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蒐集家、団結する 第一章 六、東京支部の襲撃

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 午後に昨夜蒐集した絵画を返却してすぐ、椛は「七分咲き」へと真木に連れられていった。開いたばかりの店には既に治がおり、カウンター越しに苫小牧と談笑している。椛が声を掛ける間もなく、真木が二人に詰め寄った。
「あなた達のいずれか、または両方ですね? 蒐集の予定を漏らしたのは!」
「真木ちゃん、また疑ってるの? いい加減やめようよ、その悪い癖」
 椛は席に着きながら、友を落ち着かせようとする。しかし真木はこちらの言葉を耳にするそぶりもなく、しらばくれている治たちへさらに尋ねた。
「黙っているということは、二人して何かあるんですね? さては組んでいるとかですか?」
「まさか、治くんと苫小牧さんに限ってそれはないよ!」
「可能性がないとは言い切れないでしょう!」
 真木の怒りが椛へと移った。神経質気味に声を荒げる彼女へ、椛も大声で応酬する。店の上にある高架で電車の走る轟音が、掻き消されんばかりだった。裏切り者などいるわけがない、いるなどと言い合っているうちに、後ろで引き戸が開く。
「やかましい。外まで聞こえていたぞ」
 不機嫌な顔で訴える白神は、以前と変わらずこちらから離れて座る。それを見た椛は、すかさず真木たちと挟むようにして彼の隣に移った。すっきりしたデジタル式の腕時計を見ていた白神が、呆れに近い声で問う。
「なんのつもりだ、『偽善家』」
 やはりその通り名には不満がある。自分にもちゃんと名前があるのだ。
「だから遠慮なく、『椛ちゃん』って呼んでね!」
 椛がそう頼むなり、真木と治が揃って突っ込みを入れた。いくら何でも、自らその呼び方を求めるのはどうなのかと。そういえば治には提案していなかったと気付き、彼にも「椛ちゃん」呼びを求める。だがすぐに「富岡さん」で押し切られてしまった。そして白神も、相変わらず椛を「偽善家」と呼ぶばかりだった。
 周りの冷たさに肩を落とし、椛は伸ばした腕をテーブルに載せる。そうして顔を伏せていると、白神の呟きが聞こえてきた。
「……姉に似ているな、おまえ」
 自分のことかと思い、椛は身を起こす。だが白神の顔は真木に向けられていた。お冷のグラスに口を付けていた友も、きょとんとして瞬きをする。
「白神くん、お姉さんいるの? どんな人?」
 何気なく問うたつもりだったが、振り返った白神を見て椛はたじろいだ。いつも虚ろ気味な目の瞳孔が開き、やや血走っている。獲物でも狙っているかのような気迫に押され、思わず後ずさりしたくなった。やがて白神が腕時計を一瞥して立ち上がる。何も注文せず、彼は店を出て行った。
「そういえば俺も、『勝負師』が昔何をしていたかとか、聞いてないなぁ。彼が蒐集家になってまだ日が浅いみたいだし、それほど情報が流れてないからかもしれないけど」
 出入り口をじっと眺め、治が炭酸水の入ったグラスを傾ける。それを引き継ぐように、苫小牧もまた白神について明かした。
「確かにあの子は何か隠しているみたいで……どうも『楽土会』には、思う所があるようなの」
「嗚呼、それで『無縫者』――昨日俺たちを助けようとした春日山が、あんなことを言っていたのかな?」
 目的がある、だったか。白神は「楽土蒐集会」のそれとは別に、何か狙いがあるのか。すぐ聞きたいのに、肝心の彼がいない。居ても立ってもいられなくなり、椛は立ち上がった。真木が止めるのも聞かず、店を飛び出す。日の入りが早くなり、暗くなってきた外を駆け、昨日も訪れた「楽土蒐集会」東京支部へ直行した。
