見出し画像

蒐集家、団結する 第一章 八、結成「早二野」

第一章一話へ

前の話へ


 自分を裏切った仲間たちを殺し、平泉に指示された襲撃から逃げ延びた翌日、白神は「楽土蒐集会」の施設に赴かなかった。狙ってきた敵は大方片付けたとはいえ、事件の騒ぎが他の構成員に伝わっているかもしれない。迂闊に顔を見せるなど出来ない。東京支部では国蒐構の者らがうろついているとも聞いた。加えて今は、どうしても問い詰めたい者がいる。
 自宅から白神は電話を掛ける。相手はいつものようにのらりくらりとした挨拶をしてきた。
「春日山。どうして熊野を倒すための話し合いにも、作戦にも来なかったんだ。結局それで命拾いしたわけだが」
 すぐに、やりたいことが他にあったからと返される。彼女は何より、自分の心を大事にする人物だったと今さらのように気付く。だったら先に言ってくれれば良いものを。気持ちを切り替え、昨夜あったことの詳細を明かす。本当に熊野を倒すつもりだったのかと、相手には驚かれた。
『ああ、そのお仲間だけどね。あの中に、君の家族を殺した奴もいたんだよ。良かったね、仇討ちが出来て』
 何ということもないように話す春日山に、白神は黙り込む。以前彼女が仇だと聞いた時と同じく、何も頭に浮かんでこない。春日山は、その構成員を前から見知っていたのか。
『そうだよ。昨日も連絡を取っていてね。会長さんを倒すなんてどうなんだって、言ってやったんだ。その会長さんにも東京に来るなって、話しといたよ』
 耳元に近付けていた端末が、手から落ちそうになる。慌ててそれを掴み、白神は考えを整理した。春日山凪は、家族を殺した一人であった。そしてそもそも自分がやろうとしていたことさえ、妨害していたのだ。わざわざ気付かれないよう根回しもして。
 それまで静かだった心が、一気に熱を持った。今すぐ端末の向こうにいる相手を叩きのめしたい。彼女が、自分の何もかもを壊したのだ。子ども扱いしながらも家の誇りを教えてくれた家族や、考えを改める中で立てた作戦まで。やたら絡んで心を許してもらおうとして、犯人と気付かれないようにしながら、自分を陥れようとしていたのだ。
「ふざけるな、『無縫者』!」
 そう叫んだのを皮切りに、白神は相手へ思うままに感情をぶつけた。知らないうちに押し殺されていた恨みや怒りが、一心に喉元を駆け上がる。向こうが何を言っているか、はっきり聞き取れなかった。ただ、手痛い報復をしてやろうとは決めていた。
 衝動の赴くままに通話を切る。そうしてしばらくしないうちに、今度は昨日会いたいと思っていた者から着信があった。東京支部であった騒ぎについて聞きたいそうだ。外出も憚られる時勢に直接会うことを求めるとは、よほど立腹しているのか。白神は手短にやり取りを終え、スマートフォンをズボンのポケットに入れた。


