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【連載小説】#3「あっとほーむ ~幸せに続く道~」年の差カップルの東京デート

前回のお話(#2)はこちら

前回のお話:「ある場所で働いてもらう」と言われた翌日。翼に連れて行かれたのはなんと彼の勤め先である幼稚園だった。そこでサンタに扮し、子どもたちを喜ばせるのが今日の仕事だという。「これはきっと、自分が成長するための最後のチャンスだ」と悟った悠斗は、一念発起してサンタになりきり、子どもたちを喜ばせることに成功する。それを見た翼は、悠斗の中に潜む「臆病者」がいなくなったと告げる。翼が「殺す」と言ったのは、悠斗の「闇の人格」だった。

   

   


園での話は、その晩の一番の話題となった。おれが黙っていても、一部始終を見ていた「映璃先生」が黙っちゃいない。昨日までのおれなら「勘弁してくれ」と言って小さくなっていたに違いないが、何の予告もなしにサンタ役を任されてやりきったことは自信になっていたから、映璃が面白おかしく話すのにあわせて、自らその時の様子を再現してみせたほどだ。

それを見た彰博は、おれの変化に腰を抜かしそうになったが、「新しい君の一面を知ることができて嬉しい」と嬉しそうに笑みを浮かべたのだった。

◇◇◇

それから毎日、園に行って保育の手伝いをした。と言っても、幼稚園教諭の免許を持たないおれに与えられる仕事など、先生たちからすれば雑用みたいなものばかりだったが、それですら、こなすのがいっぱいいっぱいで、腰を下ろす時間もなかった。ましてや、悩んでいる暇などあろうはずもなかった。

――愛菜のことを忘れる日があってもいいんだよ。一緒に過ごした思い出はなくならないんだから。

亡き娘の魂が天から母を迎えに来た時に言った言葉だ。長い間おれは、その言葉の意味が分からずにいた。けれど、八年経った今になってようやく分かった。園で目の前の仕事に集中している間、愛菜たちのことを「忘れていた」と気づいた瞬間に。あれは「今を一生懸命生きて欲しい」という愛菜からのメッセージだったのだ。

父が急逝したのも、野上家からの打診も、翼から仕事を与えられたのも、未だ「あの頃」にしがみついているおれを前進させるために、愛菜が強制的に引き起こした出来事だったに違いない。お陰でやっと、気づくことが出来た。

(ごめんな、愛菜。なかなか成長出来ないお父さんだけど、バカなおれだけど、ようやく分かったよ。もう、忘れることを怖がらない。めぐとの関係も、ちょっとずつ前に進めるよ。それでいいんだよな……?)

◇◇◇

クリスマスの直前に園は冬休みに入った。園での仕事を満了したおれは、失いかけていた、生きる目的みたいなものを、徐々にではあるが取り戻し始めていた。

「クリスマス……か」

奇しくも今年は日曜日に当たっている。スイミングのコーチの仕事も、学校も休みだ。おれは意を決し、こちらも冬休みに入っためぐを誘ってみることにした。

「クリスマスなんだけど……都内に遊びに行かないか? ……えーと、デートってやつ?」

「ゼファー」を走らせて一緒に出かけるのは珍しくなかったが、「デート」と称して出かけたことはこれまで一度もなかった。めぐは一瞬にして表情を明るくした。

「デート?! 嬉しい!! 絶対行くよ!!」
そう言っておれに抱きついた。

デートなんていつぶりだろう。もはや遠い昔の出来事だからどうやって振る舞えばいいのかも忘れてしまったが、記憶を頼りになんとか頑張るしかない。そう、「一人」で。

◇◇◇

「……もう園での仕事は終わったはずだ。きょうは互いに休みのはずだろ? いったい何しに来た?」

「そりゃあ、あんたを見守るためさ。ちゃんとデート出来るかチェックしないと」

クリスマスの早朝。おれの前に現れたのはサンタクロースではなく翼だった。おれからは一切伝えていないが、誰かの口から翼の耳に入ってしまったのか、あるいは翼が、盗聴器でも仕掛けて会話を盗み聞きしたのか……。いずれにしても、おれはよほど信用されていないらしい。よりによって、年下の男にデートを見張られるなんてあり得ない……。

