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六段の調べ 破 二段 二、神秘的なページ

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序・初段一話へ


 連休が明けた後、清隆は部活前に中間報告として、『差流手事物』が箏に関する資料だったと八重崎に話した。地歌は三味線音楽が元だが箏曲と一体化したものもあり、特に歌の間奏が長い曲は「手事物」と呼ばれている。シャシャテンの説明をほぼ言われた通りに伝えてまっすぐ部活へ行こうとしたが、八重崎にすぐ呼び止められる。
「清隆くんって、学校とかでお箏やったことある?」
 その件に関してはあまり言いたくないが、嘘をつくのも気が引ける。廊下の人通りが少ないと確認し、清隆は正直に経験があると伝えた。やはり相手の反応が不安だ。悪く言われるのが、どうしても恐ろしくなる。
「へぇ、かっこいい! わたしも音楽の授業でちょっとだけやったことあるよ」
 八重崎の言葉に妙な安堵を覚えつつ、彼女も箏に触れていた時期があったとは驚く。この桜台高校に付属している中学校では、生徒が授業で箏を学ぶことがあるようだ。やはり彼女も高校に入ってからなかなか弾く機会がなく、それをどこか残念そうに零していた。母の箏教室を教えてやろうか清隆は考えたが、この近くに住む八重崎の家からは通うのが大変だろうと諦める。
「清隆くんの所はどうだった? 箏の授業」
「他の実技教科と選択式だった。全員はやっていなかった。男は俺一人だけだ」
 そう言った途端に八重崎が笑いだし、清隆は去年信に吹奏楽経験を公表した時を自然と思い返した。
「いや、せっかく伝統の楽器ができる機会なのに、やってなかった子はもったいないなって。そんな中できみは一人でも続けたんだから、すごいよ。もっと自信持ちなって」
 励ましているだろう言葉に、清隆はすぐ首を縦に振れなかった。あの孤独感は、男子の少ない吹奏楽部にいる時よりも強かった。だがここで弱みを見せてしまえば、八重崎はまた心配するだろう。ちょうど大友に狙われていた自分へしていたように。
 心苦しさは黙ったまま、清隆はそろそろ部活に行くよう八重崎に促す。そして自身も、足を進め始めた。

 
 シャシャテンのもとに四辻姫から『差流手事物』が届いたのは、それより数日経ったころだった。その夜、清隆が呼ばれて和室に行くと、シャシャテンが両手に持った二冊の本を見比べていた。表紙の筆跡や色味が微妙に違う以外は、大きさも形も一見同じようだ。シャシャテンはそれぞれの目次を開いて畳に置く。
「私も初めて知ったのじゃが……八重崎殿の持っておった書の方が、曲数が多いのじゃよ」
 紙面には曲名が並び、その上に番号が振られていた。よく見ると、四辻姫から届いた本には番号が五十二までしかないが、八重崎のものは五十四番まである。シャシャテンが指差す十番と十一番に別の曲が入っており、それ以降で数字がずれているのだ。
「それで何ゆえかと思っておったのじゃが……これを見よ」
 今度は本を裏表紙からめくり、シャシャテンは奥付を見せる。見慣れない元号に続いて数字が書かれており、シャシャテンによると八重崎が持っていた方が古いという。
「これは恐らく早い時分に刷られたものじゃな。それより後に出た奴から、例の二曲が削られておるのじゃろう」
 なぜこの二曲は消されなければならなかったのか。清隆は目次へ戻り、題名に何が書かれてあるのか探ろうとした。しかしどうしても読めない崩し字を、シャシャテンに「解読」してもらう。十曲目は「不死鳥を喰らふこと」、十一曲目は「太刀を以て不死鳥を斬る」とあるようだ。
「嗚呼、言い忘れておった。この書は瑞香の成り立ちから数百年で起きたことを元にして作られた歌が収められておるのじゃ。……しかし、危ういのぅ」
 シャシャテンの言う通り、題名だけでもどことなく不穏を清隆は感じる。もっとよく調べようと、該当するページを探して開く。箏の楽譜が始まる前に歌詞のみが掲載されており、シャシャテンがそれを読み上げた。「不死鳥の血や肉、肝を服せば死なない」「国の名が付いた太刀で不死鳥を斬ることが出来、それを実行した男が不老不死になった」「太刀は王に献上された」といった趣旨であるそれを読みながら、シャシャテンは小さく体を震わせる。
「太刀で不死鳥が斬れるとな? それであの男が――そうか、じゃから――」
 本当にこの書に記されているのは全て実話なのか、脚色された伝説もあるのではないか。そしてシャシャテンが何を恐れているのか考えていた時、清隆は「不老不死」の文面に目を落として気が付いた。これは梧桐宗とも、関係があるのかもしれない。
 今瑞香で多く流通しているのは、二曲を削った版だろうとシャシャテンは呟く。梧桐宗がいまだに不老不死を成し遂げていないのは、彼らが初期の版を持っておらず、その術を知らないからだろうとも。
「しかしこれは恐ろしいぞ。禁忌である不老不死を広めるような書が、かつての瑞香にあったとは。不老不死は尊い不死鳥へ反することじゃ、大罪よ」
 厳しい顔で話してから、シャシャテンは黙り込んだ。そして窓を開け、すっかり真っ暗となっている外を見て息をつく。いつになく物憂げな居候の表情が、清隆に不審を呼び起こした。
「不老不死は、何かまずいことなのか」
「嗚呼。昔から伝えられておる話があってのぅ――」
 シャシャテンが語るのを、清隆は一言も聞き漏らすまいとした。ある不老不死にまつわる伝説は、簡単には信じ難くも重みがあった。やがて口を閉ざしたシャシャテンが、急に両手を叩く。
「そうじゃ、これはそなただけが聞いていて良いものではない! 瑞香を知る者は、皆が心得ておかねば! それこそ美央も、信も――」
 そこで居候は、まっすぐに清隆を見る。彼女の頼まんとしていることは、声に出されるより前に何となく予想できた。清隆から他の面々へ、今聞いた話を伝えろと。
「シャシャテンがやれば良いじゃないか。お前の方が詳しいだろう」
「そう言われてものぅ、私も忙しいのじゃよ」
 いつも家にいる彼女が、仕事やらに追われているようには見えない。どうも楽をしたいだけにも思えるシャシャテンをわずかに睨むも、すぐに清隆は考えを改めた。こちらには隠しておきたい、大事な用がある可能性も捨て切れない。なら、八重崎に「恩人」と伝えた居候の願いを叶えるべきだろう。清隆が頷くと、シャシャテンの顔から不安の色がふっと消えた。

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