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狐の嫁入り | 三千字小説

狐の嫁入り:日が射しているのに雨が降ること

(前編)

六太の失踪をわしは村中へ伝えて回った。
とはいえ本腰入れて探していたのはわしら家族くらいだったと思う。
兎は降っても、雨はまだ降らず、今日を生き延びるための狩猟採集に皆忙しくしていた。

夜の山道で足を滑らせたのではないだろうか、途中で空腹で倒れてしまったのではないだろうか、わしはあの時共に帰らなかったことを悔い、必死に探していた。

そして上弦の月が昇る夜。六太の家にうすら灯りが灯っていることに気づいた。わしは慌てて駆け寄り戸を開ける。
「六太!」

そこには見知らぬ女性がいた。白い衣に身を包み、少し発光しているようにも見えた。あまりの美しさに見惚れて息を呑んだ。その光にだけ目が移り、女性の影にいる六太にはしばらく気づけなかった。

「六太……」
「弥助か……まぁ、座りぃや」

「心配かけよって、探しとったんやぞ」と、わしはすぐさま六太に飛びかかりたかったが、女性の気品がそれを堪えさせた。女性は乾燥させたドクダミを持ってくると茶碗に乗せ、湯を入れた。

「……結婚したんや」
「は?」
「せやから、結婚」

「どういうことやねん」
「まぁ1から言わな分からんよな。せやけど、お前にだけや、この話をするのは。他はどうせ誰も信じひん」
そう言って六太はあの日から今日までのことを淡々と話始めた。

「まずな」と六太は言って、ドクダミ茶を啜った。「ほれ、お前も」そう言って差し出された茶碗を手に取り、わしも1口啜った。

「この村へ流れ着く前の話や。わしは暫くの間1人で山を彷徨っていた。秋までは山菜や木の実を食べてなんとか飢えを凌いでいたものの、秋も暮れると木の実も無くなっての。夜は寒いし、生きる気力を失いかけていた。

その頃な、多分この村の人達やろな、寒施行をしているのが見えた。うちの村にもあったからな、油揚げや小豆飯を撒いているのを見て、それが何かはすぐ分かったわ。

そんで、これはお稲荷さんのためのもんやと分かってはいたんやけどな、気づいたら手が飯に伸びておった。口に入れる直前に我に帰ってな。飯は元の場所に戻して、代わりに川の水をたらふく飲んだ。

その日の夜は指が落ちそうなほど寒かった。わしは夕刻には火を起こしてすぐに寝た。子の刻くらいやろか、わしは寒うて目を覚すと、まだ火がついているんじゃ。不思議に思うて、目をしっかり開けると、周りには9つの青白い炎が浮かんでいた。

恐ろしくも、美しくてな。しばらく炎から目が離せんかった。すると、その隙間から何匹も狐がやってきた。皆、口には油揚げを咥えておった。わしの目の前までくると、それを落として、また炎の方へ去っていったんや。

そんな施しを受けたのは生まれて初めてのことだったからのう。暫くは受け取り方が分からんかった。何が起きたのかようやく理解したわしは、油揚げを火で炙って食べた。それがどれほど美味かったか、言葉にできん。お稲荷様への感謝を込めながらぼろぼろ泣いて食うとった。

するとみるみる気力も体力も満ちてきてな。日の出と共にすぐ歩き出した。不思議と、どこに向かえばいいのかが分かったんや。一山を真っ直ぐ超え、その日の夕刻じゃったかの、この村に着いて、拾われたんや」

「そんで怪雨降らせて、狐を守りたかったんやな」とわしは言った。はよ自分の推理の確信を得たかった。
「まぁ、好きに受け取ったらええ」と六太はそっぽ向いて流した。

六太は茶を飲み干した。
「ほんで、妻についてじゃ」
「あぁ、それがわからん」

「まぁ聞け。最後にあった日の帰り道な、しばらく何も食うてへんかったわしは満身創痍で帰路についとった。やけど前に進んどるはずが右往左往してもうて、気づいたら森を彷徨っとった。あの時と同じように、どこに進んでもどこにも辿り着けなさそうな感覚やった。

すっかり夜の帷も降りていたからの。翌朝に家に帰ろうと、その日は諦めて山で寝た。やけど、その翌日も村へは出られへんかった。食い物も何も見つからんくて、川にも辿り着けんくて、いよいよお陀仏を覚悟した夜やった。

