神龍ーーかぐや姫と願いごとの行方
押入れを整理していると、古い写真が見つかった。幼い私が『西遊記』の孫悟空になりきっている写真だ。
座卓の上に羊の毛皮の敷物をかぶせ、筋斗雲に見立てていた。私はその上に立ち、如意棒がわりの姉のバトンを握っていた。
赤いトレーナーを着て、頭に金の折り紙でつくった輪っかをつけている。壁にはカレンダーの裏にクレヨンで描いた牛魔王の絵が貼ってあった。
たしかこの写真は、『ドラえもん のび太のパラレル西遊記』という映画を観に行って、感化されて撮ったものだ。
同じころ、アニメの『ドラゴンボール』にもハマっていて、孫悟空熱に浮かされていたのを覚えている。
その年は辰年で、6歳の誕生日に両親から龍のぬいぐるみを買ってもらった。熊やパンダなどぬいぐるみは数あれど、龍のぬいぐるみにはなかなかお目にかかれない。
当時の大のお気に入りで、寝るときもいつも一緒だった。立派なナイロンのひげが生えていたが、私がしゃぶったせいでグニャグニャになっていた。
父にお祭りに連れて行ってもらったときも、「神龍」と一緒だった。
神龍とは『ドラゴンボール』に登場する龍のことで、ドラゴンボールを7つそろえると、ひとつだけ願いごとを叶えてくれる。私は龍のぬいぐるみを神龍と名づけていた。
屋台のスーパーボールすくいに挑戦した。水槽のなかを流れる色とりどりのスーパーボールを、金魚すくいのように紙が破れるまですくっていく。
父におねだりして2回挑戦した。景品として大きなスーパーボールを2つもらった。
半透明のオレンジ色のボールで、なかにはラメが散りばめてあった。ドラゴンボールみたいだった。
家に帰ると、神龍の前に景品でもらったドラゴンボールを2つならべた。
あと5つそろえると、神龍が願いごとを叶えてくれるような気がした。
なにをお願いしよう。ファミコンのカセット? 戦隊ヒーローの巨大ロボ? 頭に浮かんできたのは立花さんの顔だった。
立花さんとは幼稚園で一緒だった。年長組でいちばんかわいい女の子で、私はとにかくそばにいたかった。
遠足で岩国の錦帯橋に行ったときも、金魚の糞のようについてまわっていたが、人気者の彼女とお弁当を食べることはできなかった。
大きくなったら立花さんと結婚できますように。
――願いごとはすぐに決まった。
幼稚園のおゆうぎ会で『かぐや姫』の劇をやることになっていた。主役のかぐや姫は立花さんだった。
私はかぐや姫に求婚する貴公子の役をやりたかったが、私の役は月からの使者を迎え撃つ護衛の武士だった。
脇役でも衣装にはお金がかかった。バブル時代の私立のお受験幼稚園で、衣装はサテン地、スパンコールがふんだんにつけられていた。
厚紙を加工してつくった鎧も精巧で、刀は金属製の本格的なものだった。発表は冷暖房完備の体育館で行われた。
美しく育ったかぐや姫のもとに、5人の貴公子が結婚の申し込みにやってくる。5人をあきらめさせようと、かぐや姫は無理難題をふっかけた。
つぎの宝物を持ってきた人と結婚しましょう。
――かぐや姫があげたのは、天竺にあるとされる仏様が使った光る石の鉢や、根が銀、茎が金で真珠の実がなるという蓬莱の玉の枝など、実在するかどうか怪しいものばかり。
私が目をつけたのは、大伴の大納言に頼んだ「龍の首にある5色の玉」である。
家にあるスーパーボールと合わせて、ドラゴンボールが7つそろうと思ったのだ。本番が終わったら小道具の龍の玉をいただくつもりだった。
「私がこの刀で斬って、天に追い返してしまいます」
私のセリフはこの一言だけだった。
屋敷の屋根にあがって刀を振りおろしたが、竹やりも同然。天からの使者の前になすすべもなく、かぐや姫は月へと帰っていった。
おゆうぎ会のあと、大伴の大納言役の西くんに「龍の玉、ぼくにくれん?」と頼んだ。
母親手製の小道具がおしいのか、西くんは渋っていたが、悩んだあげく、
「その刀と交換ならええよ」
私は未来のお嫁さんと引き換えに、武士の誇りを失った。もちろん後悔はない。海老で鯛を釣った貴公子はにんまりしていた。
家に帰ると、私は神龍の前にドラゴンボールを7つならべた。立花さんと結婚できますように。――ドキドキしながら念じていると、母が現れた。「刀はどしたん?」
「……西くんにあげた」
母はまっ赤な顔をして、「あれ、高かったんよ!」
私はこっぴどく叱られた。立花さんと引き換えにしたとは言えなかった。
あんなにお気に入りだったのに、神龍はどこかに行ってしまった。願いごとは叶っていない。
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