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誤謬について

大晦日に続き2021年の元日も東京は随分と晴れ渡る爽快な空模様だったが、相変わらず日が翳(かげ)り始める頃には随分と冷え込むことに変わりはない。

ちょうど気温が落ち込む夕暮れ時に大学の教員たちが訪ねてきてくれたので、ストーブに火をつけながら「この時期、時刻も夜ほどになると外に出ようとするのはせいぜい喫煙者と野良猫くらいでしょう」と言ったところである別の種類の疑問が頭に浮かんだ:

たまに「喫煙者の対義語は何でしょう」と尋ねて「禁煙者」と相手が間違えることを待ち構える人たちがいるが、今しがた自分が発した言葉の中の「『野良猫』の対義語は何だろう?」、と素朴にそこで考えた。おそらく対義語となる言葉は「飼い猫」である。が、しかし、よくよく考えてみると飼い猫という言葉は厳密には「その猫を飼っている人から見た猫のこと」を指すのではないか。ちょうど「禁煙者」はあくまでも喫煙習慣のあった人間がタバコを吸わなくなったことのみを指しているように。

だから部外者があらゆるペットとして飼われている猫を表現する場合、本来それは「飼い猫」とは呼べず「飼われ猫」ということになる。しかし「飼われ猫」は日本語として果たして人に通じるのかという問題が次に浮上する。だからここで飼い主を登場させると「飼っている」という動作主が言葉の前に来るので厳密にはわざわざ

田中さんの + 飼われ猫

と言う必要はなく、

田中さんの + 飼い猫

で良くなることがわかる。

だがこの言葉の合成のジレンマは所有格「田中さん(の)」を省く場合、「飼われ猫」という言葉を用いるには用法に認知度が足りず、「飼い猫」単体となると文法上の誤りを含むこととなる。ゆえに文法上の正しい表現は「田中さんの飼い猫」となるはずだが、他者からその猫を見た場合、依然「田中さんの飼われ猫」と言ったとしても「田中さんに飼われている猫」を表しているので間違いではないが、変である。

目下思いつく解決策は「飼い猫」もしくは「飼われ猫」のことを単純に「家猫」と呼ぶことであるかもしれないが、飼われている猫のことを家猫と呼んでいる人に会ったことはあまりない。それを言うならそういえば最近、喫煙者にも滅多に会わなくなった。

( 文・西澤 伊織 / 写真 ・sebastianphotoさん )

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