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【連載小説】#7「クロス×クロス ―cross × clothes―」 対決

前回のお話(#6)はこちら

前回のお話・・・
塁の服を着て男装を楽しんでいるミーナだったが、ついに継母に知られてしまう。相変わらず差別的な発言をする継母を前に、ミーナはついに思いの丈をぶつけ、積年の恨みを晴らす。その直後、ミーナは里桜と会う。里桜は、兄が自分のせいでいじめに遭っていることを知らなかった。

#6、#7(このお話)と連続投稿しています(*^O^*)ぜひ、セットで読んでみてください!

あれから数日が経ったというのに、まだ横っ面がじんじんする。かおりさんが急に車を方向転換させたから、その勢いでミーナの方に身体が傾いて、たまたまお手つきした場所が制服のスカートから伸びた太ももだったってだけ。なのに、オレが好き好んでそこに手をやったみたいに言いやがる。あんなふうに攻撃的な女では、どんな男も逃げ出すに違いない。まあ、オレは慣れてるから愚痴を言うくらいで済むけど。

その道中、話題の提供がてら、女装で大暴れして欲しいと頼まれた話を面白おかしくしてやった。ミーナは笑うどころか、真面目な表情で聞いていた。半年前、兄ちゃんを馬鹿にした女とは思えない反応だった。

ミーナは確実に変わった。なのに、オレは廉から助けを求められたのにすぐ返事をするでもなく、あろうことかヘラヘラと笑いながら元カノに話してしまった……。

(こんなことでいいのか、オレ……。)

このままじゃいけない。だけど、変わりたくない。二つの思いが衝突している。そしてまた、一歩も動けずにいる。

変わりゆくミーナにおいて行かれるのが怖かった。そして悔しかった。どうしようもなくなったオレは、一旦気持ちを落ち着かせようと、ミカさんのバーを訪れることにした。こういう時は、何でも聞いてくれるオカマに話すに限る。これは兄ちゃんが教えてくれたことだ。

オレはバーの開店と同時に店に飛び込んだ。当然ながら、客は一人もいなかった。

「あら、どうしたの? こんな時間に。ジュンジュンとかおりは来てないわよ?」

「いや、今日はそのぉ、客としてきたんだ。酒は飲めないけど、いいっすよね? 知らない仲じゃないし」

「へえ、もしかしてアタシに相談事? 何でも聞くわよぉ?」
 ミカさんはカウンターに腰掛けたオレをじっと見つめた。

「それで? 何に悩んでるの?」
 自分から飛び込んできたというのに、オレはすぐに話し出すことが出来なかった。それでも、ミカさんは待ってくれた。出された水がすっかりぬるくなるまで。

ミカさんが新しい水に交換してくれたタイミングで、ようやく話そうという気持ちになる。

オレは、自分が女装を始めた理由が、単に目立ちたかっただけに過ぎないこと、友だちが助けを求めているというのに、助太刀するのを心のどこかでためらっていることなどを思いつくままに語った。

「なるほどねえ。やっぱり塁はミーハーだねえ」

「…………」

「そう言えばさ、塁は何で野球を続けてきたわけ?」
 ミカさんはいつものように、唐突に話を振ってきた。考えたこともなかったオレは頭を悩ませてしまう。

「……何でかな。それなりに好きだったから、とは思うけど」

「でも本気にはなれなかった?」

「うん……」

「実はアタシも野球、やってたのよ?」

「えっ、うそっ?!」

「嘘じゃないわよ。しかも野球の名門校でね。見てよ、これ」
 そう言って、ドレスからむき出しの腕で力こぶを作った。

「でも、その頃からそっち系だったんですよね? 何で野球なんか」

「周りに合わせて男であろうと努力してたのよ、その時は。ジュンジュンもそうだって聞いたけど、あの子は途中で気づいて方向転換したみたいね。それが正解だわ」

「…………」

「塁は本気になれること、一つでもある?」

「…………」

「もし本気で自分を変えたいと思うなら、女装でも何でも、一度本気でやってごらんなさい。そうすれば、その先に見える世界も変わるはずよ」

「…………」

「ジュンジュンに憧れてるんでしょう? あんなふうに自分をさらけ出せるお兄さんに近づきたいって思ってるんでしょう? 野球を始めた理由だってきっとそうなんでしょう?」

「うん」
 ようやく一つ、返事をする。ミカさんがうなずく。

「だったら、ただ目立ちたくて女装をするんじゃなくて、極めてごらんなさい。塁はモデル体型だし、メイク次第ではずっと美しくなれる。それだけはアタシが保証するわ」

「本当?」

「オカマは嘘はつかないわよ」

オレは中途半端な自分が嫌いだった。人のアドバイスだって批難に聞こえてみんな拒んできた。だから成長できないんだって分かってるのに、何もしない自分にますます嫌気がさす。その繰り返し。

だけど、いよいよそれじゃあダメなんだと思い始めてる。変わるための一歩。たった一歩を踏み出す勇気を持っていないオレはどうしたら……?

