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【毒親連載小説#37】海外渡航前のこと 5

そのアルバイトとは
実に突飛なものだった。

後にも先にも私は
こんなアルバイトをした
ことはない。

それは深夜とも言える
まだ辺りが真っ暗な時間に
築地市場に出向き、
マグロのセリに参加する。

100を優に超える
たくさんのマグロたち。

私の仕事は
その一本一本のマグロの
競り落とされた値段のデータを
記録することだった。

私はもう一人の女性と男性、
3人でその競りに足を運んだ。

当時は真冬。

真夜中3時前に起きて
市場に向かうのは
本当につらかった。

チリーンチリーンチリーン
チリーンチリーンチリーン!!!

そうけたたましい呼び鈴と共に、
マグロの競りが一斉に始まる。

初めの頃はせり人の
独特でクセのある声を
聞き取るだけでも悪戦苦闘。

また、仲買人の邪魔に
ならないようにしながら
耳を澄ませ、
素早く金額を書き留めるのは
至難の技だった。

私は基本的にジャージ姿
だったと思うのだが、
私と年齢の近い女性はなんと
ヒールの高いブーツを履いて
毎朝、市場に来ていた。

カツカツカツ…。

毎朝、ブーツの音が鳴り響き、
彼女はかなり目立っていた。

なんとなく
隣にいる私まで
恥ずかしくなった。

また、そんなブーツで
うろうろするので
時に仲買人の邪魔に
なってしまったこともあり、
こっぴどく怒鳴られたことも
あった。

それでも私たちは
どうにか頑張って毎朝、
世界中から上がってくる
100体以上のマグロの値段を
書き留め続けた。

セリが終わった頃には
すっかり夜が明けていた。

Sさんはセリが終わった頃に
市場に現れた。

そして、私たちに
市場の中にある食堂で
朝ごはんを食べさせてくれた。

そこで食べた魚定食は
絶品だった。

セリが終わった後、
一緒に記録を取っていた男性は、
Sさんの事務所兼自宅に戻り、
その日のデータを素早く
打ち込むのだった。

私たちはこのルーティンを
ただひたすら続けた。

私は当時、ただ、Sさんが
言ったことをやることで
精一杯だったというのもあり、
Sさんが一体、このデータを取って
何をしようとしているのか?
皆目、見当がつかなかった。

そのほかにも、
私に命じられたミッションは
海外の水産会社の名前と
メールアドレスを片っ端から
インターネットで調べる作業だった。

大学の隙間時間に
インターネットを開き、
気が遠くなるほどの
コピーアンドペーストをして
手が痺れたのをよく覚えている。

どうにかそれも
無事にSさんへ提出し、
私のとんでもない数ヶ月の
怒涛のアルバイトが終わった。

あとで分かったのだが、
Sさんはこの集めたデータを
各世界の水産会社へ
売っていたようだ。

このように彼は
まるで錬金術師のような
そんな人だったと思う。

こんな経緯から私はわずか数ヶ月で
目標金額ピッタリの100万円を
手に入れたのだった。

(つづく)

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