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【連載小説】「愛のカタチ・サイドストーリー」#8 いつも、君のそばに・・・

前回のお話(#7)はこちら

兄を亡くしたかおり。会いたくないと心を閉ざされ、途方に暮れた純ですが、斗和の言葉に背中を押され、行動を開始します。いよいよラストスパートの第8話です。


かおり


葬儀にも出ず、最初の一週間はずっと車で旅をしていた。けれど、結局空しくなって部屋に戻ってからはこもりきり。気づけばここでも一週間が経つ。

空腹感もなく、時折水を飲む以外には食事もとっていない。このままでは、兄と同じ場所へ行く気がする。兄はまだ病院で死を看取ってくれる人がいたけれど、わたしの場合は孤独のまま、誰にも知られることなく死んでいくことになる。

カーテンを引いた部屋。昼も夜も分からなくなったワンルームのベッドで横になっていると、突然、窓の外から猫の鳴き声が聞こえてきた。ここへ入ろうとしているのか、窓をひっかくような音もする。一階の部屋だが、今まで一度も野良猫が訪ねてきたことはない。それなのに、いったいどうしたことだろう。

(困った猫ちゃんだわ……。)

気になったので重い腰を上げ、窓辺に寄って引き開ける。

「あら? トルテなの?」

冷たい夜風とともに入ってきたのは間違いない、トルテだった。なぜ、ここにトルテが……?

「まさか」
 
 はっとして、外を見る。そこには純さんが、今、一番会いたくなかった彼がそこに立っていた。

わたしは慌てて窓を閉めようとした。が、その瞬間に彼はベランダを乗り越えて窓をこじ開けた。そして靴のまま部屋に入ってきた。

「許可もなく、ベランダから入るなんて……! いったいどういうつもりなの?!」
 思わず声を荒げるが、彼は淡々と答える。

「玄関から訪ねても会ってくれないから、こうするしかなかった」

「私は会いたくないのよ、こんなことをされても困るわ。帰って!」

「帰らない」

「帰ってよ……!」

「嫌だ」

「どうして……。どうしてここまでしてわたしに会おうとするのよ……?」
 かろうじて声を絞り出して反論するものの、食事を取っていないから彼を追い出す力も出ないし、頭も働かない。

「どうしてって、決まってるでしょ。かおりさんの役に立ちたいからだよ」
 彼は静かに言った。

「頼んでもいないのに、勝手なことを言わないで! わたしを一人にしておいて!」

「そんなことをしたら、かおりさんは死んじゃう。お兄さんの後を追うような真似はさせない」

「…………」

「今度はおれが聞く。どうしてまた一人に戻ろうと……孤独を選ぼうとするの? おれが頼りないから……? そばにいて欲しいのはおれじゃないから……?」

「違う、違う、違う!」
 自分でも訳が分からずに、ただただ否定する。

「頼りなくない。あなた以外の人に一緒にいて欲しいなんて思わない。ただ、一人の時間が必要なだけ。それだけなのよ、分かってちょうだい!」

「一人になって、冷静になれてるようには見えないよ」

「うっ……」

「一人では解決できない問題もある。かおりさん自身がよく知ってるじゃないか」

「…………」

「おれがそばにいる。一緒に悩む。話を聞く。辛いことは、おれが半分背負う」

「…………」

「遠慮しなくていいんだ。こういう時こそ、おれを頼って……」

「そんなことをしたら、わたしはずっと弱い人間になってしまう……! あなたなしでは生きられなくなってしまう……!」

「ようやく、本音が出たね」
 彼はほっとしたようにいい、一歩こちらへ近づいた。

「いいんだよ、おれに頼って。おれなしでは生きられないっていうなら、そうすればいい」

「だけど、あなたの心は高野君に向いている。わたしのそばにいてくれるのは有り難いけれど、それではあなたが我慢することに……」

「おれだって変わってくよ。斗和君とは、友だちだ。この先もずっと。だから心配しなくていい」

「えっ?」

「斗和君に言われたんだ。自分には友だちとしての付き合いしか出来ない。おれを幸せにすることが出来るのは、斗和君じゃなくて別の人だって。

そう言われて、はっきり分かったんだ。恋愛感情を斗和君に求めるのは違うなって。斗和君のことは確かに好きだけど、違うんだ。彼に愛されたいと思っていたけどそうじゃない。

おれが欲しかったのは斗和君からの愛情じゃなくて、優しさや慈しみや安らぎそのものだったんだ。そしてかおりさんからはそれらを受け取ることが出来る。だからおれも、かおりさんとは一緒にいたい」

彼の揺るぎない信念を見せつけられた気がした。それはドスンとわたしの胸の奥深くまで突き刺さって抜けそうもない。これ以上の抵抗は出来ない。わたしはついに負けを認めた。

