Do you choose Dooh?
即断即決という特性がある。旅先の土産屋でもスーパーの陳列棚でも、さっくり歩けばレジに向かえる。就活用の写真撮影でも最後の1枚を残す作業が早すぎて写真屋さんを焦らせたことがある。要は後先考えずに突っ走ってしまうのだ。ドッグランに放たれた犬のように。
そう自己紹介しつつ、選ぶのに半年かかった買い物があった。布と綿と刺繍糸でできたそれを、人はぬいぐるみと呼んでいる。厳密にはふわふわ抱きぬいぐるみとぽてはぐクッションと名付けられている。
一昨年発見されたドオーというポケモンがいる。
ずんぐりむっくりした胴体に胴長短足犬よりも短い足。波打つ口とアイコニックな丸い模様。ちなみにこの可愛らしい丸からはとがった骨が飛び出す。そしてすぐ引っ込む。
このつぶらな瞳に株式会社ポケモン自身も魅了されたのか、物凄い数のぬいぐるみ、フィギュア、文房具その他もろもろが世に放たれている。その子たちはポケモンセンターを旅立つ間際に日本銀行券を集めてくる習性があるらしい。そうして生みの親に恩返しをした後、温かな家に辿り着いた丸きポケモンは、各々のトレーナーに愛されて生きていく。
めちゃくちゃ息づいている。
生存競争に可愛さで勝利したとげうおポケモンは、触り心地や大きさ、三次元と二次元問わず多様な形で私たちのすぐそばに現れている。君もどこかで視界に入れたことがあるはずだ。具体的には、昨日行ったコンビニの食玩棚とか。
だから自分の"一匹"を選ぶことに長いこと悩んだ。過去と未来に跨がる厳選だった。この先現れるまだ見ぬドオーか、もうすぐ売り切れてしまうグッズ展開黎明期のドオーか。時には君は違う、別の家に行くべきだという切ない選択を繰り返した先に辿り着いたのが、「ふわふわ抱きぬいぐるみ」と「ぽてはぐクッション」だった。そこからどうにも決められないうちに秋は終わり冬も過ぎて、春の真っ只中にいる。
二匹の可愛さを整理してみよう。
「ふわふわ抱きぬいぐるみ」の特徴
触り心地は折り紙付き(ただし人気すぎてポケセンにいたことがないので本当の触り心地はまだ知らない)
5000円でおつりが来る
毛長族。本来のドオーはぬるっとしている。毛長ドオーとして接するべきである
「ぽてはぐクッション」の特徴
クッションだから衝撃に強そう
こちらもポケセンで見たことがない、人気すぎる
6600円。ちょっと高い。ただしその他小売店では5000円台で売られている
本来のドオーに近いぬるっとした肌を持つ。それ故触り心地は容易に想像できる。さぞやさらっとしていることだろう
どちらも違ってどっちも良い。二匹飼えば良いとも思いかけたが、それでも最初の一匹を自分の一手で決めたかった。それがポケモンのお約束だ。自宅の床面積の都合もある。体重が223.0kgもあるドオーはぬいぐるみになっても大きいのだ。
先に飼い始めたお友達曰く、極上のふわふわした毛を持つ子はひと撫でするだけでたちまち虜になり、片時も離したくなくなるらしい。単純なのでころっといきそうになった。
そんな時に出会ってしまった。遠出した先、ふらりと立ち寄った京都のポケモンセンターで、ぬるっとした子たちと。
水族館のオオサンショウウオのように幾重にも折り重なって息をひそめたその子たちは、思いの外存在感がある。そっと手を繋いでみるともちもちしている。ぬるりとした肌が想像していた彼らそのものだ。
その日は実質料金500円のカプセルホテルに泊まる予定だったので、一緒に眠るにはやや苦しいと理由をつけて見送りつつ、遂に一匹を決めてしまったかもしれないと胸をときめかせながらポケセンを飛び出した。そうしてパン屋の袋を振り回しながら烏丸通を喜び歩いた。京都のパンは本当に美味しいので訪れた際は3食中2食をパンにするようにしている。1食は勿論高倉二条系列のラーメンである。実は小麦に強い都なのだ。
カプセル内は暇だったのでアンケートをとってみた。
充分に腹落ちした場合以外で人の意見に左右されることはないが、こうも思った。私はまだふわふわのドオーの触り心地を知らない。片方とだけ出会ってそのまま盲目的に愛を育んでも良いだろう。しかしそれは毛長の子に対して不誠実ではないか。
手の届かない場所にいる(実店舗完売、オンラインサイトのみに在庫あり)なら知る術を持てないことは仕方ないとも思う。同じシリーズの子たちを店頭で撫でて、あの平たい背中の触り心地を想像してみたりはした。普段使いのマフラーと似た触り心地かもしれない。それならドオちゃんに毛を求めなくても良いのではないか? いやしかし。
ポケモンセンターの通販は時折おまけをつけることがある。とりあえず次のおまけが発表されるまで結論を先送りにすることにした。願わくば二匹とも売り切れませんように!
