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書籍レビュー『暗幕のゲルニカ』原田マハ(2016)戦争とは。芸術とは

『ゲルニカ』とは

本作のテーマとなっている
『ゲルニカ』は、
ピカソが1937年に描いた作品で、
この本の表紙にもその写真が使われています。

当時、既に世界的な名声を得ていたピカソは、
パリで開催される、
万国博覧会のための作品制作を
依頼されていました。

用意されたのは、
縦 349.3・横 776.6 cmにもおよぶ、
巨大なキャンバスでした。

これに何を描くべきか、
思案していたピカソのもとに、
悪い報せが届きます。

ピカソの故郷であるスペインが、
ドイツ空軍によって空襲を受けた
という報せです。

これは世界初の空襲でもありました。

本作の中では、
ピカソがこのニュースを伝える新聞を
何度も引きちぎり、
踏みつけた様子が描かれています。

その後、ピカソは何日も
アトリエに引きこもり、
寝食を忘れるほど、
作品の創作に没頭しました。

そうして完成した絵画は、
空襲を受けた土地の名前をとって、
『ゲルニカ』と名付けられたのです。

「戦争」と「ゲルニカ」でつながる二つの舞台

本作は、おもに二つの舞台を行き来します。

一つめの舞台は、1937~1945年のパリです。

こちらは当時のピカソの恋人であり、
自身も写真家として活動していた
ドラという女性の視点で描かれています。

ちなみに、ドラは実在の人物で、
本作で見られるように、
『ゲルニカ』の制作過程を写真に残しました。

二つ目の舞台は、2001~2003年の
ニューヨークです。

こちらの物語は、
MoMAのキュレーター(企画者)である
八神瑶子の視点で描かれています。

2001年のニューヨークといえば、
誰もが忘れることのできない、
「9.11(アメリカ同時多発テロ事件)」
という惨劇のあった場所です。

瑶子の夫は、そのテロによって
帰らぬ人となりました。

そんなタイミングで、
MoMAでの「ピカソ回顧展」を企画したのは、
瑶子にとって、重大な決心でした。

また、そこに「反戦」の意味が込められた
『ゲルニカ』を展示できるかどうかは、
アメリカの国民にとっても、
注目を集めるポイントです。

スペインで保管されている
『ゲルニカ』をMoMAで展示するべく、
主人公が奔走するのが、
「ニューヨーク編」の見どころになっています。

実話と創作が絶妙に絡み合う

この物語を楽しむうえで、
ポイントとなるのは、
20世紀の「パリ編」に出てくる
登場人物のほとんどが、
実在の人物であることです。

また、巻末にある参考文献には、
『ゲルニカ』に関連した文献が多くあります。 

このことからもわかるように、
本作で見られる『ゲルニカ』の制作過程は、
かなり現実に近いのではないかと思われます。

もう一方の21世紀の「ニューヨーク編」は、
すべての登場人物が架空の人物となっていて、
フィクションの物語です。
(登場人物の実在・架空については、
巻末に記されている)

ですが、こちらも「パリ編」と
遜色なく現実味のある物語なんですよね。

「戦争」と「ゲルニカ」、
これらの接点でつながった
二つの物語は、
終盤でさらに意外な接点で
繋がっていくことになります。

この辺りのおもしろさは、
フィクションならではの
サプライズと言えるでしょう。

二つの物語を交互に描くことによって、
飽きのこない読み応え、
さらに、物語の全容がなかなか掴めない、
じらし感がたまりません。

こういう構成の本は、
読み始めると止まらなくなり、
一気に読みたくなってしまいます。

そして、何よりも物語が
おもしろいだけではなく、
「戦争」とは何か、
「芸術」とは何か、
といった深いテーマにも
想いを巡らせることのできるのが、
本作の素晴らしいところです。


【作品情報】
初出:単行本 2016年
   文庫版 2018年
著者:原田マハ
出版社:新潮社

【著者について】
’62年、東京都生まれ、岡山県育ち。
馬里邑美術館、伊藤忠商事、
森ビル美術館設立準備室を経て、
ニューヨーク近代美術館に勤務。
’02年にフリーのキュレーターとして独立する。
’05年、『カフーを待ちわびて』でデビュー。

【同じ著者の作品】

【本作のおもな参考文献】


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