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蒐集家、団結する 第一章 七、国蒐構の女

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 日付が変わろうとする中、都内某所にあるビル周辺には野次馬が集っていた。道路に緊急車両が数台停車し、規制線の張られている現場を彼らは物珍しげに見ている。そんな群衆を掻き分け、女刑事はビル内に足を踏み入れた。通報から数時間、既に負傷者は搬送されたが、手遅れだった者もいたと聞く。この「楽土蒐集会」東京支部で起きた事件を調べようと、彼女は指定の茶色い制服に身を包み、早速現場検証に向かっていた。
 襲撃によって多くの会員が死傷した部屋は、三階にあった。捜査員の出入りする扉から、刑事も中を覗き込み、鉄に似た臭いを残す光景に息を呑む。何度か事件現場を見てはいるが、ここまで深刻さを思わせるのはそうそうなかった。室内は既に清掃されているものの、壁や床のほぼ全体に血の痕が薄く残っている。そして四方の壁には無数の銃痕があり、機関銃による攻撃があったと推測させる。この状況で生存者がいたというのが驚きだった。
所沢ところざわさん、被害者の状況ですが」
 捜査員に呼び止められ、いったん刑事は部屋を後にする。「楽土蒐集会」会員によると思われる通報より数十分前が死亡推定時刻の遺体が、何体かあったという。襲撃はおよそ二回にわたって行われたということか。女刑事は考えながら、じっと報告に耳を傾けていた。
 
 
「――で、あれから白神くんに会ってないよ! 大丈夫かなぁ」
「なるほど、東京支部で騒ぎがあったって聞いたけど、そういうことだったのか」
 昨夜の出来事を椛が語り、治が納得の表情を浮かべた。夕方を過ぎた「七分咲き」の店内には、ここ最近よくそうしているように椛と真木、治が並んで座っていた。話を終えて苫小牧へ料理を頼んだ椛に、真木が渋い顔をする。
「本当に『楽土会』東京支部で、そんな惨劇があったっていうの? ……でも白神さんの行動に、この前春日山さんが彼に言ったことと通じるものがあるのも確かね」
 春日山というのが誰だか分からず、以前自分たちと白神の間に入った人だと聞いてやっと椛は思い出す。彼女の言っていた白神の「目的」こそ、会長殺害による「楽土蒐集会」乗っ取りだと真木がまとめる。それを聞きながら、椛は別の方面に心配を巡らせていた。
「それにしても、白神くんどうなったんだろう。無事だといいけどなぁ」
「相変わらず富岡さんは、彼が気掛かりなのね」
 天ぷらを揚げている苫小牧が微笑したが、すぐに顔へ影が差した。
「でも、あんまり入れ込み過ぎない事よ。誰にでも優しくしていると、私のようになるから気を付けて」
 カウンター越しに女将を眺め、椛は目を瞬かせる。その発言がどういう意味なのか問おうとした時、後方で引き戸が開いた。白神かと思って振り返るが、来客は面識もない別人だった。椛よりずっと低い身長で顔は幼く、ぱっと見て子どもにしか思えない。濃いめの眉と眉の間は広く、目や鼻といったパーツが大きい。口はへの字に結ばれ、簡単には言うことを聞いてくれなさそうだ。
 茶色いブレザー型の制服は仕事着らしく、左肩に取り付けられた小さな機器が、ジャケットの裾から見えるこれまた小型の機械にコードで繋がれている。右袖の肩近くには、六つに分かれた格子状の同心円が重なり合ったような、銀色の紋章が輝く。そして胸ポケットに、細長い六角形が二つ付いたものが収まっている茶色の翼に似たマークが取り付けられていた。
 真木ほどは明るくない茶色の髪をシャツとジャケットの間に仕舞っている彼女は、真っ先に治へ目を向けた。それに気付くなり顔色を変える彼に、女は胸ポケットから出した二つ折りのケースを開いて突き付けてきた。自分は国際蒐集取締機構こくさいしゅうしゅうとりしまりきこう日本支部刑事課にほんしぶけいじか突発事件捜査部とっぱつじけんそうさぶに属する所沢雲雀ひばりだ――長々しくそんな名乗りを上げた彼女は、治を逮捕すると言い張った。思わず椛は、見知らぬ人物へ身を乗り出す。
