にユキの組合せ。世代が違うかな?」
 「知らない」
 「あっそう。まぁいいや。で、追ってきた敵っていうのは・・・・・・」
 状況確認をしようとしたが、言葉を遮られた。
 「あんた、ここで生まれたと言ったよね? 五十年前に」
 ユキが質問した。
 「ああ」
 「そう、じゃ、『見切り組』だね」
 「見切り?」
 「この戦いが始まって十五年。島民の生活に奴らが深く進攻し始めたのは四十五年前に遡ると聞いているから、あんたの親はあんたが子供のころに島を後にしたってことだね」
 「八歳の時に島を離れたから・・・・・・でも、奴らの進攻とかが原因では・・・・・・」
 「ガキの頃だから、分かっていなかったんだね」
 噛み合っている様な、いない様な会話が続く。
 
 「私は今十九歳、この島で生まれて物心ついたころには戦いは始まっていた。戦いの先頭に立っていた父親の影響で今はそのど真ん中さ」
 ユキが少し寂しい目で呟いた。
 「この島で生まれたのか、なら、あんたのこと少し信用してやるよ。嘘じゃ無ければね」
 「そりゃ、どうも」
 肩をすくめながら返事した。

 「追ってきた敵っていうのは何者だ?」
 改めて質問を投げかけた。
 「滅茶苦茶な銃撃だったから飛行型だね。走行型ドローンが停止状態から狙ったら的は外さない。威嚇射撃だったとしてももっと効果的に撃ってくるよ」
 「ドローン? あの空を飛ぶ奴?」
 「飛ぶ奴だけじゃないよ。走行型もあれば、水中を進むタイプだっている」
 「君は、いや君たちは、ドローンと戦っているのか?」
 「何も知らないの? この島で起きている事を。あんた、やはり怪しいね」
 「いや、ごめん・・・・・・なんて言うか・・・・・・勉強不足、まだ状況が呑み込めていなくてさ」
 「ふん、東京だって似たようなことが起きているって聞いているし、知らないなんて信じられないけど、まあいいや」
 そう言って、ユキは島の現状を話し始めた。
 
 「きっかけはこれさ・・・・・・」
 ユキはそう言って、足元に会った小さな黒い石を拾い上げた。
 「それは?」
 「石炭」
 「石炭? 石炭なんかが争いごとのきっかけなの? エネルギー資源だったら、石油があるだろうし、天然ガスだって、それに水素だってエネルギーとして注目されている。何で今更石炭なんかが・・・・・・」
 「石油? 石油なんて、もう三十年も前に枯渇してしまっているよ」
「なんだって!」
 心臓がドクドクと音を立てて高鳴り、大量の血液が血管を駆け巡り始める。身体は硬直し、嫌な緊張感が襲ってきた。石油は最短の見立てでも後五十年はもつと言われている。(こ、ここは、自分の生きている時代とは違う)石和の頭の中に嫌な想像が浮かび、噛み合わせた奥歯にグッと力が入る。さっきからおかしなことばかり続いているのもそのせいに違いない。
 「し、しかし、石油が枯渇したからって、なんで石炭なんだ? 環境問題もあるし、エネルギー資源としては逆戻りじゃないか。期待された水素はエネルギーの主役じゃないのか?」
 「ふうっ、本当になにも知らないんだね。あんた、別の世界からタイムスリップしてきたんじゃないの?」
 「・・・・・・」
 分からない、でもそう簡単に「はい」とは答えられない。それでは漫画の世界だ。
 「エネルギーの主役は水素さ。車も飛行機も、家電製品だって水素で動いている。そしてドローンもね」
 石和が生きている時代、水素社会の実現はまだ入り口の段階だが、クリーンエネルギーとしての活用が進んだことを、当たり前の如く、さらりと言ってのけた。
 「じゃあ、なぜ石炭が?」
 「水素を得るためさ」
 
