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『ノアズアークのダークヒーロー』愛夢ラノベP|【短編小説/ライトノベル】【SFファンタジー/ディストピア作品】

第0部 ノアズアークのダークヒーロー

『皆さん、午前6時です。疑似太陽が点灯しました。今日も新しい朝を生きましょう』

 電子音声のアナウンスとともに、ドーム状の天井に真っ白な光が煌々と輝く。疑似太陽の背後には、分厚い氷と真っ暗な海水が見える。
 ――西暦3035年9月、おそらく太平洋の水深3千メートル地点。
 ――船の先端にある富裕層《マンハッタン》。
 偽物の日光に照らされた街には、輝かしい未来がある。そう、誰もが思っている。あなたも思っている。私だって思っていた。
 真実を知るまでは。
 この潜水艇ノアズアークには、このユートピアには、何一つとして本物はない。全てが虚構にして贋作、現実に似せて作られたレプリカ。それが理想郷の本質だ。
 そんな真実も知らずに、街が目覚める。人々は道を歩き、車は道路を駆け抜け、街中でライトが灯る。
 人工氷河期によって、地球は終焉を迎えたのに、自分たちは幸福に生きていると錯覚する。
 だが、どれほど大声で真実を叫んでも、精神異常者としか思われない。だから、ヒーローの私が悪を討ち滅ぼすしかない。
 そう、決意を胸に抱いた時、隣を歩く市長に呼ばれた。

「……リカ、ルゥ・レプリカ! 話を聞いているの?」

「すみません、少し考え事をしていました」

「ルゥ、公務中に私情は捨てて」と市長が怒鳴る。

 何が公務だ! この欺瞞に満ちた理想郷では、市民へのプロパガンダしか行っていない。貧困層の犠牲を隠して、富裕層が幸せな生活を送っているように洗脳している。それが許せない。
 そんな怒りの感情から、リ・メイク市長を睨む。

 メイク市長――37歳の中国人、173センチ、53キロのFカップ、右利きのハスキーボイス。
 ノアズアークの市長。
 ティールグリーンのショートボブはサラサラしており、グリーンジルコンみたいな緑眼はキリリとしている。
 いつも真っ白なシャツを着て、濃褐色のレディーススーツを羽織る。茶褐色の網タイツには、ミズバショウの刺繍があしらわれている。

「申し訳ございません」と頭を下げる。

「謝っても失敗は消えないわ。式典まで時間もない。はやく歩いて」

 今、市長は私と警備員を引き連れて、演説会場に向かっている。富裕層には、人工の川が流れている。その川に私が映る。

 ルゥ・レプリカ――15歳の東欧美人、164センチ、43キロのDカップ、右利きのクリアボイス。
 濃藍の長髪は、後方で波のようなフィッシュボーンになり、前方では渦みたいに縦巻きロールになっている。オレンジの両目は、サードオニキスみたいに煌めく。
 フスタネーラのような白いミリタリーワンピースに、灰青色のミディ・ジャケットを重ね着する。シャコー帽は黒く、右肩の飾緒とサッシュは淡桃色であり、タクティカル・ブーツは茶色だ。はためくマントには、ミミナグサの紋章が描かれている。

「今日も富裕層は平和ね」と市長は微笑む。

「この千年、犯罪は起きていませんから」

 チッ、何が富裕層は平和ねっだ!
 お前たちが市民に真実を伝えず、行動を監視しているから、暴動が起きないだけだろ。
 そんな苛立ちを胸に秘めながら、富裕層を眺める。この地区の幅は約4キロメートルで、長さは約20キロメートル、面積は約60キロ平方メートルだ。
 一見すれば、マンハッタン。


 ハドソン川河口部にあるマンハッタン島を模して作られた区画には、川が流れ、そこに高層ビル群が立ち並ぶ。スーツ姿のサラリーマンはコーヒーを片手に歩道を歩き、高級車が我が物顔で車道を走る。
 でも、ここは潜水艇ノアズアークの船首の一部。

「今のうちにノアズアークの状況を教えて、暇だから」

「現在、ノアズアークに異変はありません。核融合炉の温度は少し低いですが、予定どおり太平洋を航行しています」

 ノアズアークとは、旧約聖書に登場したノアの方舟の現代版。
 船の形状はクジラのように楕円形だが、その大きさは規格外。先端から船尾は1万5千キロメートルを超え、面積は3千平方キロメートルとも言われる。

