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【連載小説】#8「クロス×クロス ―cross × clothes―」 制服革命

前回のお話(#7)はこちら

前回のお話・・・
金を無心されている友人から助けを求められたというのに、すぐ返事をしなかった塁は、なぜ自分には「あと一歩」が出ないのか悩んでいる。
オカマバーのミカに、「男としてではなく、人としてやれることをやりなさい」と言われて勇気をもらった塁は、友人を助けるために立ち上がる。女装で現場に殴り込み、大乱闘の末、作戦は成功に終わったのだった。
・・・ この話は一件落着。しかし、「クロス×クロス」はまだ終わりません! 次はミーナに試練が訪れます。続きは本編で(*^O^*)


「……で、四人がいっぺんに殴りかかってきたんだけど、俺は一人ずつ、顔面めがけてパンチを食らわしてやったんだ。まさか、俺にそんな力があるなんて、連中は思ってなかったんだろうな。それっきり何も言ってこなくなった。今は本当にすがすがしい気分だよ」

馬鹿が。全員を伸してやったのはこのオレだぞ? と思いながら廉の話を右から左に聞き流す。まあいい。今日は先日助けてやったお礼ってことで、東京ブルースカイの試合を見に来ている。チケット代はもちろん廉持ちだ。連中の目をだませたのは彼女のお陰だからってことでミーナも一緒なんだけど、なぜかオレと廉の間っていう席順だ。

この話は当日の晩、すでに詳しく報告してるはずなのに、今更何を聞く必要があるというのか? ミーナの態度にも不満はあるが、特に不快に感じるのは、廉がオレの手柄をさも自分が成し遂げたかのように話しているところだ。こういう男だったかな? ああ、嫌だ嫌だ。

「おい、いい加減黙れよ。何しに来たんだ? 永江選手、出てきたぜ。観戦に集中しろよ」

「あっ、本当だ!」

オレが注意を促してようやく、ミーナの興味が目の前の試合に移った。廉は面白くなさそうにむすっとしたが、やはり話題の永江選手の登場で目は自然とそちらに向いた。

永江選手は今日も毎回安打でチームの勝利に貢献した。ヒーローインタビューで「寝ても覚めてもバットを振っているのが、連打につながっていると思います」と答えているのをみて、やっぱり本物は違うと思わされる。

永江選手は本当に野球が好きなんだな。だから練習も苦にならないし、プロにまで上りつめられたのだろう。そういうオレは何が好きなんだ? 何にだったら本気になれる? いまだ、答えを出せずにいる。

***

ミーナ

飯村くんの話を聞いて、もしK高を目指していたら、そしてソフトボールではなく野球をしていたらどんな人生を送っていただろうと想像した。今やK高野球部には何人もの女子部員がいてレギュラー入りする子もいるという。練習は厳しいかもしれないが、そこに属していれば今とは違った景色を見ていたのは間違いない。……塁との交際がなかった可能性も含めて。

もし塁と付き合っていなかったら、今の私は存在していないだろう。同性愛者への偏見をなくすこともなければ、「異装」という未知の世界を知ることもきっと、なかった。

どちらがいいというわけではないけれど、少なくとも今の私は異装を楽しんでいるので、やっぱりK高には進まなくてよかったと言う結論に至る。

飯村くんには悪いけど、里桜の言うとおり「今のK高野球部員なんてぶっちゃけ興味ない」んだろうな、私も。そうそう、里桜は飯村くんからお金を無心していた一人から告白されていたのに、ことが解決するまですっかり忘れていたそうだ。よほど関心がなかったのか、忘れたいほど嫌な出来事だったのかは定かじゃないけれど。

その、興味のない元K高野球部員である飯村くんの誘いに乗ったのは、同校出身・永江選手の過去の話の一端でも聞けるんじゃないか、という期待があったからだ。しかし蓋を開けてみれば彼の自慢話ばかり。まさか、三時間近く聞かされるとは。今日は塁に言おうと思っている大事な話もあるのに、試合中は私でさえ閉口するしかなかった。しかし、もう黙っていられない。