 水素を原料として利用するために、現在も様々な製造方法が試行されている。無尽蔵にある海水を電気分解することで水素を得ることも実験的には成功しているそうだが、コスト高でまだ実用的ではない。だが、石炭をガス化し加熱することで水素を製造する方法は、それ程大きなコストはかからず最も現実的な方法となっている。残念ながら、その製図工程で地球温暖化の原因物質のひとつである二酸化炭素が排出されるが、それは地中深くに埋めたり、再利用する方法が取られている。
 
 「水素を得るための石炭は、なにも上質なものでなくても良くてね。この島は、まだそんな石炭が沢山採れるから」
 軍艦島は良質な石炭が採れることで繁栄を極めた島だ。閉山となる晩年はやや質が低下していたそうだが、エネルギー資源が石油に代わるまでは、海の底、地中深くの石炭を採掘していた。
 
 「大昔、石炭がエネルギーの主役だった時代、この島は良質な石炭が採れるという事で、人々が集まり、ものすごく栄えた時代があったそうだ。それこそ国の経済を支えた時代もあったそうだが、石油に主役の座を奪われてから島は放棄され、人々は島を離れてしまった」
(お、俺は、その時代の・・・・・・)
 言葉が出かかったが、グッと我慢した。
 
 「石油、火力、原子力、自然エネルギー、長く続いた時代を経て、今は水素が主役だ。問題はその水素をどうやって製造するかだが、石炭から取り出す方法が確立されて改めてこの島の、いや国中の石炭採掘が活気を取り戻した」
 企業が改めて島に乗り込んだそれからは、軍艦島が歩んだ大昔の歴史と同様に人がどんどん膨れ上がり、新たな建物が徐々に増え、狭い土地の中で上へ上へと延びて行ったのだった。
 
 「周囲を岸壁に囲まれたこの小さな島が、凡そ百年ぶりに復活したんだ」
 「ひゃっ、百年?」
 「しっ、馬鹿、でっかい声を出すな」
 「ごっ、ごめん。あのさ、今は西暦何年だったっけ?」
 「二〇七四年」
 「んぐっ」
 声を押し殺した最大の驚き声が石和の口から零れでた。
何をいちいち驚いているのかユキにはさっぱり分からなかった。「でっかい声を出すな」の命令には従ったのだから文句は言えないが、両方の手のひらを上に向けて肩をすくめる仕草で「やってられないね」という態度を示した。そして話を続けた。

 「石炭の採掘は急ピッチで進められたが問題が発生した。大昔の採掘の時よりも地中深く、広く掘り進まなければならなかったから、大きな危険が伴っていたんだ・・・・・・」
 「だから」
 「そう、ドローンの出番さ」
 危険な仕事に人命をさらす訳にはいかない。そういって島を管理していた企業が石炭採掘に必要なあらゆるタイプのドローンを開発し、次々と現場に投入し始めたのはある意味必然でもあった。採掘、運搬、地中深くで行われる作業が徐々にドローン達に取って代わられていった。人間達も最初は危険な作業から解放されることを喜んでいたが、ドローンの役割が増すにつれて賃金と自分たちの居場所を奪われる現実に危機感を感じ始めた・・・・・・。
効率面、コスト面で、ドローンの導入が猛スピードで加速していったある時、人間側の不満が爆発した。
 
