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解き放たれた究極の人間|稲見昌彦×石黒浩対談シリーズ 第3話

ロボット工学者/大阪大学教授の石黒浩氏が、自在化身体セミナーに満を持しての登場です。人に酷似したアンドロイドや遠隔から操作できるアバターの研究で知られる石黒教授は、各方面で精力的な活動を展開しています。内閣府の「ムーンショット型研究開発制度」では、目標1の「誰もが自在に活躍できるアバター共生社会の実現」のプロジェクトマネージャー(PM)を担当。2025年の大阪・関西万博では、テーマ事業プロデューサーの一人として、「いのちを拡げる」をキーワードに50年後の世界像を描きます。2021年9月には、アバターを用いた実世界の仮想化と多重化を掲げるベンチャー企業「AVITA」も立ち上げました。人間の進化を共に目指す「同志」として、稲見教授との対談は予定時間を大幅にオーバーし、自在化の起源から人類の行方まで、思う存分語り尽くしました。(構成:今井拓司=ライター)

表現からの解放

50年後の「制約から解放された世界」を巡る二人の対話は止まるところを知りません。言語や3次元空間にすら縛られない人類の進化の可能性を探ります。

石黒 ここに挙げた「家族からの解放」とか「住居からの解放」とか、一個一個の未来シーンを考えても面白いかなと思ったんですよね。何か気になるやつあります? 

稲見 「言語からの解放」が入ってないですね。

石黒 言語からの解放がない。そうそう、思念ね。思念(で動く)コンピュータですね。 

稲見 はい。我々は言語によって考えることになってるけれども、本当にそうなのか。

 あと、私がよくメタバース関連で話してるのが、3D空間(の表象)自体が人間のレガシーかもしれない。今の若い人たち、例えば藤井聡太さんが頭の中で将棋盤のVRを持ってないというのが驚き。新しい人類って感じがするじゃないですか。

石黒 あれはすごいですよね。ディープラーニングの中間層みたいなことやってるわけでしょう。

稲見 はい。それを言語化できてないんですよ。だけれども、本人の中では明確なんですよね。ああいう世界をつくることこそが、デジタルツインじゃない、本当の意味でのサイバースペースのはずです。3Dで作ってる場合じゃないというか。

石黒 なるほど。表現からの解放っていうか、ああいう特殊な能力を持ってない普通の人間も、そのレベルで考える。アイデア出すのは、そうかもしれない気もする。

稲見 数学者とかが考えてるのは、恐らくあんな世界。

石黒 近いですね。だから哲学者だけなんです、言語に縛られ続けてるのは。僕らは、もっと違うロジックっていうか、違う何かで考えていて。アイデア出すときはそんな感じがするんですよね。言語で出てきてないですもん。 

稲見 ちなみに石黒先生は、アイデア出すときはどう考えます? 私、イメージが多いですけど。

石黒 僕、イメージでしょうね。うん。ビジュアルっていうか。リアルに何か出ますもん。何か言われたら、いろんなものがばーって重ね合わさって。これいけるとか、いけないとかって。 

稲見 私も絵が見える形。あとはそれをどうレンダリングしようかとか。

石黒 僕はすぐに黒板に図を描いちゃうんです。こういう構図が見えるからこうだよって感じですね。だから右脳で考えてる気がしますね。でも、藤井聡太さんのやつは違う気がするんです。

稲見 そうなんですよ。

石黒 あれは何なんだ。絵にも描けないけれども、ちゃんと動いてるっていうか。まさにディープラーニングの中間層見て、「訳分かんねーぞ、でも分かってるんだ」みたいな。

 複雑系がそのまま頭に書かれて、いろんな切り口で見てる感じがするんですよ。 

人間のレガシーを脱ぎ捨てる

稲見 藤井さんはあれを暗算でやってるわけじゃないですか。それを筆算化(誰でもできるように定式化)したいというのが、私、次のメタバースのチャレンジだと思っていて。そうすると、3次元のレガシーから人類が解放されるかなと。

石黒 ふーん、なるほど。そうすると、メタバースの3Dモデルからの解放、メタバースの世界も3Dでつくる必要がない。

 ただ、アクセスするのはBMIでないとやりづらそうだけど。視覚的にアクセスするのは、ちょっとしんどいですね。

稲見 自在化身体って、いわゆるヒューマノイドという形からの解放でもあったんです。それもレガシーだと捉えるならば、重力のある3次元空間も人類にとってのレガシーで、それがなくなった時点で初めて情報空間を使う意味が出てくるんじゃないか。

