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【連載小説】#2「あっとほーむ ~幸せに続く道~」よみがえる闘志

前回のお話(#1)はこちら

前回のお話:
実父の突然の死で天涯孤独になってしまった悠斗。そんな彼を見て『本当の家族になって欲しい』と声をかけたのが野上夫妻だった。彼らは娘と結婚すれば、それが実現するという。娘のめぐも、悠斗自身も互いを想い合っているが、悠斗はすでに四十六歳。そして、めぐの方はまだ十六歳。
すぐに答えを出せない悠斗の前に現れたのは、めぐの従兄の翼だった。翼はめぐを妹のように可愛がっており、悠斗とめぐの結婚話に反対した。そしてもし、この話を進めるなら悠斗を『殺す』と脅したのだった。

  


「翼くんは優しい子だから心配しなくても大丈夫だよ」

野上家の面々は口をそろえて言う。しかし、その言葉が真実ならなぜ、あんなにも鋭い目でおれを睨み付け、「殺す」などと言ってきたのか。心の底からおれを憎んでいなければ、あんなふうには言えないんじゃないか……?

ただでさえ眠れないというのに、翼のせいで余計に寝付けなかった。

翌朝、各々が出かける支度をしていると、翼が例の二輪車でやってきた。笑顔で迎える野上家をよそに、一人おびえる。だが翼は部屋の隅にいるおれを見つけるなり、「着いて来いよ」と言って表に引きずり出した。

「一緒に来てもらう。今日は貴重品だけ持ってくればいい」

「……いったいどこに連れて行こうって言うんだ?」

じきに分かる」
 翼は昨日と同じように、にやりと笑った。


◇◇◇


「結構ビビってただろう? ここに来るまでは」

「結構も何も……。どんな恐ろしい目に遭わされるかと想像したら、夕べは眠れなかったほどだ」

「どうよ? おれの迫真の演技は。実は高校のとき演劇部だったんだよ。おかげで上手くいった。……ってことで、あんたも俺並みの演技でよろしく頼むよ」

「……本気か?」

「これもめぐちゃんのためだと思って頑張ってくれよ」
 そう言われては返す言葉もなかった。

翼に着いていった先は何のことはない。翼と映璃の職場である、私立の幼稚園だった。大いに身構えていたおれは、あまりの落差に茫然自失だったが、今日の仕事内容を聞かされたときには開いた口が塞がらなかった。

手渡されたのは、サンタクロースの衣装。今日、園で行われるクリスマスイベントでサンタに扮するのがおれの仕事、らしい。

翼が耳打ちをする。
「……いつも来てくれる『サンタ』が急に来られなくなっちゃって、困ってたんだ。適当な人もいないから昨日の時点では俺がやることになってたんだけど、正直、バレるんじゃないかと心配してたんだ。そんな時あんたと会ったから、これはもう、やってもらうしかないなって」

「事情はともあれ、どうしてこれがめぐとの話と繋がるのか、理解できない」

「ま、詳しい話は後ほど。朝の園は忙しいんでね。とにかく、頼んだぜ。あとのことは映璃先生の指示に従えばオーケーだから」

そういうと、翼はかわいらしいエプロンを身につけて仕事モードになり、あっという間にどこかへ行ってしまった。おれは職員室にぽつんと取り残された。

ひっきりなしに先生たちが出入りしている。が、誰もおれに声をかける先生はいない。とにかく、めまぐるしく動き回っている。それを見ているうち、おれの周りの時間だけが止まっているように感じはじめる。

いや、実生活を思い返してみても、周りのときはどんどん進んでいくのに対し、おれの方はほとんど動いていない。むしろ時々後退すらしている。前を向いているようで、一人になった時にはいつも後ろを、過去を見て生きてきたのは誰が見ても明らかだ。

おそらく翼が指摘しているのは、おれのこういう姿勢だ。そう。おれはめぐたちがいなければ「今ここ」を生きることができない。本当に一人になってしまったら、おれは再び過去の記憶に引きずられ、今度こそ戻ってくることはできないだろう。

――何だお前、ちゃんと自覚してるんじゃないか。だったらもう、迷うことはない。この仕事を完璧にこなして翼に認めてもらおう。そうすりゃお前も、晴れて野上家の一員だ。

内なるおれがそう言った。今度ばかりは同意する。

(そうだな……。お前の言うとおりかもしれない。これはきっと、おれに与えられた最後のチャンス……。)

おれには演劇の経験はないが、幸いにしてこの八年、スイミングスクールのコーチとして子どもたちと接してきた経験ならある。だから子どもに囲まれたり、話したりする分には何の問題もない。

四十六歳。独身。たくさん恥をかいてきた。失うものは、何もない。今更、何を恐れる必要がある?

(よぉし……! こうなったら、サンタでも何でもやったろうじゃねえか……!)

