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カットマン 2

 試合が終わった次の日からは、テスト週間に入り部活動は休みとなった。直人の通う高校は文武両道を掲げているため、いかな卓球部が強豪と言えどもテスト週間中の部活は禁止されている。それが直人にとってはありがたかった。

 試合に負けたその日、直人は一人で家に帰った。友人はもちろんのこと、自分のせいで引退が決まった三年生には合わせる顔もなく、とても誰かと帰れる状態ではなかった。次の日から部活動があったとしても、とても練習できるような状態ではなかっだだろう。心の整理をするためにも、直人には卓球から離れる時間が必要だった。

 テスト週間三日目。直人は自転車置き場から昇降口へと向かっていた。今日と明日のテストが終われば、また部活動が始まる。直人の心は、まだ暗澹としていた。

「よっす、直人!」

 昇降口の手前で、後ろから声をかけられた。後ろを振り返ると、同じ卓球部の榊原悠平が立っていた。

「おはよう、悠平。朝から元気だな」

「そういう直人は元気ねえな。テスト疲れか?」

 気さくにこちらの機嫌を聞いてくる悠平は、先日の試合が終わったあと、帰りのミーティングで部長として指名されていた。チームとしてのインターハイ予選が終わり、三年生は引退。その場で簡単な引退式が行われ、三年生によって選ばれた新部長、新副部長が発表された。チームはすでに来年の大会に向けて動き始めているのだ。

「テストで憂鬱じゃない方がおかしいだろ? 元気な悠平が不思議だし」

「そりゃ、今日と明日を乗り越えればまた部活ができるからな」

 何気なく放り込まれた言葉に、直人は一瞬固まる。すぐ我に返って友人をみると、雄平は真剣な顔でこちらを向いていた。

「まだ引きずってるのか、あの試合?」

「・・・その試合だけじゃない。悠平には前に言ったじゃん」

 悠平には中学生の引退試合の苦い思い出を話している。察しがいい雄平は、直人がどんな思いで卓球をしているのか、その話からうすうす勘付いてはいるだろう。

「あんまり気にするなって。先輩たちだって、むしろありがとうって言ってたくらいじゃねえか。お前がレギュラーから蹴落とした先輩までそう言ってただろ。自分を責めるなよ」

「そうなんだけどな・・・」

 試合が終わって解散したあと、先輩からは口々にお礼とねぎらいの言葉をかけられた。それが本心からくる言葉だと直人にもわかったから、自分は先輩にとても恵まれていると思う。だからこそ、その先輩たちを引退させてしまったことが苦しいのだ。

「とにかく、明日はちゃんと部活来いよ? 来なかったら直人、松浦にど叱られるぜ。それに、新部長の俺のメンツもたたない」

「悠平のメンツは割とどうでもいいかな」

「いや、そこけっこう重要だし。むしろ重要なのそっちだし」

 冗談を言いながら、下駄箱で靴を履き替える。重たい足がすこしだけ軽くなった。

「とりあえず、部活には行くよ。俺も正座のまま叱られるのは勘弁だから」

「おう、こいこい。ついでに俺のメンツを立てるのにも貢献してくれ!」

「明日の部活後にコーヒー牛乳おごってくれるなら、それも考えよう」

「メンツ代高いな」

 お互いに冗談を言いながら、直人たちは教室へと向かった。

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