 なぜクジラ型の巨大な潜水艇が必要になったのか?
 その理由は、地球温暖化への対処法にあった。
 人類は急激な温暖化の対処法として、二千年初頭に人工冷却物質を散布した。資料がないため、詳細は不明だが、気温の低下には成功した。ただ、想定よりも温度が下がり、地球は氷河期時代に逆戻りした。
 それにより、人類は地上で生存できなくなった。
 そこで、人類は海洋が凍る前に、巨大な潜水艇を造船した。それがノアズアークだ。その船に、地球人の叡智と有能な遺伝子を積み込み、再び地球が暖かくなる日まで氷で覆われた海を潜航している。
 しかし、旧約聖書とは異なり、このノアズアークには絶望しかない。
 ノアズアークには、実は6セクションがある。それぞれが過去に地球に存在した地域や街を再現しており、その広さはセクションによって異なる。そのため、移動にも数日かかる事はザラだ。
 しかし、富裕層には、貧困層などの存在すら知らされていない。ただ、地球が暖かくなる日を夢見て、潜水艇で幸せに暮らしている。
 どこから野菜が来るのか?
 潜水艇のエネルギーは何か?
 どこに犯罪者は収監されるのか?
 そんな疑問を差し挟む余地はない。ただ、新たな人類史を紡ぐという使命を心に抱き、自分たちは選ばれた遺伝子だという誇りを胸に、未来を生かされている傀儡にすぎない。

「ルゥ、富裕層の人口比率は?」

「詳細は集計中ですが、概ね変化はありません」

「貧困層の状況は?」

「奇病が発生して、死体が増えています。薬の生産を……」

「薬? 寝ぼけているの。クローンの増産を進めて、ゴミはエンジン層の焼却炉へ」

「お言葉ですが、遺体はゴミではありません。れっきとした人間です」

「ルゥは非常識ね。ポリジェニックスコアが低い者は全てゴミ。ゴミは燃料や肥料に使われるのよ」

 ポリジェニックスコアとは、遺伝子を他者と比較する事で、その子供の未来を見る方法だ。たとえば、スポーツ選手と同じとか、大統領と違うとか、過去の偉人と比較して類似すればするほどポイントが高い。
 この富裕層には、優秀と認定された百万人しか存在せず、それ以外は別のセクションに送られる。
 富裕層の恩恵は素晴らしく、ありとあらゆる技術を享受できる。表向きの理想郷では、犯罪率0パーセントも謳われた。
 ただ、万が一に備えて、警察組織はあった。その警備主任が私、スーパーヒーローことルゥ・レプリカだ。

「やっと式典会場に着いたわ」

「そこの階段を上がれば、演説台があります」

 私は市長の隣を歩きながら、国会議事堂みたいな白い建物に入った。
 その内装は、白に統一され、壁にも床にも、高野豆腐みたいな大理石が使われていた。また、天井では燦然とステンドグラスが煌めく。
 ただ、螺旋階段を駆け登ると、真上にあったステンドグラスを越え、それは床になった。足元には美しい七色の硝子が一面に広がる。
 その端に、演説台とカメラが設置されている。そこに向かう途中、必死に貧困層への支援を願う。

「メイク市長、お願いします。貧困層に抗生物質などの薬を……」

「不要。資源は限られているの。地球が凍った以上、有限な資源は有能な人間にのみ享有されるべきなのよ」

 また同じ理屈だ。地球が凍り、選ばれた人間だけがノアズアークに乗船した――また地球が暖かくなるまで。
 その間、富裕層のみがノアズアークに貯蓄された資源を利用でき、貧困層は全てを奪われている。これが自由を謳い、平等を掲げ、理想を語るユートピアの真相である。
 だが、今のノアズアークは間違っている。
 私は曲がった事も不正も大嫌いだ。
 だから、この潜水艇の中で、私が唯一の正義として、ただ1人のスーパーヒーローとして巨悪を穿つ。
 今日、この後すぐにノアズアークの千年記念式典が催される。その式典で、メイク市長を殺害し、私が新たな市長となる。そして、貧困層も中流層も何も知らなかった富裕層も引き連れて、正しき人類史を始めてやる。