石黒 そうだね。それは3Dモデルではない、バーバルなモデルではないものであってほしいですね。

稲見 やっぱり本当に中間層みたいな感じ。だけれども、その中で問題が解決できるし、さらにそれは共有可能だと思ってます。 

石黒 例えば10人とか20人で集まって答えが出るみたいな。人間クラウドみたいなことができる。言葉では言えないんだけれども、取りあえず集まると解けるんだよ、みたいなのがある。

稲見 言語と3D使ってる場合じゃない。その二つが実は、我々を人間たらしめてるものだけれども、レガシーかもしれない。これは2050年では間に合わないかもしれませんけれども。

2025年の大阪・関西万博では、50年後の社会像を模索する。

脳から信号を得る手段 

石黒 でもBMIを普通の人間が使いだしたら、もう止まらないんだろうなと思ってます。できることが本当にいっぱいあるのはもう分かってるんだけど、やったら怒られるからやってないだけで。 

稲見 やっても怒られないことを、メタバース上に作っちゃおうかなとは思うんです。

石黒 でも物理的に手術することを考えたら無理じゃない。

稲見 それは既に手術を受けてる人たちに協力してもらうんでしょうかね。

石黒 ALSの患者さんとかは、やりだしてて。実際に脳に電極を10年埋めてる人って何人もいて、特に問題ないわけで。

 しかも阪大の平田(雅之)先生が作ってるやつは、頭蓋骨の周囲をぼこって取って、硬膜の上にデバイス入れるんで、もっと安全なんですよ。頭蓋骨を取ってチタンで入れ替えてるぐらいの感じなんで。そうなると、レーシックと同じような感覚でいけへんかとか思っちゃいますけどね。

稲見 歯医者に行くぐらいの感覚で人間に針を埋め込める世の中にしたいとおっしゃってますね。

石黒 今の頭蓋骨の話はまさにそうですね。歯をセラミックに替えるのと一緒なんで。

稲見 最近は(カテーテルのように)血管に沿わせていくBMIと、あと超音波系のもだいぶ進んできましたね。超音波は、あまりハイパワーの当てちゃって大丈夫なのかって感じもするんですけど……。

石黒 超音波は刺激のやつはありますけど、(刺激に使うなら)まだTMSの方がいいのかなって。超音波はちょっと破壊するもの多そうなんで。カテーテルのやつはいいけど、それなりに大変ですよね。

稲見 エンジニアとして考えたら、私はまだしばらくはバーチャルBMIでいこうかなとは思ってます。見かけや形はBMIじゃなくても、人がBMIに期待してることを工学的に実現できれば、みんなにとってはBMI。たぶんそれは、シミュレーションベースとか学習ベースで、脳以外の生体反応、もしくは脳の一部から拾うしかないかな。

死を超えた偉人の役割

対話の話題はさらに移って、司会を務めた瓜生氏の専門である弔いをきっかけに、死を乗り越えた先の世界を展望します。

稲見 2050年の弔いってどうなるんですか。

石黒 僕は、社会的に偉業を成した人はアンドロイドでずーっと生き続けるって言ってて。みんな銅像は作るでしょう。銅像がしゃべるのも、そんなにおかしな話ではない。

 あとは、偉人はいつまでたっても偉人じゃないですか。単純に偉人の数は増えるんです。それって、やっぱり文化なのかなと思うんですね。偉人は残した方がいいんじゃないかなと。偉人があふれて困るってことはそんなにない気もするよね。

稲見 先ほどの文化の本体が社会にあることと、共通性がある話だと思う。何で偉人が忘れられないかというと、それは社会側の記憶があるから。

石黒 例えば偉人がどんどん残るとするじゃないですか。どんどん人間の数が減っても、ロボット化された人間と、今生きている人間の数がトータルで一緒だったら、そんなに問題ないんじゃないかなって。

 それで、結局はロボットだって人間認定される日も来る。それって、もうストレートに進化の方法なんじゃないかなと。

稲見 一方で、偉人であっても個人のアンドロイドなりアバターなりは、究極の老害になったりしません?その人がいるから、(若い人が)ステージに立てないとか。

石黒 (知識を)アップデートできないとか、年取って欲望むき出しになっちゃってるとか(だと老害です)。でも、純粋に競争でその人が勝つんだったら、ずーっと立たしときゃいいんじゃないですか。僕が言いたいのは、年齢で区別しちゃいけなくて、能力で区別すると。

