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蒐集家、久遠に出会う 第一章 四、蒐集という名の妨害

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「それで椛、刑部姫って人――久遠は相変わらず帰ってくれないの?」
「うん。まぁ、頼りにはなるんだよ。でも気になるところもあってねぇ」
 刑部姫を迎えて一週間ほど経ったころ、椛は「七分咲き」のカウンターで真木に聞かれて、ここ最近の暮らしを思い出していた。自分を左右から挟む「早二野」の仲間には、刑部姫と久遠についてざっくり伝えている。新しい住人は家事を積極的にこなしてくれていて、おかげで楽が出来ている。床にものが置かれているとすぐ片付けようとするのは、いまだに困ってはいるが。経営する雑貨屋に店番としては立たないものの、売り上げの計算で苦しんでいる時は手伝ってくれるのだ。
「君のお店、そんな複雑な計算が必要なほど儲かっている?」
「何をしたらそこまで客が来なくなるんだ、やらかしたのか?」
 左から治と白神に容赦なく指摘され、椛はテーブルに額をぶつける。先週は数人しか客が来なかったなど、ここでは黙っておきたい。母が開いていた時は割と客の姿を毎日見掛けたのに、なぜこうなったのか。
「あの刑部姫、本当に人造人間なんでしょうね? 一体何のために、あんなわたし達でも人と思うような精巧なものを異世界では作ったの?」
 右に腰掛ける真木が、お冷を睨んで顔を上げずに呟く。機械らしい点といえば、刑部姫は食事もしないし風呂も好きでなさそうだ。触った感じは人のようで、動きにもカクカクした様子はない。人にそっくりな姿は、椛には取っ付きやすかった。
「ただ労働力を求めるだけなら、あそこまで人に近付けなくても良いはず。だのにそうすることは――」
「やっぱり人の姿でいる方が、馴染みやすいんじゃない? 俺だってただの機械じゃ、味気ないなって思うよ」
 そう気楽に言った治へ、真木は険しい顔のまま首を振る。そして「不気味の谷」なるものを挙げて、ロボットの見た目が人の姿に近付くほど親しみが湧きづらくなることを話してきた。少し小難しい内容に、椛は欠伸を噛み殺す。
「別に役に立つんだったら、どんな見た目でもいいじゃないか。人間に近かろうがどうだろうが」
 ぶっきらぼうに白神が言うのも気にせず、真木は久遠が本当に異世界で活用されているのか疑問を零していた。刑部姫に何か聞いているか問われても、椛は答えられない。そもそも久遠の生まれた世界が具体的にどんな場所か、全く知らなかった。
「ところで皆さん、そろそろ次の蒐集に関する話をした方が良いんじゃないかしら」
 カウンターを挟み、苫小牧がそっと身を乗り出して提案する。その女将を、真木は鋭く睨み付けた。前にも敵へ情報を流したとかで疑っていたとぼんやり覚えている彼女だ。また厳しく言いかねないと思って、椛は慌てて作戦会議を始めようとした。
「早く蒐集のことも決めちゃおうよ! で、次に蒐集するのってなんだっけ?」
 茶運び人形だと告げて、真木が依頼をまとめた紙を鞄から取り出す。目的の品は椛たちが計画を阻止した「楽土園付属らくどえんふぞくライニア博物館はくぶつかん」にあったが、国際蒐集取締機構こくさいしゅうしゅうとりしまりきこうこと国蒐構こくしゅうこうが回収しようとした際に外部へ持ち出されたという。博物館の集めたものが横取りされた話は、「楽土蒐集会」の解体後に何度か聞いている。
「にしても、おれの家にあった名物はいつ揃うんだ?」
 白神が明後日の方を向いてぼやいている。「楽土蒐集会」に実家で保管されていた貴重な美術品らを奪われた彼は、それを全て取り戻そうと躍起になっている。国蒐構に保管されているものも数点存在し、蒐集家という「罪人」の身では取りに行けないと零していた。さらに別の団体に奪われた品もあるかもしれないそうだ。彼のことも気掛かりだが、今は大事なものを盗まれて困っている人がいる。茶運び人形蒐集の計画へ、椛が話を戻そうとした時だった。
 背後の引き戸が勢いよく開く音がし、「早二野」の全員が振り返った。跳ね気味の黒髪が目立つ気の強そうな顔の男が、じっと店内の面々を見渡す。やがて短い眉の下にある瞳で苫小牧を捉え、予約の場所で会っているか問う。女将がそうだと告げると、続けて白神が立ち上がって空いている椅子へ客を招いた。
「あんたたちが、広告を出していた『早二野』で間違いないか?」
 コートを脱いで着席する客に、椛は黙ったままでいた。確かに「早二野」で合っているが、広告のことなど聞いていない。それとも忘れっぽい自分だけが覚えていないのか。しかし物覚えの良い真木も治も、広告の存在は知らないようだった。ただ一人、白神が平然と応じる。
「ああ、おれたちが『早二野』だ。広告はおれが勝手に出していた」