「ミーナの力を借りなさい」
 オレの心を見透かしたようにミカさんが言った。

「ミーナの力?」

「あの子は人を引っ張る力がある。確か、ソフトボール部の部長もしていたんでしょう? まだ迷いがあって進めないなら、あの子に引っ張ってもらうといいわ。恋人なんでしょう?」

「オレたちはとっくに別れてるよ」

「なあんだ、もったいないわね。お似合いだと思うけど?」

「…………」

「あのね。アタシは塁に、男ならやりなさいとは言わない。その代わり、人として前に進みたいならやれることをやりなさいと言うわ」

「……人として。……そうだよな」

いつだったか、かおりさんが言っていた言葉を思い出す。男だから行動的とは限らない。性別でそれを語るべきではない、と。

そう。これはオレ自身の問題。男とか女とか、もっと言えば服装なんて全く関係ない。オレは、廉が困っているのを知っている。助けてやりたいとも思ってる。その気持ちさえあれば十分じゃないのか。

「何をそんなに悩んでたんだろうな、オレは」

結局、自分のことしか考えてなかったことに気づく。ただ目立って、注目されればいいと、それしか頭になかった。だから、いつまで経っても進めないのだ。

「ミカさん、ありがとう。オレ、やるわ。ダチのこと、助けに行くよ」

「そう。うまくいくことを祈っているわ」
 ミカさんは微笑み、とびきりの投げキッスをした。ちっともきれいじゃなかったけど、なぜかそれがオレの背中を押してくれるような気がした。

☆☆☆

「これで大丈夫……と。鏡で見てごらん」

ミーナに手鏡を渡され、自分の顔と対面する。自分で適当にしてたときとはまるで違って、美しく整った顔立ちにメイクアップされている。こんな格好でどちらかの家に上がり込むわけにもいかないので、仕方なくいつもの公園のベンチに座っての化粧だ。

オレはこのあと、廉から金を無心する連中の元に殴り込む。その前にミーナの力を借りて、オレ史上最高の女装をしようというわけだ。

ミーナの顔を正面に見ながら繕ってもらった女顔。もしかしたら、彼女の美しさの一部を分け与えてもらったのかもしれない。自分じゃないみたいだけど、嫌いだった自分に少しだけ自信がつく。

「うん、これなら……」

「でも、いいの? きれいにメイクしちゃって。いじめっ子が寄りつかないように化け物じみたメイクにするって手も……」

「試したいんだ、オレがどれだけ女に見えるか。廉にだって、いい女だと言わせるんだ、今日は」

「へえ、やる気満々ね。ようやく本気になったってわけ?」

「ミーナにばっか、いいとこ持ってかれたくねえし」

「ふーん。それじゃ、お手並み拝見ね。頼んだわよ、塁」
 そう言った顔は真剣そのものだった。重要な役を任されたのだと分かる。身が引き締まる思いがした。

☆☆☆

廉に指定されたのはK高近くの河原。夜の河原に人気ひとけはなく、外灯といえばK高の校庭を照らす照明だけ。ここで怪しげな集会が行われていたとしても気づかれることはなさそうだ。それを目論んでの、この場所なのだろう。

「それにしても、飯村に彼女がいるなんて知らなかったなあ。しかも、おれたちに会わせてくれるとはね。もっとよく顔を見せてくれよ」

ニキビ面の男が帽子の下の顔を覗こうと近寄ってくる。しかしオレは夜にもかかわらず、ミーナが貸してくれた例の麦わら帽を目深にかぶっている。男に帽子を取られないよう、ツバを押さえてさりげなくかわす。男はちっ、と舌打ちをした。

廉からは、今日も金を要求されていると聞いていたが、オレが行くと話したことで、対象が金から女に変わったようだ。連中は金のかの字も言ってこない。しかし、廉をいたぶろうという気持ちに変わりはなさそうだ。

「ったくよお。勉強できて、野球も出来て、おまけに女もいる? 気に入らねえなあ!」

リーダーらしき男はそういうなり、廉の足を蹴飛ばした。ううっ、と唸った廉はその場で膝を折り、しゃがみ込んだ。心配になってオレもしゃがむ。

「……おい、大丈夫か?」
 小声で尋ねると、廉は小さくうなずいて「演技を続けろ」と言った。

「よく見たら彼女の肌、ずいぶんと日焼けしてるじゃん。テニス部? 陸上部? 廉の彼女なら、ひょっとして野球部?」

「足の肉付き具合からして、陸上部じゃねえか? ちょっとそのスカートから出てる太もも、触らせてくれよ。減るもんじゃねえだろ?」

一人二人と、男たちがしゃがみ込んだオレを取り囲む。こいつら、ただの変態じゃねえか……。男ってのは、女ってだけでこんな目で見るものなのか。自分が男であることも忘れてぞっとする。先日、ミーナが全力で反撃してきた理由が分かった気がした。