稲見 そりゃそうですよね。しかも、死んだかどうかで区別しちゃいけなくて、能力で。

 ロボットは奴隷なのか

ロボットが社会にありふれた存在になったとき、人との上下関係が問題になるのは必至です。

稲見 人間の本性としては、差別とかいじめもなくならないと思うんですよね。私が昔のATRの研究で面白かったのは、いじめられロボットを作っていたこと。それをいいとするのか悪いとするかで、だいぶ世界の設計が変わってくるなと。

 つまりマルチバースになったとき、ある人が生きていくのに、もしいじめる人が必要だったとするならば、人間はいじめちゃいけないけれども、AIだったら非倫理的にならないかって考えたんです。もしくは、いじめられロボットを作ることによって場がまとまるならば、それは正しい世の中かどうかという。

石黒 それはやっぱりヨーロッパ的な考え方で。僕、奴隷って概念はこの世から消えたんだと思ってたら、ヨーロッパの人たちは「消えてるわけないだろう、戦争だって残ってんだから」ってはっきり言うんですね。学会で、ものすごく知的レベルの高い人たちと話をしていて、奴隷の概念が一切消えてないって言われるのも、どうかなって気はするんですけど。

 ヨーロッパみたいに階級社会では、人間は奴隷から上の階級に上がったので、そこにロボットを持っていくというのが普通の人の考え方。「多くの人が望んでるのは、自分に従う新たな人間像を作ることであって、人間と同じレベルのものを作りたいとは誰も思ってない」って、結構はっきり言われる。

 (ロボットの)友達をつくりたいとか、同じように人権与えてもいいんじゃないかって、日本だけかもしれない。日本は平和で階級社会じゃないから。

石黒教授は人と対等の存在として、ロボットの開発を進めてきた。

稲見 海外へ赴任したときに、メイドへの指示の出し方がよく分からなくて、それがストレスになって病気になっちゃうみたいな話を聞いたことがあります。我々、あんまり召し使いの人とかメイドの人の使い方を学ぶ機会ってないですね。

石黒 サウジ(アラビア)では、社会的な立場と家の大きさとかメイドの数が全部決まってるので、一切それは変更できない。サウジに日本から行ってる偉い先生が、ベッドルームのはじっこまで家を案内されて、「こんなの、どうしていいか分かんない」とか言ってて。でも、それが(日本の外の)一般的な世界なのかもしれない。

 僕は、その世界がいいとはあんまり思わない。(海外では)「差別なくしましょう」「SDGsだ」とか言う一方で、階級社会を維持したままなので、「まずあなたたちが階級社会の問題を自分たちで解決してください」「十分解決してる日本に押し付けないでね」って言いたいんですね。

稲見 その解決はテクノロジーの問題ではない?

石黒 テクノロジーじゃないんでしょうね。テクノロジーとかサイエンスで解決できるんだったらすごくいいんですけどね。

 僕らは日本だけじゃなくて世界でアバターを使ってほしいし、そのときにアバターが奴隷(にはならないでほしい)…。でも、今の戦争の状態を見てると、ひどいことしてるじゃないですか。そういうことから考えると、なかなか奴隷って概念がなくならないのは何となく想像がつくんですけどね。

稲見 私が、せめてもと思うのが、対象が非人間だったらば、それがAIやロボットだったらば差別もあるけれども、明るい社会にはなるのかなという気もするんです。

 とはいえ、横で人が物に当たったり、それこそロボットをいじめてるのは、あんまり見たくないですよね。「それで解決できるならば被害者はいない」という言い方もできる一方で、ボストン・ダイナミクスとかの「ロボットを蹴るのがかわいそうだ」という声がだいぶ上がり始めた。「あれはいじめなんじゃないか」みたいに。ついにアニマルライツに次いでロボットライツの話が出てきてる。

石黒 僕が一番嫌いなのは『ウエストワールド』。人間そっくりなアンドロイドを殺し合ったり。あれが人間の本当の欲求なのかなって。日本ではそんなに、はやった気がしないんですけど。でも外国では、はやってるんですね。