また狐火が現れたんや。今度は嫁入り行列のよう長く均等に2列に並んで、火の間に道ができた。その奥から、白い嫁入り衣装を着た彼女が歩いてきたんや。後には同じ顔した男性2人が大きな道具箱を持っていた。

わしんとこまでくると、狐火の列はわしの背中の更に先まで長く灯った。「これを進めばいいんか」とわしが言うと男性達は頷いた。狐火はわしの家の戸口まで繋がっていた。後の男性2人は道具箱を置いて山へ去り、彼女は道具箱を持って家に入った。わしはそれが何か自然なことに思えた。道具箱には嫁入り道具の他に、食料や小判も入っておった。わしらはその日から共に暮らし始めたというわけや」

「……流石に、わしかてそれは信じられへんが、ほんで結婚って、飛躍しすぎやろ。ええんかそれで」訝しむ表情を浮かべながら彼女を見てそう言うと、彼女は美しい座り姿のまま微笑んで丁寧に頷いた。

「ええんか……」
「ええんや。ともかくそう言うことやから、これからよろしゅうな」
わしはいまいち飲み込めなかったが、2人がええんならそれでええのかと、ひとまず六太が無事やったからそれでええかと、満月を見ながら帰った。

怪雨以降も、村の干魃は続いていた。
飢饉や水不足により不衛生な状態が続き、疫病も蔓延しだし、村人たちは次々に倒れていった。何か手を打たねば村は全滅してしまうといった声が村人達から挙がるなか、長たちの会議で再び生け贄を差し出し、雨乞いをすることが決まった。

生贄には六太の嫁が、まず候補に挙げられた。彼女はほとんど家から出ることがなかったが、夕暮れに薬草を摘みに出る際に、偶然村人に見つかり、六太は村長へ説明を求められた。当然不審に思った村人たちは、やがて疫病や旱魃も彼女が持ち込んだものだと槍玉に出し、生贄という形に帰結した。

そしてある日、突如六太の家に村の男たちが何人も押しかけ、彼女を攫った。六太は必死に抵抗するもやむなし、男たちも大層やつれていたが、数の力で床に抑えられた。彼女は抵抗することなく、声も上げずに、男たちに大人しく連れられていった。

家からは見知らぬ女性の名前が叫ばれ続ける。
「千代! 千代!」
六太から聞いたこともないほど大きな声で、何度も、何度も。
「ゴホッ……千代! 千代!」

村人たちはその声につられ、家の近くまでそろそろと集まり出した。
「千代!ゴホッ…… 待ってくれ! もう、1人にせんでくれ……」

六太の嫁は立ち止まり、大粒の涙を流してうずくまった。
すると、空は一面の青空だというのに、細い雨が降ってきた。
村人たちは何ヶ月ぶりかの雨に生気を取り戻したように歓喜し、皆不思議な天気に空を見上げていた。

その後、嫁と六太の姿が消え、2匹の狐が共に山に帰っていったのを見たのは、わしだけだったんじゃないかと思う。


外に出ると青空なのに、小雨がポツポツ降っていた。
「狐の嫁入りじゃなぁ」と祖母が言った。

「狐の嫁入り?」
「あぁ、関東だと天気雨というたか。こっちでは狐の嫁入りと言うんじゃ」
「なんで?」
「狐に化かされたような天気でだとか」

僕はご先祖様の書いた奇譚と重ねながら、空を見ていた。
この隙に、地上では妖たちが元の姿に戻っているのかもしれない。

「狐の嫁入りはなぁ、青空に見えてわしらが見えんくらい高いところに、薄い雨雲があったりな、すでに通り過ぎた雨雲が降らした雨粒が、時間差でわしらんとこまで落ちてきているんじゃと」

「見えなくなっても降るわけじゃなぁ、雨は」
祖母は天を仰いだ。

(fin.)



#雨ことば三千世界

梅雨のあいだ、雨が降るたび毎日、約3千字の”雨のことば”を題材にした小説を書き続けています。
雨に関連することばは「雨のことば辞典」を参照に「あ」から五十音順に1つずつランダムに選び、雨が降っている間に即興で書き上げます。
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