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病院変更とリウマチ症状の現状確認、私の希望

病院を変更した

すごく悩んで、通院している病院を変えることにした。

これまで、1か月に1回くらい、血液検査と尿検査、視診のあと「薬のみます?」「様子みます」の繰り返しでやってきた。こちらの「飲みたくない」という意向を無理に却下しないでくれたことには感謝している。だけど、その根底には「本人がそういうから」「それなら自己責任でどうぞ」という、それ以上でも以下でもないという感覚があって、疑問を持っていたんだと思う。

なによりも、「治った人がいるのか、寛解&ドラッグフリーについてどういう風に考えているか」という質問に対して、否定的なニュアンスがぬぐい切れなかったことがいちばんの理由。私は「治りたい」のだから、「治る」と信じている先生(少なくともその可能性を認めている)に診てもらいたい、と思っているから。

それから、2~3分の診療中に細かな質問はほとんどできない、ということも不安だったな。立場が違えば、「お医者さんも忙しいから、ひとりひとりに親身にとか言ってる暇はない」という考え方もあると思う。だけど、私にとっては薬を飲むということは副作用のリスクを引き受けるということで、「数字があがったから」「腫れがでたから」といってすぐにハイといえるものではなくて。不安を感じるのは自然なことだと思うし、それ(私のその感情)を否定しないと決めたから、それを尊重したい。というか、する、その練習。

これまで、勝手に相手の状況を考えて「困るだろうな」とか、「相手にも事情があるだろうし、迷惑かも」と、自分から本意を引っ込めてしまう癖があったのだけど、たぶんそういう自分の思考の癖にひっぱられた態度の癖が(自分にとって)望まない状況を生んでいて、(不本意の)その先にリウマチがつながっていたんじゃないかな、と感じてる。だから治療においては、私の希望を認識してそれにこだわることが重要なんじゃないだろうか・・・とも。希望を伝えて、相手が無理ならその時また考えればいい。「(私の希望とは)合わなかった」、ただそれだけのこと。それがわかればわかったで納得して前に進めるし、私にとってもいいことだと思う。

病院を変更して、これからどうする、私?

いまも、薬を飲みたくないという気持ちは変わらない。引き続き体質改善やデトックスなどの自然療法などを継続して、その他いろいろな方法を取り入れるという方向性も変わらない。だけど、拡がる痛みと腫れ、このまま様子を見ていていいのか?・・・不安も変わらない。うーん。

服薬するかどうかの選択を迫られることはほぼ間違いないだろうな。あらためて、基本的ではあるけど心構えを認識しておこうと思う。

・自分の希望をいつも確認して明確にしておく
・気になることは質問する、伝える
・治った人・治した人の情報を集める、関わる

痛みや腫れなど、現状確認(メモ)

半年のあいだジリジリ進む感じだったので、痛みに慣れてしまったり(しょうがない・・・と受け入れモード)して、当初からここまでの変化を強く意識できていないかも?ということで、痛みや腫れについて現在の状況をメモしておきたい。

・痛い
両肩、右ひじ、両手首、両手の甲、両膝、右足首、左足の甲、右足かかと。けっこうほとんどじゃん、と思う。とくに両手首はこの数週間で急に痛くなって、メキっという嫌な感じが不安のもとになってる。右肩は数日前起きたときに急に激痛がはしって、腕を上げることができなくなってしまった。何の前触れもなかったので、急に悪化しているのではと不安になった。両手首と両肩の動きを制限されてしまうと、かなり日常生活に支障がでて心細くなる。何度か顎が痛くなったこともあって、トーストとかサラダを食べるのが大変だった。

・動きが悪い
右手の指、中指は曲がらない。とにかく固まらないようにこまめにオイルマッサージ、入浴中にもマッサージ。日中は比較的マシだけど、中指が曲がらないことで小銭を取り出すときとかオタオタする。

