【連載小説】#最終話「クロス×クロス ―cross × clothes―」とびきりの笑顔で

前回のお話(#13)はこちら

ミーナ

署名運動が後押しとなって、学校側はすぐに校則の改変を行った。とはいえ、正式な制服が採用されるまでには時間がかかるため、当面は、華美ではないスラックスを制服代わりに着用しても良いことになった。

それが通知されるや、美人コンテストで私に票を投じた人の多くが、あの日私が穿いていたスラックスを買い求めることになったから大変。かおりさんは嬉しい悲鳴を上げているが、ミカさんにも手伝ってもらいながらできる限り早期納品を目指すと意気込んでいる。

もちろん、頑としてスカートを穿き続ける子もいる。けれど、学校全体としてはスカートとスラックスを穿き分ける人が多いようだ。コンテストで私とモネが言い争ったように、服装によるいじめや差別が起きることも予想したが、どうやら杞憂に終わりそうだ。

私とモネの関係も元の通りに戻った。というのも、美人コンテストで精神的な敗北を喫したモネは、そのおかげで飯村くんと意気投合し、交際を始めることになったからだ。

「そういう意味では、ミーナに感謝しなきゃね」

コンテストの日、あんなに憤っていたのが嘘みたいに今では笑顔を向けてくる。塁が言っていたとおり、起きることは全て良い結果につながるようにできている。そう思わずにはいられなかった。

☆☆☆

あっという間に季節は巡り、冬がやってきた。鮮やかなクリスマスカラーに彩られた街。しかし後ろからはもう、年末年始の足音が聞こえ始めている。

はじめはあんなに恥ずかしかった男装での街歩きも、今では堂々とできるようになった。そのせいだろうか。私たち以外にも男女逆の服装を楽しんでいる人をよく見かけるようになった。

「案外、異装をしている人っていたんだね。気づかなかったよ」
 そう言うと、塁は首を横に振った。

「いやいや、増えてきたのは、美人コンテストのことがネットで拡散された頃からだぜ? 兄ちゃんのブログもアクセス数が爆上がりらしいし、今まで声を上げられなかった人がようやく声を上げられるようになって異装を楽しみ始めてる、ってことじゃねえかな」

「そうだね。思い切った行動をして本当によかったよ。塁ともこうして……」
 私は、女物の服を着た塁の腰に腕を回した。

塁に着てもらうために選んだ服。それを時々交換っこしながら過ごす。今年の冬はこの服が、私と彼の記憶に残る1着になるだろう。私が身につけている、塁に選んでもらった服も同様だ。

都内のとある場所。大きなクリスマスツリーが設置された広場にやってきた。純さんとかおりさんとはここで待ち合わせることになっている。

よく探すと、ごった返すカップルの中に、性別と一致した服装の彼らがいた。声をかけようとして足を止める。他のカップルたち同様、純さんたちはすでに二人だけの世界に――肩を寄せ合い、きらめくツリーを見上げながら幸福感に――浸っていたのだ。塁もそれに気づく。

「あの二人、ぱっと見だけなら他のカップルと何も変わらないよなあ。実は複雑な関係だなんて、誰が想像できる?」

「そうだね。でも、実際はカップルの数だけ、二人の世界があるものなのかもしれない。理想のカップルなんて存在しないんだよね、きっと」

純さんたちのように、ほとんど精神だけで繋がるカップルもいれば、キスし合っているカップル、おしゃべりに忙しいカップル、今まさにホテルに入ろうとしているカップルもいる。もしかしたら、喧嘩することでうまくいくカップルだっているかもしれない。

「普通なんて、ないんだ。みんな、どこかしら変わってる。ホントはそっちの方が『普通』なんじゃねえかって気もするけど、どっちにしろオレは、頭一つ飛び抜けて変わり者でいたいぜ!」

