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随筆(2020/8/31):脳のかゆみ

1.渇望、強迫観念、攻撃性、絶望

やりたいができないことや、
やりたくないのにやってしまうことや、
お願いと称して食い物にされている怒りや、
「カタギの人生をやるには、何もかも出かかりが遅い。詰んだのでは?」という絶望に、
ここしばらく身を焦がしていた。

2.それらは「脳のかゆみ」に過ぎない

しかし、ふと思い出したことがある。

個人的に「脳の炎症」「脳のかゆみ」と呼んでいる現象がある。
何かをしたくてたまらなくなり、何かをするとそのときは治まり、気持ち良くなるが、またしたくてたまらなくなる。というやつだ。
多くの男にとって性欲は欲というより脳のかゆみという側面が強いし、薬物は脳のかゆみを引き起こす。

恋の胸騒ぎも、この文脈で捉えられる。
「双極性障害の気分の山の暴走ですね。脳のかゆみの副作用ですので、他害性が出る前にとりあえず『紛らせて』いつかは『治し』ましょうね
という。

つまり、俺が今苦しんでいる、渇望も、強迫観念も、攻撃性も、絶望すらも、たかが脳のかゆみに過ぎない。

じゃあ、かきむしるな。適正な炎症止めを使え。
つまりは、脳の過剰な興奮を止めるために、リラックスの比重をガリッと増やす。風呂とか超入る。(出来ればサウナや水風呂もキメたいのだが、コロナがあるから難しいところだ)
これを続けていれば、そのうち耐えられるレベルになる。ということだ。

たいてい、かきむしっても、その時はともかく、後でまたかゆくなるぞ。それが快楽であったとしても、生活や周囲がメチャクチャ困ったことになるのなら、それはかきむしらない方がいい。という話は避けられないように思う。
やるべきことは、かきむしることではなく、炎症を止めることだ。
(もっと適正な医学的方法があるのかもしれないが、それは宿題とします)

3.諦めにだけは気を付けねばならない

ただし、諦めにだけは気を付けねばならない。

テンションの低い時は、いかなるふつうの欲求も、感情も、所詮「脳のかゆみ」の一種に過ぎない、と見えて冷めてしまう。
外に出たくない。風呂にも入りたくない。飯も食いたくない。寝たくない。起きたくない。
これ、ひょっとして、鬱の症状じゃないですか?
そうですね。知ってた。

本当にメンタル参ってる時は脳のかゆみすら分からなくなって、思考力も判断力も行動力もなくなるんだからな。脳のかゆみが感じられるだけ、有難いと思おう(思えねえよボゲッ)

そんな訳で、脳のかゆみが、何もしていないのに、気が付いたら鈍く感じられることがある。
これで、気が鎮まっているのでなく、気が沈んでいた場合。
それはかなりヤバイ兆候だ。それにだけは気を付けねばならない。

そんなこんなで、今日も、頑張ります。(無理のない程度に)

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