・腫れている
左足首と甲、右足首、右鎖骨。左足首と甲は、疲れるとすぐにパンパンに腫れる(指で押すと穴が開いたみたいにへこむ)&座りすぎても腫れる。だけどマッサージなどで腫れがひくときもあるし、やっぱり流れをよくするのが大事なんだろうな。それに先週あたり、毎日長めの散歩をしていたら、腫れがひいている日が結構増えたように思う。これから暖かい季節だし、ゆっくりでも、できるだけ歩こうと思っている。それにしてもヒマシ油でマッサージしているのに、皮膚がカサカサになってるのはなんでだろう。

右足首もマッサージで最近は腫れがだいぶ引いた。こういうのがあると嬉しいし、マッサージの効果を信じる気持ちもむくむく湧いてくる。

右鎖骨はいちばん不安になっている部分。胴体に近いというか、胴体だから。もしかすると右肩があがらなくなった原因だったりするのかな、と思うのだけどどうだろう・・・

動作についての確認(メモ)

痛くて日常の動作ができなかったり、できても3倍くらい時間がかかったり。手指や手首の痛みのひどい時などは、スマホすら重たいと思うくらい。見た目では意外とわからないと思うので、家族や友人、パートナーなどがリウマチという人がいたら、へえ、と知っておいてもらえたらうれしいなと思います。これまでできていた日常の動作ができなくなることって、結構もどかしいというか、場合によってはメンタルどーん、という感じなので、身近な人に気づいてもらえるだけで救われる人結構いるんじゃないかな?って思うので・・・

動作について、ざっといま思いつくものは以下の通り。

△ 時間をかければできる、低クオリティでできる
ひねる動作(ドアノブ・蛇口など)・缶詰のプルタブを開ける・薬などマジックカットを切る・階段(特に下り)・文字を書く・トイレでパンツをおろす・下着の着脱・リュックを背負う・髪の毛を洗う(ブリーチでパサついて絡まる)・ソファなど低めの椅子から立ち上がる・布団をたたむ・寝返り

✕ ほぼできない
和式トイレ・重いものを持つ(片手でフライパン、ジョッキ、どんぶりなど)・ペットボトルのふたを開ける最初の動作・タイトな服を着る・これまではいていたスニーカー・爪切り・風呂の椅子に座る・サイドジッパー・布巾を絞る

? できるだけ避けたい
座敷など地べたずわり

身近な人に知っていてもらえるとうれしいこと

「ココが痛くてこれができないからこっちをこうして、」と、工夫すれば今日できたことが、翌日には痛み箇所が増えてしまったことでできなくなっていてガックリ、とか結構あります。前を向こうにもその時はさすがに萎える。で、無理に前を向こうとするのも矛盾しているので(たぶんそれが症状悪化につながるかと)、ひとしきりクソー!とかメソメソとか泣いてみたりするようにしたり・・・そのあとお茶を飲みながら感情を書き出してみて、「ずっと泣いていても良くなるわけじゃない」と受け入れて、また前を向く。どうしても浮き沈みが表に出てくると思うのですが、こういう生態なのだと認識しておいてもらえたら、すごくありがたいなと思います。

人にもよるのかもしれないけれど、「大変だね」とか「こうする必要がある」とかよりも、「大丈夫!」と応援してもらえると本当にうれしい。しばらくそっとしておいてくれるのもありがたいし、楽しいことに誘ってもらったり、楽しい話や希望の持てる話を聞くと気分が晴れて・・・と、書いてみて思ったのは、病気とか関係なく、つらい時に家族や友人やパートナーにこうしてもってうれしかった、というのとおなじかもしれない、ということ。

うまく動けず ⇒ 手伝ってもらったり、私の行動制限に付き合ってもらう場面が増える ⇒ 「迷惑かけてるんだろうな」からの「私お荷物かも・・・」と勝手に脳内変換するのをやめて、私の希望を書いてみました。(気を遣うとかではなくて)ちょっと気にかけてもらえる、って本当にうれしいこと。私もそういたいです。

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