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辻村深月『傲慢と善良』書評。マッチングアプリでの出会いの本質を抉る小説

9月3日、理沙29歳、広告代理店。ヘッドフォンを持ち歩いてるところが良い。仕事好き。通勤しながら音楽をディグってる。こだわりが強い。

外見7、性格7、価値観7、恋愛観7、趣味8、生活スタイル7、総評7.2。仕事をしっかりしていて、趣味も合う。好きなタイプ。

9月15日、志保31歳、IT営業。あまり自分がなく、趣味が合わない。仕事もなんとなくやっている。

外見4、性格5、価値観3、趣味3、生活スタイル2、総評3.8。スパイスカレーの店でバターチキンカレーを頼んでいたこと、自家焙煎の喫茶店でミルク多めのカフェラテを頼んでいたこと。そういうところが好きじゃない。

以上は、私がマッチングアプリで2ヵ月のあいだに30人近く会ったときに残していたメモだ。1人目には好意はあったが、二度目はなかった。2人目は私から二度目を誘わなかった。

2ヵ月の末、私はある女性と付き合った。総評7.3。1人目の女性よりも若干点数が高い。良い相手と出会った、そう思っていた。だが2ヵ月で別れた。

はじめから好きという感情はなく、条件のチェックリストで選んでいた。それで良いと思っていた。好きという感情がなかったから、条件の先にある彼女の奥底を見ようとしていなかった。

辻村深月による『傲慢と善良』 の主人公・西澤架はひとことでいえば、このように交際候補に点数を付けるような「傲慢」な人間だ。婚活で知り合った婚約者・坂庭真実が突然失踪し、行方を探す。

だが架にとって、真実は70点の相手だった。もっと点数の高い相手がいたが、結婚はしなかった。70点で自分のことを好いてくれていて、チャラチャラした遊びを知らない「善良」な真実が自分を捨てるなんて信じられなかったのだ。

だから事件性があるはずだ、と執拗に個人的な捜査を続ける。

本書の後半では真実の視点で描かれ、失踪の真相が明らかになる。そこで描かれているのは、真実もまた傲慢さを持ち合わせていたということだ。架はその姿を知らなかった。

というより、見ようとすらしていなかったのだ。相手の表層しか見ていないから、簡単に善良な人だと言えてしまうのだろう。

本書は私のような人間にとって、ひどく「刺さる」小説となっている。それはコロナ禍以降に一般化したマッチングアプリでの出会いの本質を、克明に描いているからだ。

つまり、出会う相手を記号的に見て、ある/なしを判断するようになってしまうということである。マッチングアプリの前では誰もが傲慢になる。この傲慢さから抜け出すことは困難なのだ。

本書の後半、捜索の末、架は失踪した真実と再会する。果たして、架はどんな選択をするのか。傲慢の先に待つ結末は、ぜひ本書を読んで確かめて欲しい。

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