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【連載小説】#9「クロス×クロス ―cross × clothes―」 それぞれの想い

前回のお話(#8)はこちら

前回のお話・・・
助けてくれたお礼にと、友人の廉と野球観戦に出かけた二人。その帰り道、塁はミーナの通う高校で行われる「美人コンテスト」に誘われ、参加することになる。しかしミーナが塁を誘ってまでコンテストに参加することを決めた背景には、M女子高の制服革命ーースラックス導入ーーを賭けた闘いが隠れていた。
・・・今回はしっとりと、ミーナと塁の想いを描きます。

ミーナ

観戦を終えた人たちの波に乗って都心を離れ、埼玉方面の下り電車に揺られる。窓の外は暗くて見えない。代わりに見えるのは少々くたびれた顔をした私たちだ。

最寄り駅までは三人一緒だったが、飯村くんとは改札口で別れた。「親が迎えに来るから」と適当な嘘をついて先に帰らせ、背中が見えなくなったところで塁と一緒に徒歩で帰路につく。

「……どうしてあいつだけ帰したんだ?」
 案の定、塁に聞かれた。

「……飯村くんの愚痴を言いたいから、かな?」

「あー、それなら納得」
 今日はオレも疲れたわー、と言いながら塁は伸びをした。

秋の夜空に星が控えめに輝く。まるで虫たちの音楽会にそっと耳を傾けているかのようだ。

空を見上げていたら、さっきまで無性に愚痴りたかった気持ちがすっと落ち着いてどこかへいってしまった。変な沈黙の時が流れ、妙な緊張感に包まれる。

「……なんか言えよ」
 黙っていると塁がしびれを切らしたように言った。
「愚痴るんじゃねえの?」

「どうでもよくなった」

「どうでもよくなった、か。こりゃあいいや」
 塁は笑ったが、そのあとは再び静寂が訪れる。

少し風が吹いた。肌寒い。上着は羽織っているものの、澄んだ空の下は冷える。家まではあと10分という距離。しばしの我慢だ。

「……寒いなら寒いって言えよな。ほら」
 二の腕をさすっていると、塁が自分の上着を脱いで肩からかけてくれた。

「あ、ありがとう。でも塁が寒いでしょう?」

「オレは鍛えてっからいいんだよっ!」

ロンT一枚だというのに、塁はそう言い放った。本当は優しい。だけど、ぶっきらぼうにしか言えないのを知っている。ほんっと、素直じゃない。あの頃から変わらない彼の態度を見ていたら、ふと、付き合っていた頃のことが思い出され、しばし懐かしさに耽る。

二年前。ちょうど今日みたいな、星空の綺麗な夜に私たちの交際は始まった。長くは続かなかったし、喧嘩も多かったけれど、付き合っている間はずっと塁に夢中だった。「馬鹿だな」って言いながら頭を撫でてくれるのが好きだった。そこには確かに愛があった……。

塁はもう、友だちとしか思っていないのだろうか。あるいはただの趣味仲間としか……。その発言から本心を知ることは難しい。なんたって、あまのじゃくだから。

律儀にも家の前まで送り届けてくれた彼に、借りていた上着を返す。
「ありがとう。助かったよ」

「おう。それじゃ、また連絡するわぁ」

「うん。おやすみなさい」

「おやすみー」

塁は手を振り、ゆっくりと後ろ向きで帰って行く。私がドアの向こうに消えるまでそうして歩いて行くつもりだろうか。思わず微笑む。

その塁にもう一度手を振り、後ろ手に玄関ドアを開ける。塁は最後までこちらを見ていた。

***

ミーナを送り届け、一人になったところで大きくため息をつく。「おやすみなさい」と手を振るミーナの笑顔が目に焼き付いて離れない。

――オレは何が好きなのか? 何にだったら本気になれるのか?

観戦中から頭の中で繰り返される問いは、ミーナとの関係においても当てはまることだ。オレはミーナとどうなりたいのか、実ははっきりとした答えを持っていない。だからいつも煮え切らない態度を取ってしまう……。分かってる。そこまではちゃんと分析できてる。でも、決断ができない。

――好きか、嫌いか。

それだけで決められるならどんなに楽だろう。でも、それだったら前回の付き合いで充分思い知ってる。好きなだけじゃうまくいかないんだ、ってことは。

互いに尊敬し、許し合い、認め合ってはじめて、本当の意味での恋愛関係が成立する。そう、手本にするなら兄ちゃんたち。目指すはそれだ。

だけど、それでも迷いはある。そこまでしてミーナと付き合いたいのか、って。付き合えばまた以前のように喧嘩ばかりの毎日に疲れ果ててしまうんじゃないか……。そんな思いがどうしてもよぎってしまうのだ。

