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「おもしろさを大事に、"不要不急な"福祉を」特別なスキルやがんばりがなくても、誰もが気軽に参加できる社会へ

このインタビューシリーズでは、アジア各地で社会課題解決に取り組む人々の声や生き方をお届けします。

しょうがいのある方へのヘルパー派遣事業を営む、NPO法人「月と風と」。2006年の設立以来、場づくりや仕事づくりを通して、地域のみんなが交流できる機会をつくり続けています。代表の清田仁之(まさゆき)さんに、事業を通じてどういう世界を実現したいのか、伺ってきました。

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福祉の現場でも「不要不急な」ことを

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(「『月』のように、誰かの力を借り、誰かの道を照らす。『風」』のように、楽しく優しい音楽を奏でる。一人ではなく、みんなで一緒に。」公式サイトにある詩のように美しいこの文章は、清田さん自ら書かれたそう)

ー 清田さんは元劇団員で、お笑いと阪神タイガーズをこよなく愛されているとお聞きしました。そんな清田さんがNPO法人「月と風と」を設立された経緯を教えてください。

最初は規模の大きな福祉施設に就職して3年ほど働いたのですが、ちょっと物足りなくなってしまったんですよね。なぜかというと、その施設は政府の助成金を受けて運営しているので、規定外のことをしてはいけない決まりになっているからなんです。

福祉というのは不要不急じゃないんですよ。生存に必要な、エッセンシャルなことなんです。食事をして、排泄をして、入浴をして、睡眠をとる。

でもね、たまには誰かと一緒におしゃべりしながらご飯を食べたり、お風呂に入ったり、どこかに出かけて楽しいことをしたり、したいじゃないですか?僕たちの生活って、不要不急なことに満ちているから、おもしろいんです。コロナ禍でみんな、このことに気づいたんじゃないですかね。

楽しんだりおもしろがったりする時間を持てると、気持ちが豊かになって、将来に希望を持てるようになる。福祉の現場でも、そういうことをしたい。

だから、自分でNPOを立ち上げることにしました。

ー NPO法人「月と風と」の事業内容を教えてください。

「ヘルパー派遣」「場づくり」「仕事づくり」をやってます。

「ヘルパー派遣」が収益源となる事業で、現在30名ほどの方に利用してもらっています。利用者さんは重いしょうがいがある方や、コミュニケーションをとるのが難しい方が多いですね。

「場づくり」では、しょうがいのあるなしに関わらず、地域のみんなが楽しく交流できる機会をつくるため、さまざまな企画やイベントを行っています。

「仕事づくり」では、2019年に「ふくる」というチャリティショップを立ち上げました。

「表情がやわらぐ時間を共に過ごせば、お互いを身近に感じるようになる」場づくりを通して、清田さんが実現したいこと

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(お風呂上がりにみんなでパチリ)

ー 清田さんがつくりたいのはどんな「場」なのでしょうか?

地域のみんなで集まって、ワイワイ楽しくやれる場をどんどんつくっていきたいなあと思ってます。

一緒に銭湯に行ってお風呂に浸かったり、アートで表現したいものを持ち寄って発表しあったり、お寺で書道教室を開いたりしてます。

気持ちよかったり楽しかったりすると、みんな表情がやわらぐでしょう。福祉の現場でも、そういう表情に出会う機会がよくあるんですよ。「あ、いい気持ちなんやなあ、楽しいんやなあ」って。そういう時間を共有すると、お互いをもっと身近に感じるようになりますよね。

新喜劇に、車椅子マラソン「ミーツ・ザ・福祉」をみんなで楽しめる地域イベントに

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(「ミーツ・ザ・福祉」実行委員のメンバーたち)

ー 2017年から尼崎市からの受託事業として「ミーツ・ザ・福祉」というイベントの運営もされているとお聞きしました。どういったイベントなのでしょうか?

以前は福祉関係者向けのイベントだったのですが、それじゃあもったいないなと。せっかくなら、福祉にまったく興味がない人にも来てもらえるようなイベントにしたいと思ったんですよね。

企画を考えていくなかで、市役所の職員さんに元芸人の方がいたこともあって、じゃあ新喜劇をやってみようかってなりました(笑)。

ー 福祉イベントで新喜劇、新鮮な組み合わせですね。

しょうがいのある方にも「笑いをとりたい、ウケたい」って方はいるんですよ。でもね、彼らが話をするとなると、みんな「ちゃんと聞かなくちゃ」ってなるから、ふざけたことをいえなくなっちゃう。だから、そういう場をつくろうとなりました。

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(新喜劇でのひとコマ)

ー ほかにはどんな企画があるのでしょうか?

車椅子マラソンっていうのもあります。

ひそかに24時間テレビへのアンチテーゼだと思ってます(笑)。あの番組ってランナーたちがめちゃめちゃがんばってますよね。あそこまでやらないとベッキーに会えないのかよっていう(笑)。チャリティ活動への参加ハードルを、そんなに高めなくてもいいんじゃないのって思っちゃうんです。

車椅子マラソンでは人に押してはもらうけど、押してくれる人は自分で探すっていうのがルールです。必要なときに人にヘルプを求められるってすごく大事なことだし、さっとヘルプを差し出せる人がもっと増えたらいいですよね。

やりたいことを諦めず、気軽に口に出せる場を

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(「月イチ現代美術」でのひとコマ。右端で笑っているのが清田さん)