カレンダーが何枚もめくれて、時は3月中旬。梅は咲いているけれど桜はまだまだ、造幣局の桜の通り抜けか、万博記念公園か、花見の場所をぼやぼや考えている頃に機は訪れた。
心斎橋のポケモンセンターにいてくれたのだ、毛の長いあの子が。薄茶色の頭がいくつも丸々と並んでいる! 土曜日のご機嫌な小学生みたいな速度で棚に近づく。そっとしゃがみ込んで手を伸ばしてみる。
ひと撫でしてわかった。
君にきめた!
こたつ布団もソファもクッションも、この子のためにあったのかもしれない。ここは静かな沼地です。こたつの中から顔を出す時も布団の波に乗ってたゆたう時も常にあたたかであってくれ。
こうして迎えた丸こい子を膝の上にのせて、背中を撫でていると思い出した感触があった。くり返し顔とお腹を探り、抱きしめると懐かしい感覚が蘇った。
ダックスフンドのダっくんに似ている。
私は実は犬派なのだが、その理由の一つに犬を飼っていたという過去がある。チワワブームの真っ只中にやたらしっぽを振っているという理由で我が家にやってきた可愛いお犬は、田んぼでカブトエビを捕まえていた時も超暗黒社畜時代の真夜中でも背中を撫でさせてくれた優しい犬だった。今は静かに土の中で眠っている。実家に二代目の犬は来たが、そこを離れた私は生き物を撫でる習慣をなくしていた。
最後にあの子を撫でてから何年も経っているから感触なんかはうろ覚えだ。だからそうだなと思うのかもしれない。
ダックスフンドのダっくんの撫で心地に似ている。
ふるい名前を呼びかけてやめて、主な生息域はこたつ周辺にしようと思っていたのに、やわらかな子を小脇に抱えた私は寝台に潜り込んでいた。片手で包むように抱いて目を閉じる。ダっくんは抱きしめても気まぐれに布団の外に逃げ出していたが、ドオーちゃんは静かに佇んだままだった。
ダックスフンドと別れてから後悔していた出来事が二つだけある。
一つは最後に会った時、別れ際に頭を撫でなかったこと。目が見えなくなっていた彼は誰かを探す時に吠え続ける癖がついていたから、穏やかに座っている姿をドアの隙間から眺めた時、もう一度触れるのを少しだけ迷ってやめて扉を閉めてしまったのだ。
もう一つは大昔、枕の真上に流した髪の中で眠っていた犬を起こしてしまったこと。ダっくんが私の近くで眠ることはほとんどなかったのに、後にも先にもそんな機会は二度と訪れなかったのに、微細な何かが移りそうだなと髪を除けると、彼はのそりと起き上がって遠くに行ってしまった。
ドオーは動かない。ぬいぐるみはぬいぐるみだ。だからずっとそばにいていくれる。
柔らかく静かな子を抱きしめて眠った夜が明ける。次に目が覚めると、枕の真上にドオーは機嫌良く横たわっていて、私はそこからずり落ちるようにして朝を迎えていた。
おまけ 犬ブロマイド
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