 裏口から階段を上り、ひとまず平泉に尋問を受けた三階へ行く。並び立つ扉の中で人がいそうな部屋を直感で探り、そこへ入り込む。真っ先に血の臭いが鼻を突き抜け、次いで目に飛び込んできた光景に椛は腰を落とした。
「何をしに来た、『偽善家』」
 この部屋で唯一、平然と立っている白神の問いにも答えられない。それより彼の周りに注目せざるを得ない。平泉と出会った場所よりも広い空間には、赤が広がっていた。相変わらず何も置かれていない床に、いくつもの死体が転がっている。十人は超えるだろうか、彼らには体の至る所に穴が開き、出血の量も多い。その周囲に数え切れないほどの薬莢が散らばっていた。
 椛はゆっくりと、白神へ視線を移す。俯く彼は拳銃を手に立ち、足元には機関銃が投げ捨てられている。白に揃えられた服は、所々返り血で染まっている。惨劇を起こした理由を尋ねたくても、今は声が出なかった。
 椛の背後で扉が開く。振り返ると、こちらを驚いた顔で見下ろす平泉と目が合った。彼はすぐ状況を認め、白神を正視する。
「『偽善家』は逃げる心配もないだろう。あんたから聞こうか、白神」
 平泉の言葉で、自分がしばらくは立てそうにないと椛は気付いた。なぜか体の下半分が動かない。
「……なぁ。熊野仁成くまのひとなりはどこだ?」
 白神がくぐもった声で問う。平泉が何も言わずにいると、彼は顔を上げて怒鳴りつけてきた。
「熊野はどこだ! あいつはここに来るんじゃなかったのか!?」
 涙の溜まっているような目で白神は平泉を睨むと、拳銃をさらに強く握り締めた。殺害は正当防衛と口封じだ。そう呟いて、彼はこちらへ背を向ける。
「……裏切られた。熊野を倒そうと決めた仲間に」
 白神はあらかじめ、今日この場に来るはずだった「楽土蒐集会」会長・熊野仁成を殺すつもりであった。熊野へ反感を持つ仲間を集め、周到に立てた計画をあるきっかけで前倒ししたらしい。しかし約束の時間になっても、会長は姿を見せなかった。なかなか標的が現れない中、同志から気に触れることを言われた。
「なんで熊野を殺そうとしているんだって、今になって否定されたよ。あいつら、これまでもやつを失脚させようとしてできなかったくせに」
 その仲間とはひどい口論になり、やがて武器を向けられた。身を守るため返り討ちにし、周りにいた他の人々も口封じのため容赦なく絶命させた――。
「……なんで。なんで白神くん、そこまでしたの?」
 椛は弱々しい声しか出せなかった。今の話を全く聞けなかっただろう人々を見やる。敵とも呼べる「楽土蒐集会」でありながら、彼らの死には同情が込み上げてきた。自分が危なかったとはいえ、ここまでひどい殺しをしなければいけなかったのか。
「あんたならやりかねないことか。それでもやはり残虐すぎるんじゃないか? あんたはいつも、蒐集のときに容赦なく人を殺すんだってな」
 会員たちから聞いたという平泉の言葉に、椛はまたも何も言えなくなった。白神を見ようとするも、焦点がぶれる。蒐集の場にたまたまいた無関係の人も、彼は葬ってきたそうだ。そんな悪事など、簡単に許されるはずがない。そう思うのは副会長も同じであるようだった。
「ぼくたちは平和のために動いているんだ。あんたの勝手で、組織の名誉を傷付けないでもらいたい」
「そんなおまえも、平和を盾に好き勝手やっているよな」
 平和なる単語が耳に入った気がするが、椛はぴんと来ない。ものを盗む「悪い」人が、そんな大々的なことに関わっているのか。椛が考えている間に、平泉が白神へ「楽土蒐集会」に入った理由を問う。