「ルゥ、聞いているの? 式典は何時から?」

「あと5分で始まります。それまでメイク直しや原稿のチェックをしましょう」

「ふふっ、私は完璧な人間よ。全て順調に計画は進んでいるわ」

 はいはい、残念ね。知らないと思うけど、あなたは演説の最中に捕まるのよ。その瞬間、ノアズアークの住民は真実を知るの。
 そんな謀略を企てていると、すぐに5分なんて過ぎた。
 メイク市長が舞台の中央に立つと、おもむろに原稿を読み始めた。その姿を無数のカメラが狙い、背景では鯨とハートの紋章を描いた旗が揺れる。ノアズアークの国章だ。
 そんな生放送を、百万人の富裕層が見ているはず。

「選ばれし富裕層の皆さま、今日はノアズアーク稼働から千年を記念して、ご挨拶を申し上げます。私たちは、氷に閉ざされた海の中で、新たな人類史を紡ぐべく……」

「そこまでよ! メイク市長、真実を話しましょう」

「ルゥ、何を言っているの?」と市長は目を丸くする。

「皆さん、聞いて下さい。このノアズアークには、富裕層の他に貧困層があります」

「無礼なヒーローの言動に騙されるな」

「黙れ、嘘つき市長! ノアズアークには幾つもの階層があり、貧困層や中流層が存在して……」

「誰かルゥ・レプリカを逮捕しろ」

「重力波動《グラビーム》」

 私は叫びながら、右手を銃の形にする。これで指先に黒い弾丸が生み出され、漆黒の光線を放てる。富裕層の人間は、このような特殊な能力を持っている。
 だが、なぜか市長は光線に撃ち抜かれたのに、全くの無傷である。
 さらに、市長に攻撃を仕掛けた時、すでに生放送は終了していた。今や、アナウンサーは私が反逆者であるというプロパガンダを行う。
 そんな事を知らない私は、後ろから数名の警備員に取り押さえられた。危険がなくなると、市長が歩み寄る。