「ちょっと待って、ちょっと待って! あんた誰!? なんで治くんを捕まえようなんてするの?」
「無論、彼が蒐集家だから。ああ、よく見ればあなた方もそうでしたね。富岡椛に屋久島真木」
 こちらは相手が何者かなど知らないのに、向こうは椛たちの正体を把握しているらしい。治にも見せた警察手帳のようなものも改めて提示され、椛はますます状況が分からなくなった。
「雲雀ちゃん、今日は仕事帰り?」
 親しげな苫小牧の声に、所沢が顔を上げる。今はプライベートだと語る彼女に、苫小牧は冷静な対応を示した。
「この子たち、あまりあなたのことを知らないみたいよ。それなのに急に逮捕だなんて言われたら困るんじゃない? 不当に捕まえられたと訴えられるかもしれないわ」
 それを受けてしばらく所沢は鞄を漁っていたが、何かをぶつぶつ呟いた後で諦めた様子を見せた。すっかりやる気がなくなったのか、彼女は息をついて蒐集家より離れた椅子に腰掛ける。そんな刑事を、真木がじっと目で追っていた。対して先ほどまで疑われていた治は肩の力を抜き、椛と真木へ小声で話した。
 所沢――通称「ザワ」は蒐集家の犯罪のみを取り扱う組織・国際蒐集取締機構、略して国蒐構こくしゅうこうで働いている。世界を問わず蒐集家を追跡する彼らこそ、自分たちが最も警戒しなければならない相手だ。そんな説明を聞き、椛は湧き上がる恐怖を隠して少し先の女刑事を見た。酒を注文した彼女に、苫小牧は他の客へ見せるのと変わらない笑顔で要求する。
「お手数ですが、年齢確認の出来る物を――」
「菖蒲ちゃん! 私があんたより年上だって十分知っているよね!?」
 意外にも所沢の方が、苫小牧より先輩だった。二人は同じ大学の法学部に通っていた、一学年違いの友人だという。小さなグラスを差し出す店主に、真木が身を乗り出す。
「苫小牧さん、あなたは国蒐構とも関わりがあるんですか?」
 蒐集家の集う店を開きながら、と彼女は付け加える。来店した客の情報を国蒐構に売っていないか、警戒しているようだ。そんな真木に、苫小牧は平然と答えた。所沢が店へ来るのは、プライベートの時だけだ。ここで捜査や逮捕など、仕事に繋がることはしない。周りの客に心配を掛けたくないからだろうと微笑む女将を、所沢は俯いて無視する。
「それに、蒐集家達が話していることを雲雀ちゃんが聞く心配はないわ。ほら」
 苫小牧の手が示す方向を真木と同時に見て、椛は唖然とした。中身は半分も減っていないのに、所沢は片手を額に押さえている。酒にはめっぽう弱い体質らしい。グラスを飲み干してしまえばもう眠ってしまいそうだと、苫小牧は呟いた。
「お酒に弱い人を飲ませて、問題にならないんですか?」
「別に良いのよぅ、私が飲みたいから飲んでるんだから!」
 真木に反論する所沢は、もう呂律が乱れてきていた。店へ入ってきた時の威厳などどこにもない。その落差に椛が戸惑っていると、苫小牧が所沢からグラスを取り上げた。
「おかしいわねぇ。度数は一パーセントもないって書いてあるのに」
「菖蒲ちゃん、勝手に私の取らないでよぉ!」
 瓶の表示を確認する苫小牧へ、刑事は文句を言う。仕事で何かあったのか女将が問うと、所沢は不機嫌な顔で答えた。
「昨日……いや、今日の未明からずっと『楽土会』東京支部の襲撃を調べていたんだよ……」
 白神が関わっている件だと、椛の肩が跳ねる。彼について何か聞けるか気を張ったが、所沢から出てくるのは不満ばかりだった。色々と証言を聞き取りつつあるが、まだ犯人像は掴めていない。防犯カメラも破壊されており、特定は難航するだろう。そもそも負傷者が国内の病院にいない点が怪しい。「楽土蒐集会」に反発する者が襲撃したのか、はたまた会で内部分裂でも起きたのか。盗まれた痕跡がないので、蒐集品目当てではないだろう。なら構成員を狙った犯行か。
