なぜすき焼きは「焼き」なのか
すき焼き。
それは、この世で最も美味しい料理でございます。もちろん皆様も、同じ思いをされていることかと思います。異論はないでしょう。あっても認めません。
これまでの人生で「何が食べたい」と言われるたびに、幾度となく答えてきた「すき焼き」と言うこの言葉。でも私は、意気揚々と「すき焼きが食べたい!!」と言う度に、いつも気になっているんですよ。
なぜすき焼きって「焼き」なんですかね。
どうみても、鍋ですよね?
割下に浸かった食材を、みんなでつついて食べる料理がすき焼きですよね?鉄鍋を使って、食材を煮込む料理がすき焼きですよね?だったらどう考えても、すき焼きって「焼き」ではないですよね?それ、「鍋」ですよね?それって個人の感想ですよね?
だから普通に考えて、すき焼きってすき鍋なんじゃないかと思うんですよね。これまで幾度となく「すき焼きが好き」と言ってきたものの、そもそも「すき焼き」と言う言葉が、なんか変な感じがするんですよね。
ただ今はネットでなんでもわかる時代。このすき焼きの「焼き」問題なんて、調べればすぐに答えなんてわかってしまいます。
お。全然しっくりこねぇ。
やっぱ、今のすき焼きってすき鍋じゃね?
語源は分かりましたけど、今のすき焼きと似て非なるものすぎるじゃないですか。
確かに農具の鋤を使って、焼いたのが語源かもしれませんけど、鉄鍋も使ってなければ肉も使ってないものと、語源が同じって事自体あんまり納得できないんですよね。
もはやこの語源を聞くと、「すき」と言う言葉すら使うべきではないんじゃないかと思うレベルじゃないですか。
そして近年新たな勢力により、このすき焼き問題は、さらに複雑になっていきます。
牛すき鍋膳の登場でございますよ。
牛丼チェーン店が、こぞって売り出した牛すき鍋膳。あのお盆に乗っているものは、すき焼きではなくすき鍋なんですよ。鉄鍋に入った、割下に浸かった、牛肉と野菜の入ったあの料理は、すき焼きではなく、すき鍋なんですよね。
そう、この世にはすき焼きと、すき鍋という食べ物があるんですよ。更におそらく多くの人が、牛丼チェーンで食べるすき鍋よりも、すき焼きの方が好きなはずなんです。言葉の意味としては正しいはずのすき鍋より、なぜか焼かれた謎のすき焼きの方が、馴染みがあって好きな人が多いと言う、恐ろしいパラドックスに陥ってるんですよね。
いくら語源を辿ろうとも、いくら理由を考えようとも、すき焼きの「焼き」に対するしっくりした回答を出すことはおそらく不可能でしょう。
鉄鍋を使っているにもかかわらず、なぜ「鍋」ではないのか。その謎は、すき焼きの美味しさでかき消す他、ないのかもしれませんね。
羊肉を焼くものなのに...
鍋...だと...?
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