「ペッ!」と市長がツバを吐き捨てる。

「何をするのですか?」

「この犯罪者! 愚か者! ゴミ!」と市長が私を蹴る。

「あぁん、グッ……痛い、やめて! そこはダメ」

「黙れ! 底辺! 劣等種! 邪魔者!」と市長は蹴り続ける。

「うっ、はぁはぁ……ふーん、全く動けません」

「私情を捨ててって言ったでしょ」

「どういう意味? なぜ市長は攻撃を避けられたのですか?」

「あのね、ルゥが暴動を起こす事は知っていたの。だから、私は警備員に国賊を捕まえるように命じていたわ」

「嘘よ、私は作戦を隠して、今日の警備主任を勤めました」

「愚かね、この状況を作るために、私がルゥを警備主任に任命したのよ。さぁ、皆も最後の仕上げよ。ノアズアーク初の犯罪者に刑を言い渡すわ」

「離して! このノアズアークはユートピアじゃない。不平等も不自由も存在するディストピアなの」

「うるさい。ルゥのような精神異常者の言葉なんて誰も聞かないのよ」

「この悪魔め! 貧困層の住民をゴミ扱いするクズがあぁぁぁぁあ」

「何を言っているの? 貧困層なんて存在しないわ。反逆者は本当に野蛮な妄想癖があるのね」

「嘘つき。毎日、貧困層では何百人もの子供が死んでいるのよ」

「そんな妄想に囚われるなんて……スーパーヒーローも地に落ちたわね。これじゃダークヒーローよ」

「私は正義のヒーローよ。私がノアズアークを本当のユートピアに変えるの」

 叫ぶ私に、市長は近づくと耳元で囁いた。その声は、あまりにも小さくて、さらに周囲の騒音が大きくて、たぶん誰にも聞こえなかっただろう。

「あなたのおかげで、私が英雄になれたわ。ありがとう、正義のヒーローさん」

「クソッタレがあぁぁぁぁあ!」

 プロパガンダが終わった放送局は、生放送を再開して、押さえ込まれた私にカメラを向けた。そんな状況で、威風堂々とした市長が床に突っ伏した私を見下す。

「ルゥ・レプリカ、市長の暗殺は殺人未遂……いえ、国家転覆罪に当たるわ」

「違う、私はノアズアークに平和と平等を齎そうと」

「黙れ、卑劣な反逆者に死刑は軽すぎる。永遠の時の中で、その罪を懺悔なさい」

「どういう意味?」

「選ばれしノアズアークの民よ。ルゥ・レプリカはユートピアの平和を脅かした。この内乱行為に対して、市長の名の下に凍結刑を言い渡す」

「ちょっと待って、凍結刑って何?」とパニクる。

「凍結刑とは、犯罪者をコールドスリープ状態にして、永遠に拘束する刑罰よ」

「そんな刑罰は聞いた事がありません」

「今、私が作ったわ」

「それは横暴です。事後法で罰するなど法にも秩序にも違反しています」

「その法を破ったのがルゥなの。それにノアズアーク初の犯罪者よ。超法規的な措置も必要だわ」

「この悪魔があぁぁぁぁあ! 富裕層の皆さん、この船には貧困層があり、多くの子どもが殺されています」

「犯罪者の戯言ね。我々は人類史の未来のために、ノアズアークで生き延びねばならない。ほら、ルゥを連行して、深く暗い永遠の闇に」

「離せ! 皆さん、私を信じて下さい! ここはディストピアなんです!」

 私はカメラに訴えた。もちろん、警備員に囲まれ、連行される様子が報道された。さらには、アナウンサーにより犯行の一部始終も伝えられただろう。
 まるで私が市長暗殺を企てた大罪人のように。
 富裕層の人々は、元スーパーヒーローが妄想を吐き散らして、自らの潔白を叫ぶ姿を眺めた。私が真実を叫べば叫ぶほど、民衆は私をダークヒーローと思い込み、市長をヒーローと評価したに違いない。
 そんなシーンは、人々の理想を塗り替えた。
 あまりにショッキングな映像であったため、富裕層の市民はヒーロー信仰を捨てただろう。私に憧れた子供ですら今や市長の言葉を信じたに違いない。その中には、まだ6歳のダミー・アクィラという少年もいた……まぁ、この時の私は彼の存在すら知らないが。

「許さない! 許せない! リ・メイク市長は私が倒します」

「哀れなヒーローね。もう富裕層にすら立ち入れないのに、私を倒せるはずないわ」

 私は凍結する前に、市長の嘲笑を目に焼き付けた。
 その後、私はコールドスリープ状態で凍結刑になった。最下層の牢獄で誰とも会わず、語らず、指の1本すらも動かせないだろう。
 だが、それでも私は市長を倒さなければならない――このユートピアという幻想を打ち破り、市民にディストピアだと知らせるために。
 そんな熱い使命感のせいか、いや、たぶん違うのだけれども、私は9年後にコールドスリープから目覚める。不可能と思われたが、私は動けるようになる。
 どうやって?
 その方法が知りたければ、物語の続きを読めば良い――この凍結刑という絶望的な窮地からヒーローが勝利する大逆転劇を。
 ただ、もしも1つだけ約束できる事があるなら、どんな劣勢からでも、正義は必ず勝つってコトよ!



【筆者から一言】

 本作は第30回電撃大賞(電撃小説大賞)の応募作である。ただし、ネタバレ防止のため、7千文字の本文を少し削ってある。
 去年の大賞がSFラブコメという事で、今年の大賞は(SF)ファンタジーが来るのではないか、そう考えて本作を書き始めた。
 本作は変わり果てた地球を舞台に、特殊な船の中でヒーローが活躍する物語。
 すでにプロットは完成しており、それを文字にするだけ。今まで培った技術を全て注ぎ込んで、キャラも世界観もドラマも完璧に作りたい。そのために、熱い想いを描ける文章にしたい。
 過去の経験から、やはり自分の感情が乗った文章が多ければ多いほど、読者の感情も動きやすいという傾向を掴んでいる。だからこそ夢破れたダークヒーローの再起を書き切りたいと考えたわけ。
 レプリカの想いを。
 ダミーの成長を。
 そして、ノアズアークの明日を描ければ、受賞を狙えると考えている。
 まぁ、結果発表は投稿日から9ヶ月くらい先なので、気長に待って下さい。また、例のごとく落選した場合は、このアカウントで続編を公開する予定である。




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