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tel(l) if... vol.7 怒られた

登場人物

千葉ちば 咲恵さきえ
 
主人公。進学コースの女子生徒。伊勢のことが好き。

伊勢いせ
 特進コースの社会科教師。咲恵と卓実の勉強を見ている。

麹谷こうじや 卓実たくみ
 
特進コースの男子生徒。


学校祭の準備期間になった。
私にとっては、当日よりもこの期間のほうが慌ただしく、悩みのタネだった。
放課後は、ほとんどの生徒が作業のために残っている。
人目も気になったし、みんなが作業をしているときに、私一人勉強を見てもらうわけにもいかない。
また先生に会えない日が続く。
そう考えると、二年生の秋からの先生との日々は、奇跡みたいなものだった。

私のクラスは模擬店をすることになり、私は宣伝用のプラカード作成と店内を装飾する班に入った。
当日の接客は大変そうだったので、裏方に回ったのだ。

プラカード班は集まって作業するわけではなく、銘々空いたスペースで制作するようだった。

私が教室の隅っこで作業をしていると、卓実がちょっかいを掛けに来た。
彼のクラスは屋台をするらしく、当日、店番をするから今日は話し合いだけで解散になったらしい。

「ちょっと来て。立って、立って」
そう卓実に急かされ、私達は教室を離れた。
すぐ終わると思ったのに、彼の足は止まらない。
「どこ行くの?」
「伊勢先生、探してる」
「なんで?」
「しばらく会ってないでしょ。一緒に探そう」

――先に行く人 立ち止まらせる方法
脳内でそんな検索ワードが浮かぶ。
彼は少しも私を見なかった。
半端な声は雑踏に吸収された。

「ちょっと待って!」
ボリューム調節がバカになった私の声で、卓実がようやく振り向いた。
はたから見たら、私が卓実のストーカーみたいだ。
「卓実、ちょっと」
もしかしたら彼は……、そう思って私は人気のない所を探した。
どこに行っても準備をしている誰かがいて、結果的に私は彼を連れ回すことになった。

「こんなグラウンドの近くまで連れてきてどうしたんだよ」
ようやく人のいない所で腰を落ち着け、私は耳打ちした。
「卓実も伊勢先生のこと、好きなの?」

彼は私の顔を見た。私が真剣に聞いていることを悟ると「早く教室に戻ろう」と立ち上がる。
「なんでそうなるんだよ」
「だって、そこまでして先生に会わせてくれようとするから」
「違うから。そういうことじゃない」
彼は初めて、冷めた目で私を見た。

男子からそんなふうにキツく言われたのは久しぶりのことだった。
でも、冷めた目で見られることはよくある。
本来の私はそんな目で見られるタイプの、冴えないキャラで、ガリ勉キャラなのだ。

「そっか。ごめん。戻ろうか」
そんな目で見られたら本当に申し訳なくなってきた。
卓実はそのまま駅に向かった。

私が持ち場に戻ると、プラカード班のリーダーに怒られてしまった。持ち場を離れる前に、彼女に断っておくべきだったのだ。
「ごめんなさい。」
「本当に悪いと思ってる?」
「はい。反省してます」
「私、もう帰るから。じゃあね」 
「はい、お疲れ様です」
内心、私でなければこんなに怒らないんだろうなと思っていた。でも、彼女は何も悪くない。
卓実の話に乗った私がいけなかったのだ。

私はここで、いったい何をしているんだろう。
これだから、学校祭って嫌い。
学校、嫌い。
何でもかんでもクラス単位にするな!

卓実に会う前はしょっちゅう思っていたモヤモヤが久しぶりに溢れ出す。
そんなふうに手をわなわなとさせて、作業が捗るわけはなかった。
家で作ってしまうことも考えたが、このA3サイズの画用紙は、持って帰るには大きすぎた。

今日は金曜日だ。金曜日でも、伊勢先生は社会科準備室にいるのだろうか。

画用紙を手に、社会科準備室まで歩いた。
教室が施錠されるかもしれないから、鞄を背負って移動した。
伊勢先生なら、画用紙を持って帰るのに使えそうな、大きな袋を貸してくれるのではないかと思った。

ここまで来たのに、ノックする勇気が出なかった。
今日はアポを取っていないから、他の先生が出ないとも限らない。
そこからすぐに離れたくてとりあえず、一気に階段を上った。
なぜだか、いてもたってもいられなかった。
吹き抜けからぼんやり階下のホールを眺めると、時間差で心臓がうるさくなった。

そこから見る限り、ほとんどの生徒は帰宅したようだ。
急がないと、教室が使えなくなる。
それなのに、私の足は動かなかった。

いっそのこと、土日に自分で画用紙を買ってやり直してもいいかもしれない。
そう考えたら少し楽になった。

「千葉さん」
振り返ると、そこには伊勢先生がいた。


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