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秘密のカレー

 よしこは小学二年生の頃、同級生のゆうこの家に遊びに行くことが大好きでした。よしこのおかあさんは昼間働いているので、家に帰っても淋しかったし、ゆうこもよしこが遊びに来ることがとても嬉しかったので、いつも誘っていました。授業が終わると、ゆうこがよしこに言います。
「よしこちゃん、今日うちにおいでよ。ママが今日はカレーにするから、よしこちゃん誘ったらって」
 よしこは嬉しくなって返事をします。
「わあ、嬉しい。ゆうこちゃんのママのカレー、とっても美味しいんだもん」
 そうなのです。ゆうこはカレーの日によしこを誘っているのです。よしこはゆうこのおかあさんが作るカレーライスが大好きなのでした。二人で帰ると、ゆうこのおかあさんがよしこの家に留守電を入れてくれました。夕ごはんの時間まで、宿題をしたり、塗り絵をしたり、テレビを見たり…。二人はとっても仲が良いのです。だんだん美味しい香りがしてくると、
「カレー、出来たわよ」
 ゆうこのおかあさんの声がします。二人は飛び上がってテーブルに走っていきました。
「ゆうこちゃんのママのカレー、本当に美味しい。どうやって作っているの?」
 よしこは一度聞いたことがありました。
「それはね、秘密。ちょっと魔法かけてみたのよ」
 ゆうこのおかあさんは、まじめな顔をして言った後に、ほんの少し笑いました。
「魔法かあ。秘密のカレーだね!」
 よしことゆうこは大はしゃぎしながら、カレーをお代わりしました。
 ごはんの後しばらくすると、よしこのおかあさんが迎えにきました。家庭菜園で取れたトマトやきゅうりを持っています。
「いつも本当にすみません。うちの子、ゆうこちゃんのおかあさんのカレーが大好きっていつも言っていて。ありがとうございます」
 おかあさんはそう言って、よしこと手をつないで帰るのでした。
「ゆうこちゃんのママ、ごちそうさまでした。ゆうこちゃん、また明日ね」
「また明日ね、よしこちゃん」
 カレーを食べた日は、二人とも、夜はぐっすり眠りました。遊び疲れていたのです。
 小学校の四年生になった時、おとうさんの転勤が決まり、よしこは引っ越すことになりました。とっても遠くです。もうゆうことは簡単には会えなくなってしまうくらい遠いところでした。明日には引っ越すという日、ゆうこはよしこをカレーに誘いました。
「もう一緒に食べられなくなっちゃうね」
 よしことゆうこは淋しくなって、カレーを食べながら泣いてしまいました。
「秘密のカレーの魔法、知りたいなあ」
 よしこがつぶやくと、ゆうこのおかあさんが言いました。
「秘密、教えてあげるわね。それはね、牛乳とチョコレートを入れているのよ」
 よしことゆうこは二人で声をそろえて、
「へえーそうなんだー」
 と言いました。二人にとって、それはすごい魔法でした。

 よしこは高校生になりました。ゆうことは、時々手紙を交換したり、電話で話したりしています。ゆうこと別れた日の夜、よしこはおかあさんに、ゆうこのおかあさんの魔法を話しました。よしこのおかあさんは、にっこり笑ったきり、何も言いませんでした。大分たってから、よしこのおかあさんもカレーに牛乳とチョコレートを入れていることを知りました。それは魔法でもなんでもなく、どこの家でも普通にしていることだったのです。魔法は、カレーに何を入れているかではなく、友達の家で一緒に食べることそのものだったんだと、よしこは今思っています。でも、二人で食べたカレーの味を忘れることはありません。魔法のかかった秘密のカレーだと信じていたころの楽しい気持ちを思い出すたび、将来、自分の子どもにも、秘密のカレーを作ってあげようと思うのです。どんな魔法がかかっているかは内緒にして。