何が気に入らないのか、塁と飯村くんはさっきからガンを飛ばし合っている。とても同じチームを応援していたとは思えないほどだ。そんな二人の間に割って入る。

「ねえ、塁に頼みがあるんだけど!」

「ああっ?!」
 塁は、飯村くんに向けていた顔をそのまま私に向けたが、私は構わず話を続ける。

「一緒に美人コンテストに出てほしいの。今度うちの学校の文化祭でやるんだけど、男女も内外も問わず、当日参加もOKなんだって」

突然そんなことを話題にされ、塁はますます眉根にしわを寄せた。
「はあ? 今、なんて言ったぁ? M女子高の美人コンテストに出てほしいって聞こえたんだけど?」

「うん、そう言った」

「そんなの、ミーナ一人で出ろよ」

「一人じゃつまらないよ。だって圧勝は目に見えてるもの」

「おっまえ……。その自信、どっから出てくるわけ? で、あれか? オレが一緒ならり合えるって言いたいわけ? 言っとくけど、オレは男……」

「あれ? 塁は女装、極めるんじゃなかった? 飯村くんを恥じらわせることが出来たって喜んでいたのは誰?」

飯村くんのために一肌脱いだあの日の晩、任務完了の電話をかけてきた塁が真っ先に報告してきた内容がそれだった。塁はちょっと気まずそうに視線を逸らす。

「いや、それはオレだけど……。ガチ女のミーナと、仮初めの姿のオレとが競り合えるもんかねえ? ミーナが化粧してくれたら可能性あるかもしれないけど」

「手伝うって。だからさ、一緒に出よ?」

「あのぉ。盛り上がってるとこ割り込むようで悪いんだけど……」
 もう少しで言いくるめられる、と手応えを感じたところで飯村くんが控えめに手を挙げた。

「あ、あのさ……。も、もし俺も美人コンテストに出て、仮にも優勝できたらその……。ミーナさん、俺と付き合ってくれませんか」

「はあっ?!」
 塁が再び大きな声を上げた。私も心の中で「嘘でしょ?」と叫んだ。塁は失笑する。

「何を言い出すかと思えば。やめとけやめとけ。見た目にだまされると痛い目に遭うぜ?」

「それは相手が塁だからじゃないのか? それに、今二人は付き合ってるわけじゃないんだろ? だったら俺が交際を申し込んでも、お前がどうこう言う筋合いはないはずだ」

「くぅっ……!」
 塁は拳を握った。あれ? もしかして、いてる? 何だか急におもしろくなってきたな……。私はこのまま話を合わせることにする。

「まあ、考えてもいいよ。飯村くん、優しそうだし」

「ミ、ミーナ……!」

「だけど私、負ける気ないから。塁だってそうでしょ?」

「ったりまえだっ! ミーナの色気にほだされて、軽い気持ちでした女装なんかで優勝されてたまるかっ! オレの本気を見せてやる!」

私から挑発してやろうと思っていたのに、飯村くんがうまい具合に塁をその気にさせてくれた。よしよし。何はともあれ、作戦成功だ。飯村くんと付き合う気はこれっぽっちもないけど、ああ言っておけば二人ともいい仕事をしてくれるはず。

丁寧にメイクアップした塁の顔は、正直な話、女の私が見ても美しいと思う。だからこそ誘っているのだ。ただし今回の目的は、競い合って私の女度を上げるためじゃない。美人コンテストの場で男女の垣根や偏見を取り払い、制服革命を起こすためだ。

☆☆☆

事の発端は三日前。昼休み中の会話がきっかけだった。

この日は一気に季節が進み、まだ秋だというのに冬のように寒かった。しかし、校則のせいでスカート以外のボトムスを穿くことは認められていない。それで仕方なく、寒がりの女子たちは「スカジャー(スカートの下にジャージを穿く)」をしてなんとか寒さをしのぐのだが、皆「できればしたくないよね、ダサいよね」と言っているのである。

女子はスカートを穿くもの。これまでそれを疑ったことはなかったし、スカートは女子のシンボルだとすら思っていた。けれど、異装をするようになって考え方が180度変わった。

確かに制服は、その学校の生徒としての自覚を持つという意味で必要なものだ。けれど、果たしてスカートにこだわる必要があるのだろうか? 女子の制服はスカートという発想そのものがもはや古いのではないのか? 制服でスラックスを選ぶことができれば、あんな格好をしなくても済むのに。寒さを我慢する必要もないのに。そんな思いがムクムクと湧いてきたのである。

「ミーナ先輩、それ、学校側に言いましょうよ! あたしも手伝います! だって、先輩のパンツスタイル、メチャクチャ格好いいから毎日見られたらもう、最高ですもん!」

里桜に話すと、案の定すぐに賛成してくれた。里桜とはその日も一緒にお昼ご飯を食べていた。付き合っているわけでもないのに、毎日のように押しかけてくるのだ。いろいろ話すうち「里桜はそういう子だ」と割り切れるようになっていたから、昼休みを一緒に過ごすことにも特段抵抗はなかったが、クラスメイトの目は厳しく「二年生が、何様のつもり?」という声はあちらこちらから聞こえはじめていた。