 ビルから押収した資料をもとに可能性を探っているが、それも膨大過ぎて所沢は途方に暮れているという。まだ始まったばかりだからと励ます苫小牧を、彼女は否定した。
「これから第二・第三の事件が起こるとも限らないんだよ。ああもう、最大の蒐集団体で何があったの!」
 今のところ「楽土蒐集会」は、蒐集団体の中でも規模が大きい。各地で支部を作ったかと思えば解散し、掴みどころがない。現地での人員を含めれば、蒐集団体の中で構成員は最も多いかもしれないとのことだ。蒐集品の数も膨大らしい。
「あそこに対抗できる団体なんて、そうそうにないでしょ。だから他団体からの襲撃はありえ……なくもない?」
 考えに頭を抱え、所沢はテーブルに顔を伏した。そこに治が、何気ない様子で椛を指差してくる。
「この人、昨日東京支部にいたみたいなんだよね。彼女が犯人ってことは考えられない?」
「治くん、それはないよ!」
 冗談じゃないと椛が反論していると、所沢が起きだした。焦点の合っていない目が揺れ、やがて姿勢を元の状態に戻してから彼女は首を振る。武器を持つ犯人らしき者の逃走を目撃した通行人によると、どうやら女ではないそうだ。
 とりあえず疑念が晴れて椛が安堵したところで、治が一つ提案してきた。現場にいた椛が証人として状況を話せば、所沢はありがたがり、しばらく狙われなくなるかもしれない。すかさず受け入れた椛は、伏している所沢へ呼び掛ける。
「えっと誰だっけ……ああ、ザワか。ザワ! あたしから役に立ちそうな話があるんだけど! ほら起きて!」
 肝心の女刑事は寝息を立てている。揺すぶっても起きようとしない。ついに証言を諦め、椛は肩を落としてテーブルに頬杖を突いた。先ほどから何となく引っ掛かっていたことが浮かぶ。「楽土蒐集会」に対抗できる組織など、本当にないのだろうか。
「楽土蒐集会」は「悪い人」たちの集まりだ。彼らが貴重な美術品や持ち主にとって大事な品を奪っている件は、他の蒐集家も知っているだろう。それなのに誰も、「楽土蒐集会」を止めようとしないのか。
 椛は胸元のペンダントを見下ろした。こんな小さなものよりもっと価値のあるものが盗まれ、困っている人がいる。今の状況が、これからも続いて良いのだろうか。
「――いいや、よくないよ!」
 声を上げた椛に、所沢を除く店内の人々の視線が集った。彼らへ宣言するように、椛は言い放つ。
「あたしたちも作ろうよ、蒐集団体! それで『楽土会』と戦うの!」
「はぁ!? あんた、正気?」
 すぐさま真木の声が上がった。メンバーを誰にするのか問われ、もちろん真木と治も加えるのだと椛は自信を持って答える。だとしてもこんな少人数で大規模な「楽土会」に敵うはずがない。そう強く訴える真木に続いて、明らかに不機嫌な顔をする治からも反対意見が出た。蒐集団体にろくな所などないと。
「俺も昔はある組織に入ってたんだけどね、居心地が悪くなってやめたんだ。君はその二の舞になる気? それに奴らの目的も分からないまま闇雲に戦っても、絶対に勝てない」
 敵が多い中、椛はひたすら言い返した。このまま「楽土蒐集会」に、好き放題させて良いものか。さらに言葉を考えていると、カウンターの向こうで苫小牧が声を掛けた。
「今すぐに二人が賛成するとは限らないわよ、急に言われたんだから。一日それぞれでゆっくり考えて、また話し合うっていうのはどう?」
「嗚呼、それなら冷静になれるかもね」
「……仕方ない。椛、明日も集合ね?」
 女将の提案に、反対していた二人がそれぞれ了承する。本当はすぐ動きたかったが、仲間が得られないのでは仕方がない。
「わかった。じゃあ二人とも、ちゃんと蒐集団体について考えてきてね!」
 頷いてから、椛は真木と治に念押しする。蒐集家が真剣に今後を思う中、国蒐構の女だけは一人、すっかり夢へと落ちていた。

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