 苫小牧の提案通り、椛たちは翌日に蒐集団体結成の話を持ち越した。夜になって椛と真木が「七分咲き」を訪れた時、まだ治はいなかった。代わりに、心配していた顔が見える。
「白神くん、元気? この前は助けてくれてありがとうね!」
 カウンターの一番隅に座っている白神は、椛を振り返ってすぐに前を向いてしまった。傷もなさそうだと安堵して、その隣に椛は腰を下ろす。そこに治も来店し、白神の存在に顔をしかめた。
「彼もいるんだったら、話を聞かれない場所にすれば良かったかな?」
「いいよ、いいよ! ここで!」
 椛が治に手招きをした時、白神の低い呟きが聞こえてきた。
「『楽土会』を、やめてきた」
 女将を除く全員が、白神へ顔を向けた。既に事情を知っているらしい苫小牧は、黙ってお冷を用意している。
「会長――熊野仁成に呼び出されて、頭に来た。さっきからここで、おまえたちを待っていたんだ。今日も来る気がしてな」
 もう「楽土蒐集会」に戻るつもりはない。そう言い切って、白神はこちらも見ず語りだした。
 白神の実家は東北にある名家で、先祖が買い取った美術品も多く所持していた。それに「楽土蒐集会」が目を付け、今年の二月に家へ押し入った。
「ちょうどそのとき、おれは家にいなかった。受験で上京していたからな……」
 白神は淡々と語る中、片方の拳を握る。四人兄弟の末だった彼だけが生き残った。他の家族は幼い甥・姪も含め皆が殺されたのだ。しかし彼を「楽土蒐集会」へ引き付けたのは、その事実ではなかった。
 家にあった名物は、景気が傾くにつれて次々と手放さざるを得なくなっていた。辛うじて残った貴重な品も、「楽土蒐集会」は目的のためごっそりと奪っていった。その狙いに、ふと共感を覚えた。彼らと共に先祖たちが守ってきたものを、かつての栄光を示す品を活用していきたかった。
「仇を殺してやろうなんて気はなかった。ただ『楽土会』の力になりたかったんだ」
 そうして進学した後、組織に入った。しかし蒐集の傍らで密かに内部情報を調べる中、次第に疑問が生じてきた。「楽土蒐集会」は、本当に自分の思い通りの活動をしてくれるのかと。
「そこで怪しい熊野を押しのけてやろうと思ったんだ。失敗して、今日彼から直々に呼び出されたが」
 ほとんど面識のない会長は、自分とは相容れない思いを持っていた。それを知って、白神の心は「楽土蒐集会」から急速に離れていった。熊野はかつての所業を謝ってきたが、白神は聞き入れなかった。そして改心の要求も突っぱねる。目的のためなら、犠牲など気にしていられない。
 乗っ取りの計画も、今回の騒ぎで広く知られただろう。このまま活動していても、邪魔が入りかねない。先日とは別の裏切りも発覚し、報復も行いたい。いっそ思惑の違える「楽土蒐集会」など、この手で壊してやりたい。会長に脱会を言い付け、返事も待たずにその場を後にした――。
「……ごめんね、白神くん」
 椛は小さく零した。ここ最近よく会ってきたが、彼の心に少しも気付けなかった。元々人の細かい感情などを察するのは苦手だが、それを置いても情けない。
「そんな事があったのね。分かって安心したわ。よくそこまでやってきたわね、まだ若いのに」
 苫小牧もいつの間にか手を止め、話に聞き入っていたようだった。グラスに付いた水滴を拭き取り、お冷の入ったそれを椛たちへ渡す。女将の言葉に興味を持ち、椛は白神の年を尋ねる。
「十八だ。今年で十九になる」
「……若い!」
 椛は一声叫び、顔を手で覆った。白神の生まれが世紀をまたいでいると真木が呟いているのが聞こえ、それがより衝撃をじわじわと与えてくる。まだ大学一年生ながら、年上である「楽土蒐集会」の人々と渡り合ってきたのだ。それを思うと、椛の中である期待が膨れ上がってきた。真木と治がどんな反応をするかも気にせず、白神へ勧める。
「ねぇ、あたしたちの蒐集団体に入らない? ちょうどみんなで『楽土会』倒そうってしてたとこなんだ! いいでしょ?」
「まだ団体を作るとも決めてないでしょう!」
 真木に襟裏を掴まれ、引き寄せられる。すっかり設立するものと意気込んでいた椛は、きょとんとして真木と治を一瞥した。二人とも、まだ「楽土蒐集会」との対峙に懸念があるようだ。
「それに彼、一度は俺たちの敵だっただろう? 油断ならないとは思うね」
 治が怪訝な目で、仲間入りを悩む青年を見る。白神はじっと考え込んでいたが、やがて頷いた。