いがみ合うくらいならいっそ、このまま友だちとして会い続ける方がマシだ。その方がお互いのためにもいいような気さえする。

ただ……。

返してもらった服に残ったミーナの温もりを感じた瞬間、どうしようもない衝動が――ミーナ自身の温もりを確かめたい衝動が――津波のように押し寄せてきてかなり焦った。行動としては、その顔を見つめるくらいに抑えられたけど、あいつはこんなオレをどんな想いで見ていたのだろうか。

オレたちはすでに一度深い仲を経験してるから、互いのことは大抵分かってる。それが逆に厄介で、余計な詮索をしてしまう原因でもある。廉との約束もそうだ。

優勝したら付き合ってもいい――。

あの言葉が本心から出たものなのか。それとも廉を手のひらで転がすための嘘っぱちなのか、見極められないオレがいる。

もっと素直になれば……。兄ちゃんみたいに思ったことをありのままに言うことができたら、喧嘩もせずに済むのかな……。けれど、意地を張らない方法がオレには分からないんだ。言葉や態度に表せないんだ。弱みを見せたくないんだ……。

☆☆☆

何日か、悶々とした時間を過ごした。この問題は一人で解決しなきゃいけない。そう思ってなんとか答えを見いだそうと試行錯誤した。けれど、やっぱりオレの頭じゃ無理だと悟る。

結局、悩むのを諦めてこの前みたいにミカさんのバーを訪れることにした。神妙な顔をしていたのか、あるいは開店前に押しかけたせいか、ミカさんはオレを見るなり無言で迎え入れてくれた。その行為に緊張を解きほぐされ、今日もまたポツポツと悩みを打ち明ける。

「馬鹿ねえ、塁は。ほんっと、お馬鹿さん」
 洗いざらい悩みを打ち明けた直後、思い切りけなされる。

「もう答えは出てるようなものじゃない。悩んでるなんて嘘。ただ自分の出した答えに自信がないだけよ」
 ミカさんはきっぱりと言った。

「……出てるのかな、やっぱ」
 薄々感じていたこと。確信が持てずにいる気持ち。ミカさんは「これ」が答えだという。

「あとはミーナを信じることね。コンテストに誘われたんでしょう?」

「でも、ミーナの目的は校則を変えることだって……」

「分かってないわねえ」
 ミカさんは苛立った。

「それは目的の一つに過ぎないのよ。あんたが考えるべきは、どうしてミーナが一緒に出たがっているかという点よ。一人では出たくないって言われたんでしょう? その意味をよーく考えてごらんなさい」

「いや、考えたよ、ちゃんと。夏休み以降、会うたびに考えてたよ。なんで会いたがるんだろうって。でも……自信がないんだ」

「なぜ?」

「オレには……芯がないから。夢中になれるものなんて何もないから」

そう言うと、ミカさんは大爆笑した。開店直前の誰もいない時間だからいいけど、それにしたって笑いすぎだ。

「そういう反応されたらますます自信失せるよぉ」

「ごめん、ごめん。あんまりにも顔に似合わないこと言うからさあ。意外と真面目だったんだと思ったらおかしくって」

「失礼だなあ」

「あのね、塁」
 目の端の涙を拭ったミカさんは、笑いが収まると今度は真剣な顔で言う。

「18歳でそんなものが見つかってる人、少ないからね? アタシだってそう。ジュンジュンもかおりもきっと、18のときはまだ道に迷っていたと思う。でも、そのあとの人生で、悩みに悩んでようやく『これ』と言えるものと出会って自信をつけた。そんなものよ」

「……そうかなあ?」

「塁はきっと、誰かと比較しては落ち込んでるんでしょう? でもね、人は人、塁は塁なの。憧れのあの人には絶対なれない。でも、その人が持っていないものをあんたは持ってるし、そんなあんただから惹かれる人もいるの。アタシは、ミーナもその一人だと思ってる」

目立つことなら何でもやってきた。注目を集めてきた人生は個性的でオレにしかないものだ、と言われれば確かにそうだろう。でも、こんな人生のどこに魅力を感じるってんだ? 馬鹿ばっかりやってるオレのどこが良いってんだ?