ー 場づくりをするなかで印象的だった出来事があれば、教えてください。

新喜劇の本番を終えて打上げをしていたときにね、ある人が僕にこういうんですよ。「清田さん、僕、お笑い芸人になりたいんです。どうしたらいいですかね?」って。「じゃあ、やっぱりオーディションとか受けるといいんちゃう?」なんて話してたんだけど。

きっと、その方にはずっとそういう想いがあって、でもこれまでは諦めちゃってたと思うんですよね。今回挑戦してみたことで「もっとやってみたい」ってなったんでしょうね。嬉しかったですね、それはすごく。

しょうがいのある方って、いろんなことを諦めてきてるんです、小さい頃から。だからね、だんだん言わなくなっちゃうんです。僕らからするとすごく簡単なことでも、最初から諦めちゃう。

僕らが企画するイベントでは、みんながやりたいことを気軽に口にできる場にしたいって思ってます。誰かがなにかをやりたいっていったら、絶対否定しないっていうのは決めてますね。

「気軽に参加できる労働の場を」チャリティショップふくる

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(ふくるはコープ店内のスペースにある。スタッフのシフトにより変わるため、営業時間は不定期。いろいろな事情をもつスタッフが「できるときだけやればいい」というスタンスを大事にしたくて、この形態に)

ー チャリティショップ「ふくる」を立ち上げた経緯を教えていただけますか?

しょうがいのある方のやってみたいことランキング、なにが上位にくると思います?1位は「結婚」、2位は「子育て」なんですけど、3位は「アルバイト」なんです。「え、アルバイト?」って意外に思いません?

でね、なんでか聞いてみると、「だって楽しそうじゃないですか」っていうんですよ。たしかにアルバイト情報誌のCMって、同世代で賑やかな雰囲気のが多いですよね。

しょうがいのある方にはアルバイトのような「気軽にできる労働」っていう選択肢がないんですよね。作業所とか、非常に限られてくる。車椅子の藤原くんという子がいるんですけど、彼から作業所での仕事が月100時間でお給料が2,000円だって聞いて、それにも驚いたんです。いくらなんでも安すぎるやろと。

これはなんとかしたいと思って、彼にやりたいことないの?って聞いたら、ファッションに興味があるっていうから、じゃあチャリティショップ(*)をやってみようってなって。

*チャリティショップとは「市民から寄付された、まだ使える物品をボランティア等の協力を得て販売し、その収益を非営利活動に活用する」仕組みのこと。日本チャリティショップネットワーク(JCSN)公式サイトより抜粋。

クラファンで資金を集い、チャリティーショップ発祥の地イギリスへの視察

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ー ロンドンに視察に行かれたとお聞きしました。

藤原くんに「チャリティショップの元祖はイギリスらしいから、見に行こうよ」っていったら、「いけるわけない」っていうんです。「なんで?」って聞くと「車椅子の自分が外国に行くなんて、無理でしょ」って。

それ聞いて、もう絶対連れてったると思って。クラファン立ち上げて、資金集めて、行きましたよ、イギリス。

ー 現地ではどのようなことを感じましたか?

寄付やボランティアが根付いていることに驚きました。イギリスで「この1週間で寄付かボランティアをした?」って聞くと、8割以上が「イエス」と答えるらしいんです。

イギリスにはチャリティショップが16,000店舗もあるんです。国土は日本の半分ぐらいなのに、ローソンと同じくらいの店舗数なんですよ。

まるでコンビニに行くような身軽さ、身近さで、寄付やボランティアが行われている。ハードルがめちゃくちゃ低いんですよね。宗教的な背景もあるとは思うんですが、日本でももうちょっと間口が広がったらいいな、って思っています。

福祉の現場のおもしろさや魅力を伝える、「通訳」のような役割も

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ー 清田さんがNPO「月と風と」を立ち上げられてから、15年。そのなかでみえた変化や課題、今後の展開などを教えてください。

福祉というと、真面目に取り組まなくちゃいけないというような、シリアスな空気がありますよね。もちろんそうなのですが、それだけでもないんです。

福祉の現場では、心が動かされるような人生ドラマが日々起きています。僕たちの仕事には通訳のような役割もあるんじゃないかなと感じていて、そういう豊かさやおもしろさを伝えていきたいんですよね。

地域で活動をしてきて、以前よりはそういう魅力が理解されつつあるなあという実感はあります。でも、だからといって、積極的に福祉の現場に関わってくれる、というところまではいっていないんですよね。そこがちょっともどかしい。

特別なスキルや経験がなくても、めちゃくちゃ頑張らなくても、福祉のNPOができる。コンビニに行くような気軽さで、寄付やボランティア、チャリティ活動に参加する。そういう世界がいいですよね。これからも活動をつづけて、尼崎をそういう場所にに近づけていきたいですね。

ー アジアの社会イノベーターたちへのメッセージをお願いします。

福祉や寄付、ボランティアなどをがんばりすぎずに普通にできる。そういうことを実現できている団体があったら、ぜひどんな取り組みをしているのか知りたいですね。お互いに学びあえたら、と思います。

<写真提供> NPO法人「月と風と」

◎NPO法人「月と風と」:ホームページInstagramFacebook

◎「チャリティショップふくる」:ホームページ

著者:森川裕美(もりかわゆみ)。ソウル在住6年。通訳案内士(英語)/ライター。小6の母。本が大好きで、1年で150冊前後読みます。コロナ禍でランニングを始め、ラジオを聴きながら漢江沿いを走っています。
発行:IRO(代表・上前万由子)
後援:ソウル特別市青年庁・2021年青年プロジェクト(후원 : 서울특별시 청년청 '2021년 청년프로젝트)
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このインタビューは、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、オンライン会議システムを利用し進行しました。

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