稲見 嗜虐性の高いゲームも、はやってるじゃないですか。自分が犯罪者になって、街の中で銃打ちまくるみたいなゲーム。『グランド・セフト・オート』とか。 

石黒 それは人間の潜在的な欲求を満たしてるのかもしれない。

許されるリアリティの極限

 石黒 やっぱりゲームって、ゲームですってことが分からないと駄目っていうか、非現実なんだってことをもっと(分かるようにすべき)。ゲームには絶対に条件があって、現実の世界では起こっていないって確信がないといけない。

稲見 ただ、「没入するためには、やはりリアリティとかビリーバビリティが大切」って言い方を、よくゲームデザインの方はしてます。

石黒 でもそれは、ゲームの世界だって分かった上での没入であって、「俺、今、人殺してるかどうか分からへんわ」ってことではないと思う。そうなった瞬間に、やっぱり人間、ちょっとまずくなる。そこの境界を知りたいですよね。

 どこまでのリアリティが許されるのかっていうか。どこまでいくと現実との区別がつかなくなって、吐き気がするのか。バーチャルリアリティの本質的な問題ですよね。

 でも、BMIとか使いだすと、それが本当に分かんなくなる可能性があって。バーチャルとリアルの明確な区別がない限り、ゲームって存在し得ないのかもしれない。

稲見 現実と区別がつかないアンドロイドを目指してらっしゃるお立場としては、逆にそれを……。

石黒 だから僕は、アンドロイドには本当に命を与えたいと思ってて、ゲームだとは思ってないんです。アンドロイドはリアルな世界をつくるためにある。リアルに人間の能力を拡張する。

 僕は、アンドロイドは進化の手段だと思ってる。だからゲームじゃないんです。だからゲームっていうのはすごい気になる。

一人称を機械に移植

次なるテーマは、自分という存在の未来について。自分の意識を肉体の死後に残すことはできるのか。アバターを自分の身体にするためには。

稲見 ちなみに、先ほどの弔いの話に戻すんですけれども、一人称としての石黒先生は、どういうふうにすると残れます?二人称、三人称はアンドロイドやAIで残れちゃうと思って。 

石黒 僕は一人称の意識って、瞬間で立ち上がって消えるものだから、昨日の自分と今の自分って、つながってるかどうか確信はないんですよね。記憶が、つながってるようにやってくれるんだけど。

 全然違う一人称の、アンドロイドの自分をつくり上げて、そのアンドロイドの記憶をそういうふうにつくっておけば、アンドロイドとしてずっと生きてると言い張る可能性はある。生身の私は死んでそのままでも、「俺が石黒だ」っていうやつをいっぱい作ることはできると思う。

稲見 そうですね。それはできそうな気がします。

石黒 でも、そもそも意識っていうのは記憶でしかつながってないので、昨日と今日の自分も違うし、人間だって物理的に体(の細胞)が、ほら、3カ月ぐらいで全部入れ替わっちゃうっていうじゃないですか。それ考えたら、これが私だっていう、完全な一人称って保証はできない。

稲見 そのヒントが、もしかすると先ほどの脳間通信しかもしれなくて。アンドロイドのシミュレーテッドAIと(一人称の自分の)脳間通信ができて、そこも自分の一部だと思い始めることがもしできるならば、結果的に一人称(の自分)も(アンドロイドへの移行を)達成できたってことになる。

石黒 そうですね。もっと自由に自分の思考と、いろんな体とか感覚がつながるようになれば、精神的な部分っていうか、ソフトウエア的な部分が自己を決定するので、逆に言うと死なないんでしょうね。

 ただ、脳間通信でも脳が死んじゃったら死んじゃうので、脳が死んでもその思考パターンがずーっとネットワークの上で生きないといけない。

稲見 そうですね。やっぱりそこはきちんとエミレーションできないと。

石黒 それはすごく大きなチャレンジっていうか、必ずやることだと思うんです。BMIの先に来る話ですよね。 

稲見 2050年に間に合いますか。 

石黒 2050年は、ちょっと無理かもしれないけど、部分的には何かできるかもしれない。やっぱりBMIが先ですよ。BMIでちゃんと脳とコンピュータをきっちりつなぐようになったら、脳からのいろんなパターンを全部吸収できる可能性は十分ある。

自分の外観を写したアンドロイドに、主観を移植するのが大きなチャレンジになる。

体はどこまで不自由か

稲見 アバターの操作でも、アバターそれぞれが他者じゃなくて、やはり自分の一部だと信じられる時流をどうつくっていくか。

石黒 この間、面白いことを言ってたやつがいて、完全にコントロールできるよりも、ちょっとコントロールに苦労するほうが自分の体(からだ)感が強いと。メタバースもそうした方がいいんじゃないかって言う、メタバースの研究者がいたんですね。自在感がどうやったらマックスになるかっていう、インテンション・アービトレーション(意図の調停)の仕組みってまだ本当のところよく分かってない。

