マガジンのカバー画像

小説・短編集

27
運営しているクリエイター

#短編小説

バレンタインデー side B

バレンタインデー side B

 朝、いつもより十五分早くセットした目覚まし時計のベルをとめる。

 緊張しているせいか、いつもよりスッキリと目が覚める。ベッドの上で小さく伸びをして、枕元に置いてあるデジタル時計で日付を確認した。

 今日は二月十四日。勝負の日、バレンタインデーだった。

 「あら、おはよう、優香。今日は早いのね」

 制服に着替えて一階のリビングに降りていくと、お母さんがまだ朝食を作っているところだった。お父

もっとみる
バレンタインデー side A

バレンタインデー side A

 いつもより早めにセットした目覚ましが、静かな部屋に鳴り響いた。目を開けずにのばした右手でその音を黙らせた俺は、ゆっくりとベッドの上で起き上がった。

 首を回して、凝った肩をほぐす。いつもより目覚めの良い頭で、壁にかけられたカレンダーを確認する。好きなアイドルの写真が載ったポスター型のそのカレンダーには、今日の日付に赤マルが打たれていた。二月十四日の金曜日。そう、今日はバレンタインデーだった。

もっとみる

迷子のテーマパーク

 紅葉は、夜の冷えた気温と昼の暖かい気温の差が激しいほどきれいに色づく。

 パークのあちこちに配置されたモミジの木をぼんやりと見ながら、理科の先生がこの前話していたことをぼんやりと思い出していた。

 今日は中学校の修学旅行二日目。旅行のメインイベントとも言える夢の国をうたったテーマパークでの自由行動。木下明美は一人、お城の正面にある花壇の前に佇んでいた。

 時刻は夕方。すでにテーマパークから

もっとみる
カットマン 7(終章)

カットマン 7(終章)

五年後、夏。

 悠平は母校の来客室で人を待っていた。

 窓の外からは部活動を終え、下校支度をする学生の声が聞こえる。昔は自分もあそこにいたのかと思うと、なんだか不思議な気分になった。

 やがて入口からノックの音が聞こえ、悠平はそちらに目を向ける。一拍遅れて入ってきたのは、恩師、松浦だった。

「お久しぶりです先生。お忙しいのに時間を頂いて、ありがとうございます」

「気にするな。立ち話でいい

もっとみる
カットマン 6

カットマン 6

二月。卓球はシーズンオフとなり、公式戦がほとんどなくなる代わりに、練習試合が各学校間で行われるようになる。直人の学校もその例に漏れず、ブロック大会常連の、県内屈指の実力校と練習試合をすることになった。

 練習試合では決まった形式はないものの、強豪校同士、お互いに何度も練習試合をしてきたことがあるため、大まかな流れはいつも決まっている。直人の学校の場合、まずは団体戦を行い、その後は選手同士がお互い

もっとみる
カットマン 5

カットマン 5

翌日の放課後、直人はいつもどおり体育館へと足を運び、練習に参加した。悠平には昨夜のうちにメールで、部活を続ける意思を伝えている。心の重みは未だになくならず、試合で負けることへの恐怖感も消えない。そんな弱い心を叱咤し、耐えながらの練習参加だった。

 基礎練習を終えると、各個人の課題練習の時間となる。この間に、レギュラー陣は交代で松浦の個別練習を受けることになっていた。順番はランダムだが、この日は一

もっとみる
カットマン 4

カットマン 4

家に帰り、直人はベッドに倒れ込んだ。

 目を閉じると試合の光景が目に浮かんできた。点を取られた一つ一つのプレーが高速で過ぎ去っていく。試合後、悠平始めチームメイトからはねぎらいの言葉がかけられたが、直人の耳には届かなかった。

 いつもは試合後に厳しく指導をする顧問も、今日はなにも言ってこなかった。解散前のミーティングでは淡々と今日の総評を述べ、直人の試合にはほとんど言及しない。直人に対する気遣

もっとみる
カットマン 3

カットマン 3

直人の部活参加は、自分でも思っていた以上に順調に始まった。

 気持ちが優れなかったのは始まる前までで、いざ練習に入ると余計なことは考えられなくなってしまった。それほどまでに、直人の部活の練習は厳しいものなのだ。

 顧問の松浦厳一(まつうら げんいち)は、学生時代に国体優勝の経験を持つ。指導者としてのキャリアも長く、過去には全国大会に出場するチームを育て上げたこともある。そんな松浦の練習が、ほか

もっとみる
カットマン 2

カットマン 2

 試合が終わった次の日からは、テスト週間に入り部活動は休みとなった。直人の通う高校は文武両道を掲げているため、いかな卓球部が強豪と言えどもテスト週間中の部活は禁止されている。それが直人にとってはありがたかった。

 試合に負けたその日、直人は一人で家に帰った。友人はもちろんのこと、自分のせいで引退が決まった三年生には合わせる顔もなく、とても誰かと帰れる状態ではなかった。次の日から部活動があったとし

もっとみる
カットマン 1

カットマン 1

観客の声が、遠くで聞こえる。

 直人はユニフォームの袖で額の汗をぬぐい、ラケットを握り直した。

 ゲームカウント二対二。ポイント九対七の最終ゲームは、大詰めを迎えていた。

 卓球台の向こうには、青のユニフォームを着た対戦相手。自分の後ろには、この団体戦に出場しているレギュラーメンバーと、指導者でもある顧問が自分を見守る。

 直人はサーブの構えに入りながら、以前にもこんなことがあったとぼんや

もっとみる
不思議なカフェの話を聞いた

不思議なカフェの話を聞いた

不思議なカフェの話を聞いた。

 疲れた人の目の前にふと現れ、心休まるひとときを与えてくれる。

 どこにあるのか、営業時間はいつなのか。それらのことが一切不明な、本当に存在しているかも不確かなカフェ。

 しかし一度そこに行けば、必ず疲れを癒してくれる。

 会社の同僚に聞いた都市伝説を、景子はそのとき真に受けなかった。真に受けなかったというよりも、そんな話に真面目に耳を傾ける余裕がなかったと言

もっとみる