「どんなに強がってみても、一人のわたしは無力で弱い。一人きりでは生きられない……。分かっているの。分かっているから悔しいし、認めたくない……。ましてやあなたには知られたくなかった。だから会いたくなかったの……」

「おれは知りたいよ。おれにすべてを委ねることでしか生きられないというのなら。かおりさんの弱い部分も、情けない部分も全部、知りたい。だって、それを含めてのかおりさんだもん」

「純さん……わたし……」

「おいで」

純さんが広げた腕の中に、わたしは自然と飛び込んだ。純さんはそっと抱きしめてくれた。その瞬間に、うんと子どもの頃、兄にもこうして抱きしめられた記憶が蘇る。それに気づいたかのように彼が言う。

「本当はお兄さんに甘えたかったんだよね。おれは兄ちゃんだから、甘えられるのは歓迎だ。実のお兄さんに出来なかったことは、今、おれにすればいい。胸を貸すことくらいはできるから」

泣くまいと思っていたのに、どんどん涙が溢れ出てきて止まらない。わたしは声を上げて泣いた。恥ずかしいくらいに顔をぐしゃぐしゃにして。でも、純さんの腕にいだかれているうち、次第に落ち着きを取り戻していく。

すっかり涙が涸れたとき、わたしの中からはあらゆる付き物が落ちていた。心も体も軽くなっているのが分かった。

純さんに対する想いを言葉で伝えることは出来ないと悟る。それでもどうにか伝えたくて、わたしは涙で濡れたままの手を彼の背に回し、ぬいぐるみを抱くようにぎゅっと腕に力を込めた。

彼の体温がわたしに伝わり、わたしの体温が彼に伝わる。わたしは確かにここにいて、生きている。生きていていいんだという思いが再び湧いてくる。

今、はっきりと分かったことがある。本当のわたしを探し求めて見つけたのは、わたし自身ではなく、わたしを支えてくれる人。「争わず、ここで羽を休めていいんだよ」と、言ってくれる人。

わたしは今、純さんという男性の肉体を持った、一人の人間の心に惹かれ、導かれ、生かされている。そしてわたしが触れたかったのはその「心」だったのだと知る。どんなに肌を触れあわせても決して触ることの出来ない、目には見えない純さんの本質を感じたかったのだ。

「わたしはずっと忘れない。たとえこの関係が変わっても、純さんが投げかけてくれた言葉、温もり、心臓の音、匂いもすべて覚えておく。わたしだけの純さんを覚えておく」

「おれも、今日という日を忘れないよ。おれがおれを取り戻せたような、橋本純としての第一歩が踏み出せたような気がするから」

「あなたと出会えて良かった。今日、ここへ来てくれなかったら、わたしはきっと死んでいた。わたしはあなたに救われたの」

「確かにおれはここへ来た。でもきっと、かおりさんを救い出したのはお兄さんじゃないかな。何だかここにいるような気がするんだ」

「透が……ここに……? 見えるの……?」

「ううん。そんな気がするだけ」

「あなたはやっぱり不思議な人ね」

見やった純さんの顔が一瞬、透に見えてはっとする。透の方からわたしに会いに来たような気がして思わず周囲を見回す。

ショックのあまり、葬儀には出なかった。これきりお別れだなんて信じたくなかったからだ。けれど、透は寂しかったのだろう。見送ってくれないなんて酷いじゃないかと、喧嘩をふっかけに来たに違いない。

「ねえ、純さん。兄のお墓に一緒に来てくれない? 実はわたし、最期のお別れをしていないの。葬儀で手向けられなかった花くらい、供えてあげようかなって」

「うん、いいよ。お兄さんとの昔話も聞きたいな」

「そうね。兄との思い出はいろいろあるの。楽しかった思い出もたくさん」

そうだ、と返事をするかのように、部屋の照明が明滅する。しばらくここにいるつもりなら、兄の好きだった蜂蜜入りのホットミルクを入れてあげよう。

純さんに買い物を頼み、わたしは三人分のホットミルクを入れた。冷え切った身体だけでなく、心までもがほっこり温まる。こんな、ありふれた日常こそが人生であり、幸せなことなのだと痛感する。

「透。今度生まれ変わったら、また兄妹になろうね。……って、聞こえたかな」
 いるかどうかも分からない兄に向かって言うと、純さんが、

「ちゃんと伝わってるよ、きっと。かおりさんの祈りは伝わる。信じていればきっと」
 と力強く答えてくれた。この迷いなき言葉にわたしは何度も勇気づけられる。

「そうね。今度はちゃんと届きますように……」
 
 わたしは目をつぶり、手を合わせた。心の底から「また会いたい」と願ったとき、脳裏に兄の顔が浮かんだ。その顔は今までに見たことがないくらいに笑っていた。


続きはこちら(#9)から読めます


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