星の王子さま(図書係の思い出)
小学5年の2学期に入ってすぐ、班替えがあって島田さんと同じ班になった。男子2人、女子3人の班で、班長は私だった。
学活のとき、どの班がなんの係活動をするのかを決めることになった。
まず班ごとに話し合いが行われ、私は班員に「お楽しみ係がええんじゃないん」とすすめた。お楽しみ係とは、お楽しみ会を企画・運営する係で、男子のあいだで人気があった。
「読書の秋じゃけ、図書係にしようや」
さっそく島田さんが立ちはだかった。図書係の仕事といえば、学級文庫の整理くらいだ。
「いやじゃい、そんな地味な係」と私は突っぱねたが、島田さんは引きさがらない。低学年のころ同じクラスだったので、勝気な性格なのは知っていた。
「じゃあ、多数決にしよう」と島田さん。私は班員の顔を見まわしてマズイと思ったが、島田さんの目論見どおり、女子全員の支持により私の班は図書係に決まった。
班長である私をさしおいて、島田さんが仕切りはじめるのに時間はかからなかった。
朝の読書のとき、私は漫画を読んでいた。日本史の学習まんがや『はだしのゲン』など、図書室にある漫画はあらかた読みつくして、私はおどろおどろしい表紙の『墓場鬼太郎』を手にしていた。
妖怪と戦う正義のヒーローであるアニメの鬼太郎とはまるきり違った。
鬼太郎は幽霊の子で、墓場に埋められた母親の死体から生まれた。地中からはい出す赤子の顔はひどくみにくい。
目玉の親父は、ドロドロに溶けた父親の死体から目玉が落ちて生き返ったのだった。
アニメが隠していた大人の世界にふれた気がした。夢中になって読んでいると、本を取りあげられた。
「図書係なんじゃけ、小説を読みんさいや」
仕切り屋の島田さんだ。代わりに渡されたのは、『星の王子さま』という本だった。
「ああ、これ? 映画版なら見たことあるわ」と私。島田さんはぽかんとしていた。
家に帰ってパラパラとめくってみると、アフリカからきた口ひげの王子でなく、金髪の小さな王子様の挿し絵が目に入った。
サンテグジュペリの『星の王子さま』は、エディ・マーフィの『星の王子 ニューヨークへ行く』とは別物のようだ。知ったかぶりをした自分を思い返し、顔が熱くなった。
それから毎朝、島田さんに「本、読んだ?」と訊かれるようになった。
私はそのたび「きのうは『ドラゴンボール』読んだ」「きのうは『ダイの大冒険』読んだ」と答えて怒られた。
そのやりとりが毎日つづくと、島田さんは少しかなしそうな顔をするようになった。
文字ばかりの本を読むのはおっくうだった。漫画以外の本は、2年生のとき『わかったさん』というお菓子づくりの童話にハマっていらい読んでいない。
……と、ここで思い出した。その『わかったさん』をすすめてくれたのが、ほかならぬ島田さんだった。
あっという間に全巻を読み終えたのを思い出し、『星の王子さま』にも手をつけてみようと気が変わった。本格的な小説を読むのははじめてだったが、おもしろくてすらすらと読めた。
王子さまはとても小さな星に住んでいて、一輪のきれいなバラを愛していた。バラは気むずかしい性格でお高くとまっていた。
王子さまはバラに言われるがまま水をあたえ、冷たい風から守るためつい立てをたてた。
夜にはガラスの鉢をかぶせてあげたが、バラはわざと咳をして嫌味をいった。王子さまはバラにふりまわされてつらい思いをした。
王子さまは星を出る決意をする。出発の日、バラにさよならを告げると、バラは怒るどころか「あなたを愛している」と打ち明けた。
王子さまの幸せを願い、「4本のトゲがあるからトラがきても恐くない」と強がった。
バラに背中を押され、王子さまは旅立った。
半分ほど読んだところで、私ははたと気づいた。
島田さんが私におせっかいをやき、きつく当たってくるのは、私のことが好きだからではないのか。バラの態度が好きの裏返しであったように。
乙女心を理解すると、私も島田さんのことを意識するようになった。
「おもろかったで」
翌朝、島田さんに『星の王子さま』を返すと、「感想それだけ? 図書係でしょ」と皮肉を言われた。言葉とは裏腹に、どこかうれしそうな顔をしていた。
「俺のおすすめの本も読んでみてや」と私は得意顔で言った。お互いに好きな本を交換しあえば、仲良くなれると思ったのだ。
「え~、なに?」と興味津々の島田さん。私が『墓場鬼太郎』を手渡すと、「やだ、気持ち悪い!」と本を投げ返された。
――これも愛情の裏返しだ。
私がにやりと笑うと、島田さんの顔は恐怖に凍りついた。
*池澤夏樹訳『星の王子さま』(集英社文庫)を参照した。
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