「……おれはお前の子どもか? いっとくけど、おれだって一度は結婚してるんだぜ?」

「どうせ、そんときゃ、強引に押し倒したんじゃないの? デートして愛を深めた間柄なら、事情はどうあれ、簡単に離婚されたりしないと思うんだよね」

「うっ……」
 鋭い指摘に思わず声を漏らすと、めぐは妙に納得し、それを見た翼の方は声を上げて笑った。

「アキ兄から聞いてたとおり、あんたって本当に正直者だなぁ。ま、自覚があるなら今日の三人デートも試練の一つだと思って我慢するんだな」

「そういうお前は、女の子と付き合ったことがあるのか? ……もう27だろ?」
 苦し紛れに反論する。翼は嫌そうな顔をした。

「うるさいねえ、このおじさんは。女の子との交際歴はちゃんと、あ・り・ま・す!」

「うそくさっ……。めぐ一筋で、他の女には興味なし、って感じするけど?」

「そんなに疑うなら、今からあんたを口説いて、押し倒して、骨抜きにしてやってもいいぜ?」

 言うが早いか、翼はおれに顔を寄せ、腰に腕を回そうとした。慌てて距離を取る。

「分かった、分かった……。これ以上は何も言わず、お前の言うとおりにするよ……」

「分かればよろしい」
 翼のほうが上手うわてだと認めるのはしゃくだったが、ここは大人しくしておくのが賢明だろう。矛を収めたのが分かると、翼は満足そうにうなずいた。

「最後に一つ付け加えておくけど、万が一めぐちゃんの機嫌を損ねるようなことをしたら、その時点であんたとのデートは終了ね。あとの時間は俺が引き受けるから」

「えっ? お前と交代するのか?」

「そのための付き添いっしょ」

なるほど。翼がついてくる本当の目的は、めぐとのデートか。会話のすべてを聞いているめぐはさっきから黙ったままだが、表情を見る限り、この状況を楽しんでいる様子だ。こっちもこっちで意地悪い。

(こうなったら、なんとしてでもデートを成功させてやる。若い二人の笑いものにされてたまるか……!)

◇◇◇

東京湾に隣接する観光スポットまでは、バイクを飛ばして一時間半ほどで到着した。日曜ということもあって途中、渋滞した場所もあったが、その間めぐとの会話が途切れることはなかった。

駐車場にバイクを停めて商業施設エリアまで歩く。そこはすでに大勢の人で賑わっていた。三人して顔を見合わせると、翼が合図をする。

「それじゃあ早速、おじさんとめぐちゃんのラブラブデート、開始!」

笛を吹くような格好をした翼が、おれたちを両側から挟み込みこんでくっ付けた。

「ねぇねぇ、手、繋ご!」
めぐが左手を差し出す。

「……よぉし!」
ため息を吐くために吸った息を、やる気を出すための言葉に代える。

(頑張れ、おれ……! 若い頃を思い出せ……!)

 自分を奮い立たせ、差し出されためぐの手に指を絡める。

(どういう気持ちでこのデートを見守っているのか知らねえが、お前の思い通りにはならねえからな……。)

 翼を睨み付けながら、心の中でそう言い放つ。

◇◇◇

街はクリスマス一色だ。都内の観光スポットだけに、どこを見てもカップルだらけ。だがおれが見る限り、おれたちほどの年の差カップルは見られない。いや、そんなことはどうでもいい。今は、めぐを楽しませることだけに集中しよう。

「めぐは何がしたい?」

「まずは観覧車に乗りたい! バイクで通ってきた道を上から見てみたいんだ!」

 そう言って、大きく空を仰ぐ。同じように見上げると、雲一つない真っ青な冬の空が広がっていた。

「よし、行こうか」
すがすがしい空の下、おれはめぐの手を引いて観覧車を目指す。

昼間の観覧車は思いのほか空いていた。並んでいるのも、おれより年上の夫婦か子連れが多い印象だ。正直、待ち時間は苦手だから助かった。

ゴンドラの扉が開けられ、係員に誘導される。

「二人で乗れよ。俺は次のに乗るから」
 目が合うと、翼はニコニコしながらおれたちを押し込んだ。

「えっ?! ここは遠慮するのかよ?!」

「20分も狭い空間に押し込められるなんて、お互い、居心地悪いっしょ。さ、どーぞ、お先に。いってらっしゃい」

 そう言って手を振った翼は、さっさと次のゴンドラに乗り込んでしまった。

「デートの監視」なんて言うから、てっきり一緒に乗るものだと思っていたが、常識的な対応をされて動揺する。無論、こういうシチュエーションは初めてじゃない。どう振る舞えば良いかも一応、心得てはいる。それでも、いざとなるとやっぱり……ドキドキする。

