tel(l) if... vol.11 朝里行きのスロウ・デート
登場人物
千葉 咲恵
主人公。進学コースの女子生徒。伊勢のことが好き。
伊勢
特進コースの社会科教師。咲恵と卓実の勉強を見ている。
麹谷 卓実
特進コースの男子生徒。
私たちはあと少しだけ、小樽で時間を潰さなくてはならなかった。
有名なガラスとオルゴールのお店を見て、市場に行った。もう一生、小樽には来ないのでは、というくらい観光した気がする。
運動不足から来る疲労のせいで、私の口数は減った。だから、卓実が人混みで私の手を取ったことも、上りの階段で優しく後押ししてくれたことも、
特に驚くことではなく、そのまま受け入れた。
これは、恋人同士のスキンシップではない。そんなふうに思って遠慮するのはかえって失礼だ。これは介助なんだ、と。
朝里駅から海水浴場までの道を歩き切ると、私は砂浜に腰を下ろした。卓実はいつの間にか素足になっていた。
「危ないって」
私が止めても、卓実は波打ち際まで近づいていた。「うわ、冷たっ」
彼は何度か寄せてきた波に足を濡らすと、満足したのか戻ってきた。
「卓実のところまで行くと冷たいんだ」
私も靴が濡れないぎりぎりのところにしゃがんで指先だけ濡らしてみたけれど、よくわからなかった。
恥ずかしがらずに、ワンピースを着てくればよかったのだ。そうしたら、卓実のところまで行けたのに。
わざわざ時間を作ってもらって海を見に来たのに、そんなことも思いつかなかったのか。
私は落ち込んだ。
砂浜で二人、黙って座って海を見ていた。そんなに長い時間ではなかったと思う。涼しい風が吹いてきて、波の音がチャポン、チャポンと聞こえてきた。急に、眠くなってきた。あまり長居できないと思って、次の電車の時刻を調べた。
ついでに、このきれいな海を背に自撮りしてみることにした。初めてだったから、うまい撮り方がわからなかった。例によって、卓実が撮ってくれようとしたので、自撮りがしてみたいのだと伝えた。
彼は試しに自撮りをしてみてくれた。
「うまい!」「すごいね!」と素直に言ったら、恥ずかしいから消すようにと返された。
心から褒めたのになぜだろう。
「二人で撮ってみてもいい?」
つい興味本位で、私はいきなり二人で試してみることにした。やっぱり、うまくいかない。
カメラを上下左右に動かして見るのだが、いまいち思うような画にならない。
卓実はかがんでくれたり、近づいてくれたのだが、海か、私か、彼のどれか一つは必ず見切れた。
「わざとやってるだろ」
堪えかねた彼が思わず笑って、初めての自撮りは終わった。
その日は結局、原稿も書かずに寝てしまった。
夢には海が出てきたがあまり気分の良いものではなかった。
それからしばらく、卓実とは会わなかった。
私はまず小樽について短いエッセイを書き、それを学校祭配布用冊子の原稿とした。
そこからは自然と物語が生まれるのを待った。
大会用作品の締切まで、まだ時間がある。
とりあえず、指折り数えて短歌を作ったり、俳句を作ったりした。
一日でいろいろな経験をしたせいか、どう切り取って、何を伝える物語にするべきなのか、まだ整理がつかなかった。
その情報や思い出たちは、まだ私に馴染んでいないのだ。
その証拠に私の気分はなんだか浮ついていて、現実に引き戻そうとしても、まだあの夕方の砂浜にいた。
現実に見えないフィルターがかかっているような、落ち着かなさがあった。
気持ちと情報の整理をするためにも、卓実と会わないことは都合が良かった。そのおかげと言ってはなんだが、学校祭準備中の賑やかで忙しない雰囲気も、いつもよりは苦に感じなかった。
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タイトルはこの作品のオマージュです。
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