 「こいつらのせいで、俺たちの食い扶持が奪われることになっちまった。なあ、みんなそうだろう?」
 運動広場の一画で三人の若者が大声を上げている。まだ日は高いが、どうやら酔っている様だった。足元には二機のドローンが泥まみれになって転がっている。飛行タイプと走行タイプだ。ダメージを受けているのだろう、ギシギシと音を立てて動いてはいるがその場から離れることは出来ない様だ。周りには沢山の人が二重、三重に輪を作って、三人と二機を取り囲んでいる。
 「こいつらが居なかったら、俺たちはまた仕事にありつけるって訳だ!」
 鉄の棒を片手に、三人は観衆をあおっている。
 「やれ~、やっちまえ~」
 誰かが叫んだ。
 「止めろ、会社にしれたら大変なことになるぞ」
 そんな声も上がったが、群衆の興奮は頂点に達していた。
 「ガンッ」
 リーダー格が振るった鉄棒の一撃が足元のドローンに叩きつけられた。それを見て残りの二人も鉄棒を別のドローンに打ち付けた。
 「ガンガン、ゴン」
 「うおぉ~」
 「やれ~、やっちまえ~」
 群衆の声に押され、三人は鉄棒を幾度となくドローンに打ち付ける。輪の中央に飛び込んできて、ドローンに蹴りを食らわす輩も出てきてその場は正に狂気に満ち溢れた空間となっていた。
 
 頑強に製造されているドローンだが、ギシギシと音を立てながら動いていたのは僅かな時間だった。飛行タイプはプロペラが折れ曲がり、蜘蛛型の走行タイプの足は百八十度逆方向に曲がった後にボディーから消し飛んだ。目となるカメラレンズの奥の赤いランプがゆっくりと消え、凸凹になったボディーに流れる電気が寸断されるに至り完全に動きを止めた。
 「くそっ、手間を掛けさせやがって・・・・・・」
 三人は手を止め鉄棒を地面に投げ捨てた。
周りで囃し立てていた者も声を上げることを止め、事の成り行きを見とどけてから徐々に輪から離れて行った。日頃のうっぷんを晴らしたかった。ただそれだけだった。
 
 「一機や二機のドローンを壊したくらいで何も状況は変わらない。会社からお咎めは覚悟しなければいけないが大したことではない。三人も、取り囲んでいた群衆も、少しの罪悪感を胸に抱えてはいただろうがその程度のこととしか思っていなかった」
 「ドローンが反撃してきた? まさか・・・・・・」
 話を聞いていた石和が口を挟んだ。
 「そう、ドローンが反撃してきた。そして戦いが始まった」
 
 戦いは熾烈を極めた。ドローンは完全に人間を敵と見なし、圧倒的な数と火器、爆薬を使って島から人間を排除すべく徹底的に攻撃を仕掛けてきた。武器を手に入れるのもあっという間のことだった。コンピュータネットワークを通じ、人間を排除するために有効な手段を即座に把握することなど機械にとっては造作ないことだった。本土のドローン製造工場のコンピュータと通信して火器を搭載したドローンを密かに製造し、自動運転の輸送車や船に積載して次々に島に送り込んできた。
 勿論、人間もそれを眺めていたわけではない。輸送手段を寸断し、ドローンの増殖を阻止すべく交戦したが、闇夜、海中に隠れてやってくる奴らを完全には阻止することができず、島は攻撃型ドローンで埋め尽くされていった。島内のあらゆる建物はドローンによって仕掛けられた爆弾で破壊され、人は徐々に追い詰められていった。
 
 「建物があんな風になってしまったのは、奴らの仕業さ」
ドローンの戦いは徹底していた。本土では製造工場や輸送手段だけではなく、エネルギー源となる水素製造工場などありとあらゆるものがコンピュータネットワークとドローンたちに乗っ取られ、小さな島で始まった戦いは、ついに全国規模で機械対人間の戦いに発展していったのだった。
「なんてこった・・・・・・。まるで昔読んだ有名なSF小説のような話だ。そんなことが現実に起こるなんて・・・・・・」
 
 「でも・・・・・・」
 「でも?」
 「ここ数年、状況は少し変化しているんだ」
 「変化?」
 「そう。そもそも、戦いの発端は人間側にあるわけだし、こんな無用な戦いを続けていても意味がないんじゃないかって・・・・・・」
 「確かにね」
 「それで、和平を持ちかけているんだ。戦いが始まったこの島で」
 「なるほど。ドローンたちからすれば、随分と勝手な話にも聞こえるけど、それが人間ってもんだ」
 「私たちは今、その使命で活動しているんだ。」
 