「ミーナ、今の話、本気なの?」

突然、別のグループと食事をしていたモネがそばにやってきて言った。どうやら私たちの会話が耳に届いたらしい。

「スカートを廃止しようって、そういう話なの? あたしは反対。高校生のうちしかできない格好もあるじゃん。あたしはこの制服が着たくてM女子高に入ったんだもん。なくすなんて許さない」

「私は何もそこまで言ってないよ。スカートにこだわることはないんじゃない? って言っただけ。……何をそんなに目くじら立ててるの?」

私が言うと、モネは私ではなく里桜を睨んだ。

「気に入らないんだよね、里桜のことが。フラれたくせに、いつまでもミーナのあと追っかけてきてさ。身の程を知りなさいよ。……ミーナもミーナだよ。なんで振った子とご飯が食べられるの? 里桜のこと、キモいって思ってるんじゃなかったの?」

「それは告白直後の一瞬だけだって言ったでしょう? 価値観が変わったの。里桜とは女友だちとして一緒にいるだけ。それのどこが問題なの?」

「あー、そう。なら、バラすよ? あのこと」

「あのことって何よ……?」

「噂になってるの、知らないの? J中学校近くの公園で、男のパンクファッション姿のミーナと、ミニスカ男が頻繁に目撃されてるって話」

どんな顔をすればいいか分からず、否定もできずにうつむく。それを肯定を受け取ったモネは勝ち誇ったように笑った。

「やっぱりミーナなんだ? この前聞いた、ミーナを改心させた人たちってもしかして相当ヤバい? 悪いこと言わないから手を引いた方がいいよ。友だちのミーナの自我が崩壊していくの、見たくないからさ」

顔がかあっと熱くなるのが分かった。けれど、言い返す言葉が出てこない。そんな私の隣で里桜が耳打ちする。

「……ミーナ先輩、モネ先輩の言う『ヤバい人』ってジュンジュンのことですか? もしそうだとしたらあたし、許せないですよ……!」

「……私だって、許せないよ。でも、異装をしてるのは事実だから否定できない」

「先輩、もっと堂々としてください。そんな弱気なミーナ先輩、見たくないですっ!」
 そういうなり、里桜は立ち上がって逆にモネを睨み付けた。ひるんだのはモネだ。

「な、なによぉ?」

「モネ先輩。ミーナ先輩がどんな格好をしたって自由じゃありませんか。男の格好をして何が悪いんですか。あたしのこと、生意気で気に入らないって言うのは勝手ですけど、ミーナ先輩のことをいじめるなら、あたしが許しませんっ!」

「いじめる? あたしはむしろ助けようとしてるんだけど?」

「先輩はただ、あたしからミーナ先輩を引き離したいだけでしょう! そんなの、助けるって言いません。自分の側に引き入れようとしているだけに聞こえます!」

「二年生の分際で、先輩に盾突くつもり?!」

「学年だって関係ないですっ!」
 全くひるむことのない里桜。モネはちょっと考えてからこう言った。

「相変わらず、物怖じしない子ね。……あ、そうだ。それならこうしようよ。今度の文化祭で美人コンテストがあるでしょ? あれで優勝してみせてよ。そうだなあ……。ミーナは男の格好で出るっての、どう? それでも美人として大勢からの支持を得ることができたら、その時はあたしも負けを認めるし、スラックス導入も学校に訴えてあげるよ」

「受けて立ちましょう! ミーナ先輩、やりましょう。美しさと格好良さ、両方を兼ね備えた最高の姿を見せつけちゃってください!」

「ちょっ……! 勝手に話を……」

「上等だわ。あたしも参加する。とびきり着飾って、圧倒してやるわ。そっちはせいぜい、男物の服にアイロンくらいはかけておくことね」

「モネ……。言っていいことと悪いことがあるわよ」
 さすがの私も黙っていられなくなってモネに詰め寄った。

「今あんたが言った台詞の一字一句を忘れないで。私、絶対に優勝する。勝って、あんたのねじ曲がった考えを直してやるわ」

……これが今回、美人コンテストに出ようと決心したいきさつのすべてである。


(続きはこちら(#9)から読めます)


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