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逃走生活

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夫の暴力からの逃れての逃走生活にまつわるエッセイ。受けた傷から回復していくこと、どうしようもない心の動きのこと。
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2016年3月の記事一覧

依存症恐怖症

 「依存症」が怖くてたまらない。

 時折、会社帰りにふと思うことがある。今日は疲れたからお酒でも買ってみようかな。しかし、売り場に立って考え込んでしまう。今日の一杯が明日の二杯になり、やがて歯止めがきかなくなる日がくるかもしれない。
 私はそそくさと売り場を離れる。

 新しい春物の服を買いたいなと思って百貨店に出向く。ここでも私はふいに怖くなる。「買い物依存症」という単語が頭をよぎるのだ。
 

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私はそれを直視できない

 現実を直視するのは、時にとても怖いことだ。
 いったん現実を直視してしまったならば、その事実は自分のものになってしまう。その事実を受け入れて、向き合っていかねばならなくなってしまう。

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 夫の暴力が始まったころ、私は追い立てられるようにいろいろな新しいことに挑戦しようとし始めた。

 手始めに一眼レフカメラを買った。写真の入門書を買って露出や絞りの使い方を学び、自宅の周辺で人に見せ

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罪悪感とその逃げ場としての落語

 夫の暴力と向き合うことは正体不明の罪悪感にさらされることだった。 
 彼が暴れる原因は私との生活のストレスなのかもしれない。彼は大声で怒鳴りちらしたり物を投げたりするけれど、この程度の爆発はどこの家庭でも当たり前に起こりえることで、私が過剰に反応しすぎているだけなのかもしれない。
 夫自身も、暴力に抗議する私にこんなことを言い放ってその罪悪感に拍車をかけるのだった。
「人のことを責める前に、自分

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その変化を信じられるか -DV加害者向けプログラムに思う

「DV加害者向けプログラムについてパートナー向けの説明会を実施します」

 暴力から逃れるために自宅から離れて数か月、ひっそりと一人で暮らす私のもとにカウンセリング施設からの封書が届いた。自宅住所に発送されたもののようで、郵便局の転送シールが貼られている。

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 夫が加害者向けプログラムに通う意志を示したのは、別居を始める少し前のことだった。
 彼の暴力や暴言には不定期ながらも周期があ

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料理は祈り

 料理をすることは祈ることだと思っている。
 食事を整えることは、身近にいる誰かと自分自身とが明日もまた健康であるようにと祈ることだ。

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  夫の暴力からの逃走生活が始まり、仮住まいのマンスリーマンションに落ち着くことはできたものの、台所には満足いくだけの調理器具など揃っていなかった。用意されていたのはフライパンが一つと薄い金属製のいかにも貧弱な鍋だけだ。もちろん調味料だって何一つ

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逃走生活の始まり

 スーツケースと大きな紙袋一つずつに詰められるだけの衣類や生活用品を抱えて私が自宅を出たのは、9月半ばの午後のことだった。
 
 私と彼の共同生活は結婚後わずか数か月で始まった彼の暴力によってあっという間に破綻した。二人で話し合おうとしたり、感情的に泣き叫んだり、病院に行ったり、問題を記したカードをテーブルいっぱいにならべて因果関係を整理しようと試みたり、いろいろな出来事があったけれど、そのどれも

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