ますます自信をなくす。そんなオレにミカさんが発破をかける。
「とにかくね、高校生はエネルギーの塊なんだから、こんなところでくさくさしていないで行動しなさい。当たって砕けてきなさい。そうすりゃ、道は開けるわ」

「えー? あいつの気持ちも分からないのに……?」

「そのくらいの気持ちでぶつかりなさいってことよ。あ、でも、もしそんな勇気もなくてコンテストの当日を迎えてしまったら、アタシがメイクしたげてもいいわよぉ?」

「いや、遠慮しときます……」

ミカさんの顔を目の前で見るくらいなら、ミーナに頼んだ方が百倍マシだ。どんなに綺麗にしてたって、ミカさんはれっきとした「おっさん」だ。生理的に受け付けられない人ってのはやっぱりいる。

「こんばんはー」

ミカさんから距離を置こうと席から立ち上がったとき、聞き慣れた声が耳に入ってきた。兄ちゃんとかおりさんだった。兄ちゃんはオレを見つけるなり、その場に立ち止まる。

「かおりさん、塁にも声かけてたの?」

「いいえ。もしかしたら、ミーナさんが連絡したのかも?」

「え? どういうこと?」
 混乱するオレに、かおりさんが説明する。

「あら、聞いてない? ミーナさんが今度、美人コンテストに出るって話。その時わたしたちの制作している服を着たいって申し出があったのよ。でもあまり日がないから、直接会ってミーナさん用に微調整したものをこの場で渡そうって話になっているの」

「そういうことか……」

「そういうことか、って……? じゃあやっぱり、塁さんも誘われているの?」

「かおり。塁はアタシが呼びつけたのよ。ね?」
 ミカさんがオレの代わりに答えた。目が点になっていると、ミカさんが得意げに言う。

「ご想像の通り、塁もそのコンテストに出るんだって。もちろん女装でね。だからアタシが、とびきり目立てる衣装を貸してあげることにしたの。そうよね?」

「ええっ?!」
 再び驚きかけたオレの口をミカさんがデカい手で塞ぎ、耳元でささやく。

「……話を合わせなさい。あんたが目立ちたいのは本当でしょう? 友だちにだけは絶対負けられないんでしょう? だったらとことん派手に着飾りなさい」

本当のことを言われては返す言葉もない。奇しくも、野球をしていたというミカさんの体型はオレと似ている。貸してくれる衣装はきっと問題なく着られるだろう。

「……は、はい。そのとおりです」
 もごもごしながら言うと、ミカさんはようやく解放してくれた。

ちょうどその時、店にミーナがやってきた。やっぱりオレを見て目を見開き、人差し指を向ける。
「なんで塁がここにいるのよ?」

「えーとぉ……」
 オレは口ごもりながら、今し方ミカさんと擦り合わせた話を伝えようとした。そこで一旦、冷静になる。

(待て待て。何でオレはオカマの服を着ることになってんだ……?)

ミカさんの服を着ている自分を想像する。考えただけでおぞましく、吐き気さえする。同じ女物の服でも、ミーナの服を着てこんな気持ちになったことは一度もないというのに。

目立ちたいだけなら、それこそミカさんの服を借りるのが正解だ。でもオレの身体が完全拒否している。なんでだ……? この違いは何だ……?

そこまで考えて衝撃の結論に至る。男のオレが女装できるのはミーナの服を借りているからだ。そしてそのミーナがオレの女装を、ただ目立つための手段から、人としての存在価値を高めるファッションに昇華させてくれたのだ、と……。

(そうか、やっぱりオレは……。)

答えはもう出ている――。

ミカさんの言葉がようやく腑に落ちた。オレは笑みを浮かべるミカさんに、申し訳ないと思いながらも頭を下げる。

「ごめん、ミカさん。やっぱオレ、ミーナから服借りる。その方がオレらしくいけると思うから。ホントにごめんなさい」

今見えているのは自分の足もと。だからミカさんの顔は見えない。しかし、上から振ってきた声は優しかった。

「言ったとおりでしょう? あんたはもう自分で答えを出してるって。それでいいのよ」

「え、怒んないの?」

「どうして? あんたが決めたことに、アタシが口を挟む必要がある?」

ミカさんは微笑んでいた。もしかしたら、ここまで想定しての発言だったのかもしれない。まんまとめられた、そう思えてならなかったが、嫌な気持ちではなかった。

「……そういうわけで、ミーナ。コンテスト用に服を貸して欲しいんだけど」
 今度はミーナに向かって頭を下げる。

「コンテストなのに、私の服でいいの……? それで飯村くんと張り合えるのかな?」

「あいつなんて眼中にない。オレはミーナと競るために出るんじゃねえのか? そのためにお前の服を着る。別におかしな話じゃないだろ?」

「んー、それもそうだね。言っとくけど私、本気で優勝目指してるから」

そう言って短い髪をかき上げたミーナは確かに美しく、何を着ても、誰が相手でも間違いなく上位に食い込めると思わせるオーラを放っていた。

(オレはこのミーナと競い合うのか……)

正直、勝ち目はないかもしれない。けど、ミーナに負けるなら本望だし、とびきり美しいミーナを目の前で見られるんだから、悪いことは何一つない。勝ちも負けも関係ない、オレはその日を楽しむだけだ。

――オレが本気になれるものは何か?

球場で永江選手の活躍を見て自身に問うた、その答えが今、見つかった。


(続きはこちら(#10)から読めます。)


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