「仕方ない、話してやろう。初めはおまえたちを手伝ってやりたかったが、気が変わった。この『楽土会』を、おれの思うままにしたかった。だから熊野は邪魔だったんだ。おれは家の誇りを守らなければならない。自分勝手なやつに組織を任せてられるか」
「昨日は仇にも会っただろう。やつを倒す気はなかったのか?」
「殺したところで何になる? 得にならなきゃ、おれは動く気になれない」
 平然とした態度の白神を、椛は呆然と見つめる。苫小牧の言った通り、彼には「楽土蒐集会」に思うところがあったのだ。
 やがて白神が、そっと拳銃を持ち上げた。彼の狙いに気付き、椛は重い腰を引きずって動きだした。ようやく平泉の前に着き、ぽかんとした白神の表情を捉える。守っている者の声も、後ろから聞こえた。
「何をしているんだ、『偽善家』? あんたは白神の味方じゃなかったのか?」
「そうだ。前はおれにあんなことを言ったくせに――なぜ」
 立て続けに尋ねられ、椛は返事に窮する。ただ勝手に体が動いた、それしか言えなかった。
「……そうだ。あたし、人を助けたくて蒐集家になったんだよ」
 あの「天使」のようになりたかった。その思いが、自分を動かしたのだろう。蒐集家になる前は、人の言いなりで動いていた。自由を押し殺し歯車として働いていた、そのころが人生で一番惨めだったに違いない。当時は自分のことで精いっぱいだったが、今はそうではない。人のために、何かが出来る気がする。
「あたしは、『天使』みたいになれるなら誰だって助けたい! そんな蒐集家になりたいの!」
「ふざけるな、『偽善家』。蒐集家はそんな存在じゃないんだぞ!」
 白神が声を荒げて一蹴する。蒐集家は世の中の掟を破り、ただ己のために動くものだ。そう言い捨て、彼はこちらへ銃を向ける。途端に心臓が騒ぎだし、これから死ぬのが恐ろしくなる。
「……『偽善家』。なぜ今まで、おれに気安くしてきたんだ?」
 低い問い掛けが、椛の耳を打つ。殺害に躊躇いのない外道だと、白神は自らを称した。一か八かで大胆な判断を即座に行い、邪魔と見做したものは排除する。「勝負師」と呼ばれる由来も、そこから来ているのだと。
「なんでって、あたしは白神くんと仲よくなりたかったんだよ。せっかく同じ蒐集家なんだから――」
「おれは、おまえの思う蒐集家じゃない」
 断言する白神に、椛は首を振る。
「そんなことないよ。一緒に苫小牧さんのお店で、ごはん食べた友だちじゃん」
 対峙する男の手が、わずかに震えた気がした。やっと腰に力が戻り、椛は立ち上がるべく床に手を突く。そこに再び、白神から聞かれる。自分は蒐集業界で、何がしたいのか。思わず椛に笑みが零れた。
「あたしはただ、やりたいことを好きなようにやりたいだけだよ」
 そうして姿勢を起こそうとした椛を、外の物音が阻んだ。いつの間に控えていたのか、廊下から複数の会員たちが部屋へ入ってくる。各々が機関銃などの武器を手に、白神を取り囲んでいる。
「彼のやり方は、ぼくたちと合いそうにない。……あまり気は進まないが、これも故郷のためだ!」
 平泉が手を振り上げ、会員たちが動こうとした瞬間だった。発砲音がし、誰かの小さな呻き声がする。平泉が左腕を押さえていると気付くなり、椛は白神の叫びを聞いた。
「早くここを出ろ、富岡! 巻き込むぞ!」
 驚いて振り返る会員たちの間に、拳銃を持つ白神の姿が見える。椛は頷き、人々が彼に気を取られている隙に部屋を脱出した。廊下を走る中、遠くの悲鳴や銃声が耳に届く。あの場所で何が起きているのだろう。白神はどうなったのか。知りたい気持ちが募るが、とにかく今は逃げを優先するしかなかった。

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