稲見 なるほど。新しい研究テーマになりそうですね。それ考えよう。 

石黒 どれが一番自在感が高い状態なのかって、いろいろ試せるはずなんです。

稲見 なるほど。無ではないし、何も制約がないの次があるんだろうなと。そこがまたデザインスペースだったら面白いと思う。 

石黒 僕もそう思いますね。この体だって、トレーニングしてうまく歩けるようになるからうれしいわけだ。物を、完璧に最初からめっちゃうまく投げれたら、何か違和感があるでしょう。

稲見 あとは、人生下り坂でだんだん動かなくなったら、昔できたのにとか思うと、未来に希望を持たなくなっちゃう。そこは拡張したいなと私は思う。

石黒 そうそう、腹立つんです。僕の基準は、羽田で一番速く歩くこと。羽田とかフランクフルトの空港とか、絶対に誰にも負けないと。負けた瞬間に老いを感じる気がして。とにかく空港では誰よりも速く歩くんです。 

稲見 ぶつかりませんか。

石黒 今のところは大丈夫。この間もめっちゃでかいドバイの空港で、飛行機1時間遅れて乗り継ぎが危なかったんですよ。誰よりも速く次のゲートに移動して。取りあえず負けるのが嫌。

 AIが揺るがす人が生む価値

続いて二人が俎上に載せるのは、社会の根幹を成す価値観の行方です。人間が生産する価値に、AIの進化が疑問符を突き付けつつある中、石黒教授は価値の尺度として金銭のみに頼る世間の風潮を危ぶみます。

稲見 (日頃から)絵を描かれる立場からして、Stable Diffusionとかどう思われます?文字入れると絵がばんと出る、最近のAI絵描き。

石黒 あれ、デザイナーかわいそうだよね。職をどんどん失いそうで。

 最近会社でも、デザイナーに頼むより、まずあれ使って適当なイメージをぶち込んで、それをデザイナーに持ち込んで、「こんな感じの絵描いて」ってやってるんですよね。未来のシーン作るってなったら、デザイン担当の連中がそれをオリジナルのアイデアにして指示してるので、すごく効率がいい。

 だから人間側のハードル、めっちゃ上がりますよね。今までこれで満足してもらってたのが、いきなりAIで作ったそれなりの絵が、最低限のレベルとして出てきちゃうわけで。

稲見 翻訳者もそういう話聞きますね。みんなDeepL使うようになったので、DeepLでうまく訳せないものが持ち込まれるようになって。 

石黒 だから新しいアートだと僕は思ってるんです。アートって道具によってどんどん発明されるもんなんで。

 AIを使ったアートは、今のあれだとちょっとストレート過ぎるんで、もう少し人間の作業がうまく入るとか。何ていうか、オリジナリティがないじゃないですか。誰がやったって何か出てきちゃうので、あんまり価値が高くならない気がして。希少価値をちゃんと付けられる仕組みが何かあれば、僕はAI(が出力した絵)でもアートになると思ってる。 

投資競争から価値観の自在化へ

 石黒 ただ、今はアートの世界もそうだし、ビットコインの世界もそうだし、ほとんど株の捨て銭みたいになってる。最初は、訳分かんないけど「こいつは価値があるんだ」って言った人がどんと投資して、それにフォロワーが「あれは価値があるんだ」って後追いで買い出すと。

 それで、一発目に花火を上げたやつはもうかるけれども、最終的に本当の意味が分かってない一般投資家が尻拭いをするっていう。株式でもそんなことが普通に起こるようになったし、ビットコインみたいなトークンなんて、まさにそうだし。そういうのってどこまで許していいのか。

稲見 でも、学問も分野によってはそういうことあるんですよ。

 例えばアンドロイドって一番最初に始められた石黒先生が一番トップじゃないですか。関連研究が増えることで石黒先生の価値はどんどん上がるんですけど、逆に今、例えば大学生が石黒先生と同じようなことをやろうと思っても、たぶん最先端にはとてもたどり着けない。この人は、また新しい価値基準をつくるしかないと思うんです。