わずかに残っていた情熱のかけらに火が付き、にわかに燃え出す。翼の顔立ちが、高校時代の彰博を思い起こさせるからに違いない。

おれと彰博とは、映璃をめぐって争った仲だ。殴り飛ばしたこともあった。そのくらい、映璃のことが好きだった。忘れもしない、高三の春のことだ。

失恋した時からおれは、あいつには絶対に敵わないのだと半ば諦めモードで生きてきた。映璃のことだけじゃない。子どもを亡くして離婚し、この街を離れる決心した時も、あいつが「死ぬな」と言ったがために死にそびれてしまったし、今回も、あいつの言葉がおれの人生を、おれの意図せぬ方向に変えようとしている。

……もう、彰博におれの人生を決められるのはごめんだ。確かにおれは、どうしようもなく情けなくて、一人じゃ生きていけない男だ。情けをかけたくなるあいつの気持ちも分かるし、事実、そのお陰で今日まで生きてきたのは認める。

だけど……。だけど、だ。

これが天の与えてくれた、おれが成長する最後のチャンスなのだとしたら……。あいつの言葉ではなく、自分の意志で人生を決定できる人間になるためのラストチャンスなのだとしたら、この、燃え始めた情熱の火は絶対に消しちゃいけない。

(サンキューな、翼。お前がおれを、再び男にしてくれたようだ……。絶対に、負けねえ……! 負けてなるものかっ……!)

◇◇◇

「それではみんなで呼んでみましょう。せーの、サンタさーん!」

遊戯ホールにいる先生のかけ声とともに、園児たちが大きな声でサンタを呼んだ。それを合図にドアが開き、スポットライトがサンタのおれに当たる。

手を挙げ、子どもたちの声に応える。自然と笑みがこぼれる。付き添いの先生の案内でステージに上がると、拍手がさらに大きくなった。

「はーい、みなさん。今年もみんなの『会いたい!』という気持ちが通じたので、こうしてサンタさんがやってきてくれました。会えて良かったよねぇ! さあ、それではさっそく、サンタさんのために一生懸命練習した、歌や楽器の演奏を聴いてもらいましょうね!」

「はーい!」

純朴な子どもたちの声がホールに響き、年少組から順に、歌や楽器の演奏が披露される。大きな声で歌い、演奏し……。たとえ間違っても構わずに最後までやりきる、その一生懸命さにおれは心を打たれた。サンタであることも忘れて。

最後には園児たちと一緒に「あわてんぼうのサンタクロース」の歌を歌いながら踊って欲しいと無茶振りをされたが、その場のノリで「へんてこダンス」を踊ったら大ウケだった。先生たちに至っては、涙を流しながら笑い転げるほどだった。

「また来年も来るよ! ホッホッホー」

ホールを出る時間が来た時には、すっかりサンタになりきっているおれがいた。サンタの衣装を手渡された時に感じていた不安は微塵も感じていなかった。

ホールの外に出ると、翼が待ち構えていた。おれは得意になって言う。
「……どうだった? おれの演技は?」

「やるじゃん。……子どもたち、大喜びだったよ。今日はありがとう。助かったよ」
 不覚にも礼を言われて恥ずかしくなった。サンタの衣装を着たまま現実的な話をしているせいかもしれない。

「なんだよ……。昨日はあんなに怖い顔で迫ってきたくせに」

「……これでひとり、いなくなったな」

「えっ?」

「……あんたの中に巣くう、臆病者が、だよ」
 それを聞いてハッとする。

「もしかしてお前、昨日『殺す』って言ったのは……?」

「しーっ! こんなところで、そんな言葉、使うなよ!」
 指を立てられ、慌てて口を塞ぐ。やれやれ、と言いながらも翼はうなずいた。

「あんたの中には何人もの『悪人』がいるのさ。そいつらさえ追い出しちまえば、きっとあんたは全うになる。おれはそう思ってああ言ったんだよ」

「おまえ……」

「ああ、これは俺の、元演劇部員としての勘だったんだけど、どうやら当たってたみたいだな。じゃあこの調子で、明日もよろしく」

「明日も?」

「そ。園が冬休みに入るまでは、毎日来てもらうから。園長にはもう、許可取ってある。……来るなっていっても、来るんだろう? たしか、スイミングのコーチ業は夕方からだよな?」
 翼が意地悪そうに言った。言われて、自分の顔がニヤついていることに気づく。

「……ああ。来るよ。だから、明日の持ち物は事前に教えといてくれ。今日中に用意しておく」

「オーケー、鈴宮センセ」
 翼が初めておれの名前を呼んだ。

「よろしく、野上先生」

「ああ、俺のことは『つばさっぴ』って呼んでくれりゃあいいよ」
 真面目に名前を呼んだのに、あだ名で呼ぶよう言われてしまった。

(つばさっぴ……。)

心の中で呼んでみたが、恥ずかしすぎて、とてもじゃないけど声には出せないと思った。


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