塁の言葉に思わず笑う。
「ふふっ。この格好だもんねぇ。そんな塁が好きな私も、変わり者よね」

「そうそう。オレを理解できるのは変人のミーナだけだよ」
 じゃれ合っていると、かおりさんが私たちに気づいて純さんを促し、こちらへやってきた。

「その格好、目立つからすぐに分かったわ」

「すぐって、本当ですかー? ずっと二人の世界に浸ってたくせにぃ」
 私が冷やかすと、かおりさんは顔を赤らめた。

「もしかして、気づいていたの……? なら、声をかけてくれればよかったのに……」

「だって、あまりにも幸せそうだったから……。ね、塁?」

「そうそう。オレたちも、二人を見習わないとなぁって話してたんっすよ」

「……嘘ばっかり。大人をからかうものじゃないわよ?」

「まあまあ、かおりさん。いいじゃない、こんな日くらいおれたちの愛し方を示したって。二人はそれが知りたいみたいだし」

恥じらうかおりさんを純さんがなだめる。かおりさんは上目遣いで純さんを見る。

「そんなことを言うなら……とことん甘えてしまうわよ?」

「うん、いいよ。かおりさんは甘え下手だからね。今日はどんどん甘えて」

「なら、遠慮なく……」
 かおりさんは、そう言いながらもちょっと遠慮がちに寄り添った。純さんがそっと抱く。ほっとしたようなかおりさんの顔がかわいらしかった。

「なるほど、そうやって甘えればいいんだ。じゃ、私も……」
 真似してかわいらしく引っ付いたが、塁に笑われる。

「ミーナがやると、なんか、違う……」

「えー? どこが違うのよぉ?」

「どこがって……。お前からは『大好きオーラ』がいっつも出てるじゃん? そんな、ねこみたいにすり寄られてもなあ……」

「仕方ないじゃない、抑えきれないんだからっ!」
 開き直って、今度は力いっぱい抱きしめる。

「ぐへぇ……! こりゃあ、ねこじゃなくてライオンだ。そうそう、ミーナはこうでなくっちゃ。……って苦しいんだけどぉ」

「ふふっ。いろいろな甘え方があるのね。勉強になるわ」

「本当に、そうだね」

そう言ってかおりさんと純さんは見つめ合い、微笑んだ。その姿があまりにも絵になるので思わず見とれてしまう。

ああ、本当は二人のように穏やかに愛し合いたい。けれど、私と塁じゃ、やっぱり無理みたい。最近は何をやっても漫才みたいになっちゃう……。

「はぁ……。これが現実かぁ……。ま、喧嘩になるよりはマシか」

そう。二度目の付き合いが始まってから、私たちはずっと笑い合っている。まるで別人と付き合っているみたいに……いや、実際私たちは別人になったと言ってもいいのかもしれない。互いを認め合い、受け容れ、尊敬し……。それが長く続く秘訣だと知った私たちはもはや、かつての私たちではないのだ。

学ぶべきは仕草ではない。二人の世界の築き方や、距離の取り方だ。一度や二度で分かるものではないだろうが、今日はその一端でも学んで帰ろうと誓う。

そのとき、純さんがポケットから小さな包みを取り出した。
「……かおりさん。これ、クリスマスプレゼント。気に入ってくれると嬉しいんだけど」

驚くかおりさんが包みを開けると、中には猫のチャームのついたネックレスが入っていた。

「わぁ……! これって確か『マシュマロにゃんねこ』のショップ限定品だったはず。いつの間に……?」

「な・い・しょ。実はおれも買ったんだ。お揃いでつけれたらいいなって。……どうかな?」

「ああ、すごく嬉しい……。ありがとう、純さん。実はわたしもね……」
 今度はかおりさんが、カバンの中から何かを取り出して純さんに手渡す。

「おっ?! 東京スカイツリーの入場券だ。予約してくれたの?」

「ええ。スカイツリーの中に入っているレストランの席も取ってあるわ。……純さんと、東京の夜景を見ながら今日という瞬間を分かち合いたくて」

「もぅ……。相変わらずロマンチックなこと言うなぁ……。じゃあおれは、夜景の映るかおりさんの瞳を見ていようかな」

「まぁ、純さんったら……。うふふ……」

まさか、いきなりラブラブな姿を見せつけられるとは思ってもみなかった。呆気あっけにとられていると、塁が耳打ちしてくる。

「……おい、ミーナ。あれ、どう思うよ?」
「……正直、恥ずかしい」
「……ああ、オレも。オレたちの存在、忘れられてるよな?」
「……そんな気がする」
「……お前、サプライズって好き?」
「……そんなに好きじゃない、かも」
「……だよなあ。オレも、ああいうのは出来ねえや」

二人のやりとりを見て、真似はできないなあと改めて思う。それでも気づいたことが一つある。それは、二人が常に相手を思いやり、喜ばせようとしているってこと。

それだったら、私たちにもできるかもしれない。今日は、特別なプレゼントは何一つ用意していないけれど……。

「かおりさん。そのレストランって、私たちの席も取ってくれてるんですよね?」

「ええ、もちろん」
 私の問いにかおりさんが答えると、塁は自分と私の服を指さした。

「うわっ、マジー?! オレたち、この格好で乗り込んじゃうわけ?! 追い出されたりしない?」

「大丈夫だとは思うけれど、もし見た目で人を判断して入店の可否を決めるようなレストランだったら、こっちから願い下げだわ」

それを聞いて、一年前の今ごろを思い出す。あのときの私は見た目で人を判断する、本当に「サイテーな人間」だった……。

「あれから一年。少しはマシな人間になれたのかな……」
 つぶやくと、塁にガッチリと肩を掴まれた。

「マシなどころか、サイコーに良くなったよ。だからまたこうして一緒にいるんだろ?」

「塁……」

「おいおい。ミーナにそんな顔は似合わないぜ? 今日はせっかくいい景色のところでディナーができるんだ、サイコーの笑顔で頼むよ」
そう言って先に笑った。

「そう……だよね」

塁を喜ばせる方法。それは、特別なプレゼントでもサプライズベントでもない。笑顔でいることだと知る。たったそれだけのことで、私たちは充分幸せになれる。そしてそれがきっと、私たちを長続きさせてくれる、魔法のアクション。

私は笑った。とびきりの笑顔で。塁の顔、そして、見える世界のすべてが、今までで一番輝いて見えた。

ーーendーー


💖物語を最後まで読んでくださり、ありがとうございます(^-^)💖
後日、「クロス×クロス」の執筆後記で、本作の制作秘話、裏話などを公開できたらな、と思っています。そちらもぜひ、読んでみてくださいね(^^)

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