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SS【終の住処】687文字


彼女は本当に寂しがり屋だ。

ぼくがトイレに入っていると、自分がしたいわけでもないのにノックしてくる。

返事をするとノックをやめる。


部屋で小説を書いていると、用もないのに部屋の扉をゆっくりと開ける。

用もないのに廊下を行ったり来たりもする。


わざわざ家の外からぼくの部屋の窓をノックする時もある。

ぼくの部屋は二階である。


彼女は少し情緒不安定な所があって、特に何かあったわけでもないのに、使っていない隣の部屋で急にシクシク泣き出したり、台所で皿やコップを投げつけて割ったりすることもある。

そうかと思えば勢いよく階段を駆け上がってみたり、鏡に映ってぼくを驚かすこともある。


彼女からすると、ぼくは突然押しかけてきて居座った知らないオジサンみたいなものだから仕方ないのかもしれない。

でも慣れというのは怖いもので、今ではなんとも思わなくなった。

時間のある時はぼくの手料理をふるまったり散歩に誘うこともある。

ぼくはどちらかというとあまり出歩かない人間ではあるが、そのうち一緒に旅行にも行ってみたい。

彼女は出会った時と比べれば、いくぶん穏やかになった気もする。


ぼくは何十年もずっと一人暮らしをしている。

田舎にあるこの中古の家に一人で引っ越してきて三年。

この場所を終の住処に選んだことを後悔はしていない。


過去にこの家で凄惨な殺人事件があったことは最近知った。

その犠牲者である彼女と知りあえたのも何かの縁だろう。


最近はぼくに過去の色々な話を聞かせてくれるようになった。

おかげで執筆がはかどっている。

いつかぼくがこの世を去る時が来たら、ついでに彼女も連れて行こうと思う。

きっとそれが彼女のためにもなる。


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