「人数がいれば心強いな。それにおまえたちは、人の奪われたものを返しているんだったか?」
 白神の瞳が鋭く光った。彼は体の向きを変え、椛たちへ頭を下げる。
「前は殺そうとして悪かった。これからは『楽土会』と完全に敵対する。それを認めてくれるなら……きみたちの仲間に入れてくれないか?」
 椛は咄嗟に、真木と治を振り返った。真木はまだ渋い顔をしているが、治はややあって口を開いた。
「なるほど『勝負師』だね、君は。したたかに目的を変えながら『楽土会』で立ち回るなんて、並の人間には出来ないよ。ところで『楽土会』の弱みは、もう分かっているの?」
「やつらの目的や、表に出ていない事情なら」
「だってさ、屋久島さん。これは『楽土会』打倒に役立つと思わない?」
 治も同調してくれそうだ。椛は残る真木の反応を待った。長い沈黙の後、彼女はようやく答える。
「三人が望んでいるなら、わたし一人では勝てませんね。仕方ないですが受け入れましょう、白神さん。ただし、裏切ったら許しませんよ」
 冷ややかに睨み付ける真木にも、白神は動じない。一人では厳しいだろう「楽土蒐集会」壊滅のため協力しようと、改めて椛たちに申し出た。
「それでおれは、新しい蒐集団体に入ったってことでいいのか?」
「あ、そうだよ! あたしたちは四人で、『楽土会』を倒す蒐集団体なんだよね?」
 治が肯定し、遅れて真木も頷く。話がまとまってほっとした時、椛は自分たちの団体に名前がないと気付いた。早速名付けようと四人で話し合うが、良いものは出てこない。「楽土蒐集会」のように、少し洒落た名前にしたいものだが。
「お困りなら、助けてあげましょうか?」
 苫小牧がカウンターの向こうから新聞を差し出す。普段新聞を読まない椛は、細かい文字の羅列に顔をしかめた。内容も難しそうで、よく分からない。だが苫小牧曰く、ニュース自体は問題ではないらしい。
 まず四人が目を瞑り、紙面を指差す。指の先に印刷されている文字を組み合わせれば、面白い名前が出来るのではないか。そのやり方に興味を持ち、椛たちはテーブルに置いた一面記事で試すことにした。そしてそれぞれが指差したのは、「に」「や」「は」「の」の単語だった。それらを語呂の良いように組み替える。真木がスマートフォンにメモした中から、椛は気に入ったものを見つけた。
「『はやにの』……これとかいいんじゃない? でもひらがなじゃなぁ」
 椛は真木の端末を奪い取ると適当に仮名を変換し、やがて「早二野」の文字に頷いた。これなら覚えやすい上に書きやすい。他の「構成員」からも同意を得た。椛は意気揚々と宣言する。
「よし! これであたしたちは、蒐集団体『早二野』だね!」
 苫小牧も含む店内の者が固く頷いた。放っておけばすぐ忘れそうな「構成員」を覚えておこうと、椛は真木に貰ったメモ用紙とペンで名前を書き込む。うろ覚えの本名を当人に補足されつつペンを進めていたが、白神の所で手を止める。誰も彼の名前を聞いていなかった。しかし肝心の本人は、「名前らしくない名前」と言って教えようともしない。ヒントを得るべく椛が催促すると、彼はぶつぶつと呟いた。
「地元の近くにある山の名前だ。漢字三文字。実家辺りじゃ『神が住む山』とか言われていて……」
 椛が真っ先に浮かんだ答えは、不正解だと即刻断じられてしまった。「山」などを除いて漢字三文字だという。消沈する椛に代わり、真木が答えを映したというスマートフォンの画面を白神に見せる。途端に彼の顔色が変わった。真木が予想したもので合っているようだ。椛はどうしても知りたかったが、「白神の名誉がある」と真木に断られてしまった。もう名前の件は諦め、すぐ気を取り直す。
「じゃあ四人で『早二野』、『楽土会』を倒すべく頑張ろうか!」
「頼りにしているよ、リーダー」
 そう言ったのは治だったか。突然の呼称に、椛は呆気に取られる。まさかそんな重そうな立場になるなど思っておらず、頭は真っ白だ。
「蒐集団体を作るって言いだしたのは君だろう? なら、君が相応しいじゃないか」
 それならいくらか納得できる。加えて「リーダー」という響きが、くすぐったくもどこか嬉しい。少し緊張する役目を、椛は受け入れた。
 日付の変わり目は近い。明日から本格的に、『早二野』としての活動が始まるのだ。それを考えると、椛の興奮は収まりそうになかった。

次の話へ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?