「……廉、演技は中止だ。正体、ばらすぞ。もう耐えらんねえ……!」

「分かった、やれ……!」

互いに耳打ちし、了解し合ったところでオレはすっと立ち上がった。男たちがわずかにたじろぐ。オレがおもむろに帽子を脱ぎ去ると、なぜか「おおっ……!」と、どよめきが起きた。

「なかなかきれいな顔してるじゃん。帽子で隠すなんてもったいぶりやがって」

「しかし、おれたちを威嚇してるぜ。ああ、でも、挑発的なその目も悪くないな……」

「こいつ、飯村を守ろうとしているのか……? いい度胸じゃねえか……!」
 男たちが一斉に動き、オレに掴みかかる。その瞬間に叫ぶ。

「……残念だったな、オレは男だっ!」

目の前にいた男にタックルを食らわす。その衝撃でカツラがとれ短髪が顕わになる。その場にいた連中の目が点になったのが分かった。タックルされた男が言う。

「……ほ、ほらみろ! やっぱり飯村はホモだったんだ! こいつ、自分でそれを証明しやがったぜ!」

「違う! オレは廉を助けるために、友だちとしてここにいる。廉もオレも、れっきとした男だし、好きになるのは女だっ!」

「助けに来た、だと? 笑わせるな。お前一人で何が出来る?」

「一人じゃない。俺も戦えるっ!」

しゃがみ込んでいた廉がすっくと立ち上がり、声を上げてリーダー格の男に飛びかかる。それを合図にオレも拳を振り上げ、立ち向かう。

そこから先は、二対四の殴り合い。どのくらいの時間が経ったか分からないが、とにかく無我夢中だった。気づいたときにはオレを除く全員が伸びていた。

「はあ、はあ……。なっさけねえ奴らだ。K高野球部が聞いて呆れるぜ。オレはS高野球部でレギュラーでもなかったけどなあ、負けん気だけは人一倍あるんだよ。

過去の甲子園出場経験に、それもずっと前の先輩たちが成し遂げた偉業にあぐらをかいてんじゃねえよ。知ってんだろ? おまえらの大先輩たちは今、プロ選手として活躍してんだぜ?

あんなふうになりたいと思ったからK高野球部に入ったんじゃねえの? だったらどうしてそれ相応の努力をしなかった? 自分の怠慢を棚に上げて、仲間をいじめて憂さ晴らししてんじゃねえよ!」

一気に言い放った。もちろん、これには自戒の意味も込められている。

オレ自身、兄ちゃんの真似をしていろいろやるくせに、みんな途中で投げ出しては「オレはどうせ……」と言い訳し、逃げ道を作りながら生きてきた。

でも今、こいつらを殴り飛ばしてやっと分かった。オレもこいつらと同じだったんだって。だから、オレはこいつらを殴ることでオレ自身も殴り飛ばした。いい加減、目を醒ませって思いながら。

「……くそっ、今日のところは見逃してやる。おい、行くぞっ……!」

リーダー格の男が言うと、倒れていた残りの三人はよろよろと立ち上がり、オレたちの前から姿を消した。

姿が完全に見えなくなったとき、気が抜けたのか足の踏ん張りが効かなくなってその場にへたり込んでしまった。隣に座っていた廉がこちらを見て微笑む。拳を突き出すと、廉がそこにグータッチをした。

「ありがとう。助かったよ。お前が暴れる姿、スッゲーしびれた。まだ、興奮が冷めないよ」

「あれだけコテンパンにやっつけときゃあ、しばらくは大人しくしてるだろ」
 オレは笑ったが、廉の方はどういうわけか、オレの服をチラチラと見ている。

「……破れちまったな。借り物なんだろ? 大丈夫か?」

「オレより服の心配かよ。身体張ったってのに、ひでえ奴だ」

「いや……なんて言うか……イヤらしいから見てらんなくて」
 そう言って廉は視線をそらした。心の中で「やった!」と叫ぶ。

「……そんなに女っぽく見える? なら元カノに服貸してもらったり、メイクしてもらったりした甲斐があるってもんよ」

「…………」

「な、何だよお。その気になるなよ?」

「ああ……。とにかく、着替えたほうがいい。うちの学校の体操服で良かったら貸すよ。その格好よりはマシだろう」

「それ、お前が一度着たやつ?」

「我慢しろ。そんな格好で自転車乗ってたら、痴漢に遭うぞ?」

「オレのこと、心配してくれるんだ?」

「……今日は塁のこと、女と思ってるから。ただし、次に会うときは普段の塁で頼むよ。その格好で会われたら、なんだか頭がイカれそうだ」

「了解。こっちだって、廉と恋人に思われるのはごめん被るよ」
 そう言うと廉はようやく笑った。


(続きはこちら(#8)から読めます)


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