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tel(l) if... vol.12 飽きられた

登場人物

千葉咲恵(ちば・さきえ) 主人公。進学コースの女子生徒。伊勢先生のことが好き。

伊勢(いせ) 特進コースの社会科教師。咲恵の勉強を見ている。

麹谷卓実(こうじや・たくみ) 特進コースの男子生徒。


前夜祭が明日に迫っていた。
初日こそ怒られはしたが、大きなトラブルも無く、クラスメートと作業を終えられたことに安心した。
私がボーっとしていることが早めにバレたおかげか、同じ係の女子が気にかけてくれた。

伊勢先生には会えなかったけれど、携帯電話に残ったメールに元気づけられていた。
あまり心配をかけないように、今はクラスのことを頑張ろうと思えた。

体育館の前を通ると、男女合わせて五名くらいのグループが入口の前に立っていた。
どうやら有志バンドがリハーサルをしているらしい。

興味本位で覗いてみると、ステージの上に卓実が立っていた。もちろん、他にもドラムやベース、ボーカル担当の生徒もいる。
ボーカルは女性だった。

「ボーカルの人、誰? 卓実くんと付き合ってるのかな?」
「わかんない。今度、聞いてみる?」
そんな会話が聞こえた。
私はすぐにその場を離れた。それ以上、聞いてはいけない気がした。

卓実がバンドで参加するなんて聞いていない。
バンド名も知らない。
ライブの時間帯も知らない。

教えてくれそうなものなのに。
そんなふうに思う自分が意外だった。

知ってしまった以上は、本人に直接、聞いたほうがいいのだろうか。
でも、あえて知らせなかったことに何か理由があるのかもしれない。

思えば、私は卓実に迷惑をかけすぎている。
小樽での不甲斐ない記憶が蘇ってきた。
何か気に障るようなことをしていても、おかしくない。

それか、どこかで気づいたのかもしれない。
「コイツと居ても別におもしろくない。あれ? なんでコイツと一緒にいるんだ?」と。
交友関係の広い卓実のことだ。
何か別のことに興味を引かれてそっちに行くのは、もはや自然の摂理だ。
有り体に言ってしまえば、私に飽きたのだろう。
可能性としては、こっちのほうが高そうだ。

学校祭の初日、ありがたいことに、伊勢先生は文芸部の展示を見に来てくれた。
展示と言っても、冊子とそれを読む単なる休憩所である。食べ物を持ち込むのも自由だ。
「卓実のバンドのライブ、見に行きますか?」
「そうだね。行くよ」
伊勢先生は知っていた。やっぱり、私には知られたくないということなのだろうか。

「卓実のバンドの名前なんですか? バンド名も知らないから、時間もわからなくて」
先生はシャツのポケットからプログラムを出すと、そこに書かれたバンド名を指差して教えてくれた。「聞きに行ってあげたら喜ぶと思うよ」

私の不安を知ってか知らずか、先生はそう言った。それを聞いたら、端っこから覗くくらいはしてもいいのだろうかと思えた。

でも、実際には聞きに行くことができなかった。
どちらかを選択する必要がなくなったのだから、運が良かったと言えば良かったのかもしれない。

ライブの時間、私は買い出しに行っていた。
材料が思ったより早くに切れてしまい、買い出し班の一人の代わりに、私が行くと申し出た。
その女子は卓実のバンドに知り合いがいるからライブを見に行きたいと言っていた。

もしかしたら彼女が行きたい気持ちよりも、私が買い出しに行こうとする気持ちのほうが強かったのかもしれない。
買い出し班はやけに積極的な私に引きつつも、じゃあ一緒に行こうかと言ってくれた。

これで良かったんだ。
買い出しを終えた頃には既にそう思っていた。

卓実は文芸部にも顔を出さなかった。
友人と校内を周っている間も、不思議と会わなかった。彼のクラスは屋台をしているから、それで会う確率が減っていたのかもしれない。

別に以前の状態に戻るだけだ。
私はまた伊勢先生を独り占めできる。
それなのに、頭の片隅には卓実へのもやもやした感情があった。

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