 素早く白神がスマートフォンを操作し、椛たちへ見せる。何やら細々とニュースが並んでいる中に、明らかに自分たちのことを示している広告の文言を発見して椛は声を上げた。困った人を助ける理念も、それを果たす団体の名前も、きちんと書いてある。ひとまず息を整えてから、椛は隣の店が文句を言おうが気にせず怒鳴った。
「どういうことなの、白神くん! あたしたち、こんな広告なんて聞いてないよ!?」
「依頼は少しでも多いほうがいいだろう? おれだって実家のものを早く回収したいんだ」
 白神が広告を出していたのは、「新世界ワイド」というニュースアプリだった。異世界を知る人しか閲覧せず、蒐集団体が構成員を募集する際にも使われているという。異世界の存在さえ認識していない一般の人間には触れられず、国蒐構も目を付けていないと白神は話している。
「だからといって、何をわたし達に黙ってやっているんですか! これは白神さんの電話番号で間違いないですよね?」
「……道理で最近、頻繁に蒐集の依頼や情報提供があると思ったよ。それも白神君からね」
 真木と治も叱責や呆れを口にする中、依頼しに来たと思われる来客はコートを片手に座ったまま固まっていた。白神へ追及する「早二野」の者を、じっと眺めている。やがて気まずそうに腰を浮かせて立ち上がろうとした。
「やっぱり急に頼んでも迷惑だったな。すみません、ここは改めて――」
「待って、待ってよ、お客さん! 何かあたしたちにお願いがあったんでしょう!?」
 椛が慌てて引き留めると、客は着かけていたコートを再び脱いで膝上に置いた。彦根直というその男は、落ち着きを取り戻した「早二野」へ険しい面持ちで頼みを申し出た。
「わたしがお願いしたいのは、ぜひ皆さんに製造中の久遠を手に入れてほしいということです。出来れば製造に使われる部品も全て。わたしは、二条元家にじょうもといえの久遠が作られるのを止めなければなりません」
 出されたお冷に一切手を付けず、彦根は語る。二条元家は、彦根が働く施設にも貢献した人物で、師匠とも恩人とも呼べる大切な人だった。何も知らない彦根へ久遠の何たるかを教え、共にその将来を語り合った。今年に入って死去した二条を巡り、彦根の属する「久遠研究所」ではある論争が起きた。同じく二条に久遠を学んだ同僚・姫路好古が、生前の二条を模した久遠を作ると宣言したのだ。
「姫路は二条さんの尊厳を穢すようなことを、平気でやろうとしている。研究所でも訴えたが止められなくて、姫路はそこを辞めた。今は多分一人で、二条さんを久遠として生かそうとしている……」
 椛はしばらく目を瞬かせ、姫路のやろうとしていることを整理した。死んでしまった二条を、久遠にして蘇らせようというのか。久遠が人そっくりに作られることは、刑部姫と接したことで十分知っている。しかしいくらその人に似せたとして、出来上がった久遠は本当に二条と呼べるのだろうか――。
「……姫路さんという方は、かなり危ういことをしているように見えますね。故人を久遠に利用しようだなんて、その人の尊厳を脅かしているように思います。まぁ、これはわたしの考えですが」
「はい、わたしもそれが一番の気掛かりなのです」
 真木の話した懸念に、彦根は力強く頷く。姫路は久遠作りを、二条が望んでいたことだと言って聞かなかった。もし久遠が完成すれば、天にいる二条が何を思うだろう。眉間に皺を寄せた彦根は、姫路の住むアパートの場所を椛たちに伝えた上で頭を下げる。
「この問題は、いずれ二条さんのことだけで済まされなくなるかもしれない。社会へ大きな影響を及ぼす前に、どうか姫路の計画を止めてください! どうか――!」
「……富岡さん、今回の件は『早二野』の理念に合っていると思う?」
 治が冷ややかに告げた言葉に、椛は心を揺らがせる。「早二野」の主な活動は、蒐集団体などに盗まれた品を返却することだ。一方で彦根は何も奪われたわけではなく、ただものを得てほしいと求めている。確かに普段とは違うかもしれない。しかし変わらないことはあった。
 ゆっくりと顔を上げた彦根は、心なしか顔色が悪く見える。二条のことが気になって、ずっと心を痛めてきたのだろう。広告を見つけてわざわざ来てくれた彼を、ここで追い返すわけにはいかない。そして二条元家の気持ちも、不意に想像させられた。姫路による製造が続けば、元になっている二条も悲しむかもしれない。
「あたしたちは、困った人を助けるから『早二野』なんだ。ここは頼みを聞いてあげなくちゃ!」
 遠くに座っていた彦根へ歩み寄り、椛は笑い掛ける。次いで振り向いた先の仲間たちも、揃って諦めたように息を漏らす。
「リーダーに従って、わたし達も協力することにします。ただし彦根さん、今ある蒐集の依頼を片付けてからでも宜しいでしょうか?」
 メモ用紙にペンを走らせ、真木が真摯な顔で尋ねる。彦根は一人ずつ丁寧に蒐集家たちの顔を見た後、深く頭を下げて礼を述べた。

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