――どうした、プレイボーイ? 一気に二人の距離を詰めちまおうぜ!

格好つけたがりなおれが顔を出す。こいつが勝手な行動を取り始めると収集がつかないことは分かっている。……恥ずかしい話だが、翼の指摘どおり、元妻との交際時はこいつの「悪魔の囁き」に抗えず、一気に事を進めてゴールイン。いわゆる「でき婚」だった。

(黙れっ! 今日はお前の出番はない!)

一喝してやると、「プレイボーイのおれ」は一旦、影を潜めた。ひとまず安堵し、めぐに視線を移す。めぐは女子高生らしく、はしゃぎながら外の景色を眺めている。その姿にほっと心癒やされる。

「ほら、あそこを見てごらん。おれたちはあの橋を通ってきたんだ」

後ろからそっと肩を抱いて語りかける。まるで父親が娘に話しかけるように。めぐは嬉しそうに答える。

「あ、ほんとだ! あの橋って、夜になると虹色に光るんでしょ? ねえ、日が暮れるまでここにいるよね? 帰る時もあの下を通るよね?」

「ああ」

「わーい! 楽しみだなぁ!」
 その顔は、八歳のときと同じようにおれを元気にしてくれる魔法の笑顔だった。

(そうだ、おれはめぐのこの笑顔が好きなんだ。この笑顔がおれに恋をさせるんだ……。)

 思わず見とれていると、めぐが急に真面目な顔をしておれの名を呼んだ。

「うん?」
 返事をすると同時にめぐの唇がおれのそれに重なった。慌てて身体を反らす。

「焦っちゃダメだ。……デートはまだ始まったばかりだぜ?」

「でも、わたし……」

 上目遣いで見つめられる。……ため息が出るほどかわいい。胸を高鳴らせていると、「プレイボーイのおれ」がすかさず顔を出す。

――ほらみろ! お前が尻込みしているから、めぐの方から攻めてきたぞ! お前も負けずに攻めろよ。背中を押してやるぜ?

(……ダメだっ! 今度ばかりはお前の誘惑には乗らない!)

 頭を振り、声を追い出す。一度深呼吸をしてから言う。

「……気持ちは充分伝わってるよ。……おれだって、めぐのことは大好きだ。だけど……だけどさ……。友だちから恋人に、恋人から夫婦になるためには、一歩ずつ階段を上らなきゃダメなんだ、たぶん……。それを、何段か飛ばしで駆け上がろうとすれば必ずどこかで踏み外す……。おれは、焦ったばかりにこの関係を壊すようなことはしたくないんだ」

見つめ返すめぐは、ちょっぴり寂しそうに目を伏せたが、「わかった」と返事をしてうなずいた。

「……ってことは、ちょっとずつだったらいいんだよね? さっきみたいに手を繋ぐのはオーケー?」

「ああ、それならいいよ」
 甘え声のめぐに応じ、冷えた手を握る。そしてそのまま、観覧車が下に着くまで東京の賑やかな街並みを見下ろした。

◇◇◇

「お疲れさん。いやあ、何ごともなくて残念残念」

 ゴンドラを下りると、すぐあとから翼がやってきた。

「お前はいったい、何を期待してたんだよ……」

「万が一押し倒そうものなら、このあとは、俺がめぐちゃんと夜まで手つなぎデートしようと思ってたのに」

「そりゃあ残念だったな」

「さて、お次はどうする?」
 どこまで本気か演技か分からない翼の表情は、何かを企んでいるようにも、嫉妬しているようにも見えた。

(どうせならこのまま一日、残念がらせてやる。)