石黒 いや、僕が言いたいのは、そのときに努力とか中身があればいいんだけど、ほとんどお金の投資だけで価値を決めてる。それが株の捨て銭みたいなもんだなと思って。

 だから何でもよかったんですよ、落書きでも何でもよくって。金持ちがお金の力で無理やり価値を与えて、さらに周りの投資家からお金を吸収するような仕組みをつくっちゃってるのが健全なのか健全じゃないのか。

 「それが価値なんです」って言われれば、究極の価値ってそういうもので、誰でもいいから欲しいと思わせればいいわけで、「お金が動いてるところでは、お金がもうかるから、私もお金出すんだ」っていうのは当然っちゃ当然ですね。

 でも、価値を単純にお金だけで評価して、それ以外何も考えずに投資する、投資のための投資っていうか、マネーゲームに踊らされるのは、あんまり健全な気がしないですね。

稲見 あれは数量化革命に対するオーバーフィッティングなんじゃないですか。数値化って結局、分野外の人のためのものなんですね。ミシュランのランキングとか大学(のランク付け)もそうじゃないですか。分野内の人は、数字なんかにしなくたってみんな価値が分かるので。

 そういう意味では、一般の人に向ければ向けるほど、(お金のような)分かりやすい数値指標がなくなることはないんだろうなって気がします。人間拡張で、みんな玄人の目線をバーチャルに持てるようになってくるならば、変わるのかもしれない。 

ロボット研究は大学より民間

対談の締めくくりは、思い描いた将来像を現実にするための取り組みについて。石黒教授が2021年に立ち上げた新会社の狙いと意気込みに、稲見教授が迫ります。

石黒 メタバースの世界もアバターの世界も、どういう新しい価値を人間社会にもたらせるかって考えていくのがすごく大事で。

 自分もまた新しいビジネスを始めて、アバターの世界をちょっとやってるので、どんどん(活動が)広がりはしてるんですよね。でも、人はどこにお金を出したがるのかとか、本当の価値ってまだ見切れてない。

稲見 まさにそこをお伺いしたくて。会社を立ち上げられたじゃないですか、集大成として。現時点では、どういう思いで動かしてらっしゃってるのかと。

石黒教授はアバターを社会実装するための会社を立ち上げた。

石黒 アメリカなんかを見たら、情報系とかロボット系の研究者ってほとんど大学にいないじゃないですか。GAFAとか、民間の研究費の方がはるかに大きくて、データもそこにたくさんある。

 僕らが研究始めた30年前って、いろんなモデルとかいろんな概念がぼこぼこ出て、AIの分野ってすごい楽しかったし、何やっても論文書けた。それが、特にこの4~5年、猫もしゃくしもディープラーニングになって、(計算資源やデータの量がものを言う)パフォーマンス勝負の時代になってきた。それはそれでいいと思うんですよ。実際に自動運転の車も出てきてるし、AIスピーカーも出てきてるんで。

 いつまでも大学で閉じてできることって少ないし。全く新しい分野やるとか、BMIやるっていうなら大学でいいかもしれない。でも、ロボットの分野、情報系の分野に残るんだったら、社会の中でどう普及していくかって問題を考えないと、研究者としても興味とかモチベーションをなかなか維持できないので。今まで培ってきた、いろんな技術もあるし 

稲見 やり方も、誰かに任せるのと、doerとしてやるという二つがある中で、石黒先生はdoerとしてされることになる。

石黒 そうそう、今回は自分が中心になってやる。 世の中をちゃんと変えるように、自分の力で新しいことを生み出したいという意思決定なんですよ。阪大だと代表取締役にもなれるんで、今ここでやるべきかなと思って。もちろん経営はCOOの西口(昇吾)とか、濱口(秀司)がビジネスモデルを手伝ってくれてますけど。 

 もしアバターを普及させることができたら、そこからものすごくたくさんのいろんなデータが取れるわけで、これまで大学でできなかったリッチな情報が得られる。たとえそれで論文書けなくっても、自分の知りたいことは知れる可能性がある。

 社会に対する感覚も養いたいなと思ってて。実際にビジネスを走らせると、知ってたけれども、実感持ってないことってたくさんある。

 怖いなと思ったのは、大学の中にいて適当にマーケット予測なんかやるのと、全然違うことっていっぱいあるんですよ。本当にリアルな世界っていうか、一般の人を含めた世の中において意思決定がどうされるかとか、好みはどういうふうに変わっていくかとか、知らないことがめちゃめちゃある。

