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若様の杖

 うちの若様は今日も狩りにお出かけだ。毎日のように狩りばかりに出かけて、よく飽きないものだ。結局私も、若様のお供で毎日狩りに行くことになる。まったく、退屈で仕方がないよ。私が行っても特にすることは何もないのだし、役にも立たないんだ。かえって足手まといなのではないのかと私は思うのだけど、若様は私に留守番をさせる気はまったくないようだ。というのも、若様は私がいつか役に立つと信じているからなんだ。私が魔術を使うことができると、本気で信じていらっしゃる。若様が危険にさらされたときに私の魔術が若様を救うと思っているんだ。先祖代々、そう言い伝えられてきたのだから仕方がないのだけど、実は私は魔術なんかまったく使えないんだ。教わったこともないし、使ったこともまったくない。とっても困ってしまう。
 やっと、若様が帰り支度を始められたようだ。今日もなんとか無事にすんで、本当に良かった。こんな毎日、ストレスが溜まる一方だよ。
 若様は立派なお座敷でお夕飯を召し上がる。そんなときも私はいつもお側にいる。若様が私を休ませてくれないんだ。黙々と豪勢な食事をし続ける若様と、お側に黙々と存在し続ける私。なんて不釣り合いなんだ、と私は思うのだけど、若様は気にしている様子もない。
 食事が終わると今度はお狩り場情報のテレビを真剣にチェックしていらっしゃる。この分じゃ明日もまた狩りにお出かけだな。ということは私もお出かけだ。早く寝かせてくださいよ、若様。
 私が何者かって顔をしているね。私も実は若様なんだ。深い深い森の中で育ったのだけど、そこは確かに魔術の森と言われていて、そこで育つと魔術が身に付くってね。でも、ただ身に付くわけじゃない。やはりきちんと教えてもらわなければいけないんだよ。私が小さいときに教えてもらうはずだった長老が、ある日突然切り倒されてしまったから私は教えてもらうことができなかったんだ。森のみんなは長老をあてにしていたから、それからは魔術を教えることの出来る者は誰もいなくなってしまった。私は森の王様の息子だったから、若様ってわけなんだけどね。
 ところがある日、今の若様が森にやってきて、いきなり私を切り倒すようにと家来に命じたんだ。長老を切り倒したのも若様だった。若様は長老を切り倒すと、森から魔術が消えてしまうってことをご存じなかったんだと思うよ。実際、それを知っているのは森のみんなだけだったからね。だから私が森の跡継ぎだってことも知らないはずだよ。それで私は切り倒されて若様の杖になったんだ。先に杖になっていた長老は、年を取っていたから、すぐに折れて使えなくなってしまったらしい。長老だったら魔術を使うことができたのに、私では役に立たない。でも、この国では魔術の森の木で杖を作ると、自分の身を守ってくれるってことになっている。本気で信じている若様がかわいそうになってきたよ。
 若様のシャワーのお時間だ。私もやっと休ませてもらえるらしい。今日も一日お疲れさま。
 だけど私は若様がとても好きなんだ。長老を切ってしまったときはとっても悲しかったけど、若様は何も知らなかったのだから、仕方がないと今は思ってる。若様は私をとても大切にしてくれるし、私もなんとかして若様のお役に立ちたいのだけど、どうにもならないな。若様、申し訳ないです。
 さて、私もそろそろ寝るとするか。でもさっきから変な物音がしているな。とても気になる音だけど、どこから聞こえてくるんだろう。これ、人間には聞こえない音かも知れないな。私たち木だけが聞こえる音。だんだん近づいてくる。シャワー室の方へ向かっている。若様が危ない。でもどうしたらいいんだ。私には何も出来ない。えい、こうなったらどうにでもなれ。あれあれ、体が浮いていく。どうしたんだろう。若様、危ない。
 私の目の前にいるこの男。ピストルを片手に倒れているけど、一体何者なんだ。気を失っているようだけど。若様の家来たちが慌てている。若様はご無事だったのだろうか。若様一大事のこんなときにも、私はやっぱり役に立たない、使い物にならない杖なんだ。自分が本当に情けなくなってくる。いつになったら、若様のお役に立てる日がくるのだろうか。今夜も落ち込みが激しくなりそうだ。それにしてもなぜだろう、体がとても痛い。誰かに殴られたみたいだ。
 そんなある日、世界で一番南にある国からの使者がやってきた。一番南ってどれくらい遠いのか私にはさっぱりわからないけど、でもかなり遠いということは事実だ。使者はかなり疲れていたし、日焼けもしていた。使者達が持ってきた献上品は黒光りのする銃だった。うちの若様の喜びようったらなかった。使者達に、いつも若様が召し上がっているのと同じくらい豪勢な食事を振る舞っていたし、豪華なベッドに羽根布団がうず高く積み上がっている、一級のお客様用の部屋に案内させていた。そこには、専用のシャワールームだってあるし、キッチンもある。庶民だったら充分生活出来る部屋なんだ。私はため息が出てしまった。でも若様の喜びは私の喜びでもある。一緒に喜ばなくては。ああ嬉しい。
 あくる日は、その使者を伴っての狩りだ。若様はご自分の国のお狩り場がご自慢なんだ。使者に貰った銃も、もちろんお持ちになった。当然私もお供する。いつものことだ。若様は銃の性能を早く試したくて仕方がないらしい。いつもより早く馬を走らせていらっしゃる。私は振り落とされそうになりながらも必死で若様にしがみついていた。あれどうしたんだろう、体がまた浮いてきたぞ。ああ若様、あの使者が若様を狙っている。どうしたらいいんだ。体が引きずられる。お助けしたいよ、若様。
 すごい音だった。使者が私の前に転がっている。何が起きたんだ。若様が泣いている。どうなさったのですか、若様。
「私の大切な杖が私を助けてくれた。最初に森で手に入れた老木の言った通りだ。老木は私を助けようとして折れた時、私の心にこう言った。森の若木の下に埋めてくれと。そうすればその魔術が若木の体に宿り、その若木で作った杖が、私の命を救うだろうと」
 若様、今なんとおっしゃいましたか。そうだったんですか。だからわざわざ私で杖を作ったのですね。若様はみんなご存じだったんだ。こんな力がない私でも、若様のお役に立てるのだと思うと、とても嬉しい。でも、この間のピストルを持った男といい、この使者といい、本当に私がやっつけたのですか。信じられないなあ。でも長老がそう言っていたのなら、きっとそうなのだろうな。若様のこと、ますます好きになったよ。これからも若様のお役に立てるように頑張るよ。だからずっとお側に置いてくださいね、若様。