 「勿論、人間全部が同じ考えではない。機械に屈することは許されないと徹底的に戦うべきだと考えている奴もいるし、なかにはドローン側に付いて機械やAI(人工知能)が支配する世界を実現するためだと私達に戦いを挑んでいる馬鹿な奴らもいる。でも、少しずつだが考えは変化しているんだ。機械と人間は助け合い、共存すべきなんだと」
 石和はまた、昔読んだ有名なSF小説のような話だと思った。
 「あんたが着ているその服についているマークは、和平の使命で行動する我が同盟のシンボルさ。なんであんたがつけているのかは分からないけど」
 「これね」
 石和が胸のマークを指さした。
 
 「でも、和平ってたって、どうやってこちらの思いを伝えるんだ?」
 「こちらの思いを伝えるのは難しいよ。相手は機械。もっと言えば、機会を操る人工知能だからね。我々人間の浅はかな考えや奥底にある感情なども深く学習している。色々試行錯誤しながら活動しているけど、とにかく今は無用な応戦を止め、壊れたドローンを修理して戻してあげたりね・・・・・・」
 「変化は? ドローン達に変化はあるの?」
 「まだはっきりとは分からない。会談を行うでもないし、なにせ顔色もわからない」
(笑うとこだよ、おっさん)
(・・・・・・冗談が言えるとは知らなかったよ)
 
 「まぁ、でもね」
 「ん?」
 「奴らの銃弾が当たらなくなった」
 「ん?」
 「命中率の高い地上自走式ドローンの数はめっきり減って、飛行型ドローンが威嚇射撃をするだけのケースが増えてきている。さっき私たちを襲ったのもそのドローンだと思う。ここ数年、戦死者や負傷者の数はぐっと減ってきているんだ」
 「理解しあえる日も近いってこと?」
 「どうだろ、顔色は分からないからね」
(・・・・・・二回目だからな)
 「ふっ(笑っておくか)」
 
 「大変な使命だ。君も危ない目に会ってきたんだろうな」
 「うん。でもさ、私には弾丸は当たらないんだ。とっても運が良いんだ」
 「へぇ~。まるでアニメのヒロインみたいだ(ん? 空想世界のヒロイン・・・・・・まさか)」
 石和の背中を電気が貫き、ぞわぞわと鳥肌が全身を覆っていった。
 
(一瞬暗くなった視界が明るくなったあの時から、目の前で起こること、見ること聞くことおかしなことばかりだ。ドローンとの闘いは、早良君と盛り上がった俺の好きなSF小説に似ているし、水素エネルギーを石炭から採取するなんて話も誰もが知っているような話ばかりで、とても百年経っているとは思えない)
 違和感が次々を頭に浮かんでくる。
(それにこのマークだ)
 早良に渡された迷彩柄のジャケットの左胸についているマークを見つめた。
(百年後の世界、そこで戦う同盟軍のシンボルマークを、たまたま身に着けていたなんて考えられないじゃないか・・・・・・。ドッキリでもない、ここは早良君の想像の世界だ)
 
 疑心暗鬼に駆られながらも結論にたどり着いた石和は、確証を得るためにユキに質問をぶつけた。
 「ユキは、早良って人を知っている?」
 「知っているさ、でも何であんたがその名前を知っているの?」
 「もしかして君の恋人? 波動砲を撃ってたりして」
 「何? 波動砲って。恋人じゃないよ。年は少し上でまだ若いけど私たちの指揮官さ。尊敬しているよ。この島の名前をもじって、みんな艦長って呼んでいるよ」
(そっちかい・・・・・・)
 
 状況が少し掴めてきた。ふざけた世界には間違いない。
(なかなか面白い話だが、しかし早良君、艦長ってのはちょっと遣り過ぎないんじゃないか?)
 
 そしてまた、目の前が真っ暗になった・・・・・・。

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