 そういう感覚がまだちゃんと養えてない。まだ会社が始まって1年ちょいですかね。順調にいってるので、ちゃんと技術を社会実装できるようになってくると、感覚も随分変わると思う。

稲見 限られたお時間の中、優先順位はどうやって。

石黒 両方ですかね。研究もビジネスも平等にやってる感じですね。

 ムーンショットって、やっぱり脱却型なんで、社会実装がすごく重要なテーマでもあるし。いろいろやってるんだけど、アバター一本やりなんですよ。そこはぶれてない気がします。それがビジネス的に花開くのか、研究として花開くのか、アーティスティックな分野に行くのかっていうのはまだまだ模索中です。まだ若いつもりでいるので、老害にならないようにしないといけないですね。実力勝負でやる。

稲見 私は、(石黒教授と)興味の対象が近いのにやってる方向性が違くて、私がまだ生きてる場所があってよかったなと思って。それが、正しい意味での多様性かなと思ってます。

石黒 本当に問題意識はよく似てるけど、方向性が違いますよね。そこは面白いですね。 

稲見 30分以上、予定よりもだいぶ長く、楽しくお話しさせていただきました。本日はありがとうございました。

石黒 はい、ありがとうございます。

自在化身体セミナー スピーカー情報

ゲスト:石黒浩|《いしぐろひろし》
大阪大学大学院 基礎工学研究科 システム創成専攻 名誉教授

ロボット工学者。大阪大学基礎工学研究科博士課程修了。工学博士。京都大学情報学研究科助教授、大阪大学工学研究科教授を経て、2009年より大阪大学基礎工学研究科教授(栄誉教授)。ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。遠隔操作ロボットや知能ロボットの研究開発に従事。人間酷似型ロボット(アンドロイド)研究の第一人者。2011年大阪文化賞受賞。2015年文部科学大臣表彰受賞およびシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム知識賞受賞。2020年立石賞受賞。2021年オーフス大学名誉博士。著書には、『ロボットとは何か──人の心を映す鏡』(講談社現代新書)、『どうすれば「人」を創れるか──アンドロイドになった私』(新潮文庫)、『僕がロボットをつくる理由──未来の生き方を日常からデザインする』(世界思想社)ほかがある。

ホスト: 稲見 昌彦|《いなみまさひこ》
東京大学先端科学技術研究センター
身体情報学分野 教授

(Photo:Daisuke Uriu)

東京大学先端科学技術研究センター 身体情報学分野教授。博士(工学)。JST ERATO稲見自在化身体プロジェクト 研究総括。自在化技術、人間拡張工学、エンタテインメント工学に興味を持つ。米TIME誌Coolest Invention of the Year、文部科学大臣表彰若手科学者賞などを受賞。超人スポーツ協会代表理事、日本バーチャルリアリティ学会理事、日本学術会議連携会員等を兼務。著書に『スーパーヒューマン誕生!人間はSFを超える』(NHK出版新書)、『自在化身体論』(NTS出版)他。

「自在化身体セミナー」は、2021年2月に刊行された『自在化身体論』のコンセプトやビジョンに基づき、さらに社会的・学際的な議論を重ねることを目的に開催しています。
『自在化身体論~超感覚・超身体・変身・分身・合体が織りなす人類の未来~』 2021年2月19日発刊/(株)エヌ・ティー・エス/256頁

【概要】

人機一体/自在化身体が造る人類の未来!
ロボットのコンセプト、スペイン風邪終息から100年
…コロナ禍の出口にヒトはテクノロジーと融合してさらなる進化を果たす!!

【目次】

第1章 変身・分身・合体まで
    自在化身体が作る人類の未来 《稲見昌彦》
第2章 身体の束縛から人を開放したい
    コミュニケーションの変革も 《北崎充晃》
第3章 拡張身体の内部表現を通して脳に潜む謎を暴きたい 《宮脇陽一》
第4章 自在化身体は第4世代ロボット 
    神経科学で境界を超える 《ゴウリシャンカー・ガネッシュ》
第5章 今役立つロボットで自在化を促す
    飛び込んでみないと自分はわからない 《岩田浩康》
第6章 バーチャル環境を活用した身体自在化とその限界を探る        《杉本麻樹》
第7章 柔軟な人間と機械との融合 《笠原俊一》
第8章 情報的身体変工としての自在化技術
    美的価値と社会的倫理観の醸成に向けて 《瓜生大輔》