 そう思って一つ、めぐに提案する。

「なあ、このあとはウインドウショッピングをするのはどうだ? 気に入ったものが見つかったら買ってやるよ。クリスマスプレゼントに」

「えっ? 本当?」
 一瞬飛び上がっためぐを見て、翼が舌打ちをする。

「ちっ、物で釣る作戦かよ。これだからおじさんは……」

「……お前は黙って着いてこい」

「オーケー、オーケー」
 ここは意見を引っ込めた翼だったが、おれが少しでも油断をすればいつでも逆転は可能だ、と言わんばかりの気迫は前面に押し出したままだった。おれは翼を一瞥いちべつし、めぐの手をぎゅっと握るとそのまま歩き出した。

◇◇◇

「やんちゃなおれ」が顔を出す隙を与えないよう、細心の注意を払いながらめぐとのデートを続ける。

めぐが欲しいと言ったものはよくよく考えて買うようにし、自分の話ばかりしないよう心がけた。昼食のチョイスはめぐに合わせ、彼女の自慢話には相づちを打ちながら辛抱強く耳を傾け、寒いと言われればカフェに入ってホットドリンクを一緒に飲んだりもした。

気づけばあっという間に日没が訪れ、暗くなった街が一瞬にしてイルミネーションでキラキラと輝きはじめた。昼間見た橋もライトアップされている頃だろう。おれはめぐの手を引っ張って、遠景に橋が見える場所まで連れて行こうとした。しかしそこで、めぐの足は止まった。

「……どうした? あの橋を見に行こうよ」
 声をかけてみても返事はない。どういうわけか、不機嫌そうにも見える。

(おれ、何かしちゃったかな……?)

思い返してみても、めぐの機嫌を損ねるような行為をした覚えはない。もくされて困惑し、思わず「言ってくれなきゃ、分かんねえよ!」と語気を強める。慌てて口を押さえたものの、もはや手遅れ。めぐは完全にむくれてしまった。

「……わたしは悠くんと、恋人としてデートを楽しみたかったのに、これじゃあパパと一緒じゃない!」

彰博パパと一緒、と言われてますます混乱する。めぐは、まくし立てる。

「ただ、そばにいられればいいわけじゃない。おしゃべりして楽しければいいわけでもない。……ちょっとずつ距離を縮めたいのは分かるよ? でも、今日はデートだなんていうから、もっと心の距離を縮められると思ってた。なのに……。遠いよ、悠くんが。こんなにそばにいても、悠くんの心はどこか別の場所にあるみたいに感じる……」

「そんなことはない。おれは……おれの心はちゃんとここに……」

「嘘。口だけで言ったってダメだよ。……わたしはもう、出会った頃のような何も知らない子どもじゃない。もうちょっと大人として扱ってよ」

「…………」
 二の句が継げないでいると、めぐはあっさりと翼の元に駆け寄り、その腕にしがみついた。

「帰りは翼くんのバイクに乗るー」

「オーケー」
 そう言った翼は、めぐの腰に腕を回して引き寄せると、勝ち誇ったように笑った。

「詰めが甘いな、おじさんは。初デートでこれじゃ、先が思いやられるね」

「…………」

「ま、帰る道中で一人反省会でもするんだな。……あ、めぐちゃん。今度は夜の観覧車に乗ろうよ。東京の夜景と、瞬く星を見ながら……」

最後の部分はおれには聞こえなかった。が、耳打ちされためぐの顔が赤くなるのを見て、いらぬ妄想をしてしまう。

「お前、いったい何を企んでいる……?」

「おじさんには関係ないね」

「…………!」
 かっとなって胸ぐらを掴むが、翼は余裕の笑みを浮かべている。

「恋は駆け引きだよ、おじさん。前の恋がどうとか、年齢がどうとか関係ないの。目の前の相手をよく見て行動する。これは恋愛だけじゃなくて対人関係全般に言えることだけど」

「…………」

「相手はめぐちゃん。16歳の高校生だぜ? 彼女の気持ちはちゃんとんであげないと。大人ならさ。……じゃ、行こっか」

散々おれをこき下ろした翼は、上機嫌でめぐと並び歩き始めた。おれは悔しさを噛みしめながら、彼らの後ろに着いていくことしか出来ない……。


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