見出し画像

書籍レビュー『日本沈没』(1973)日本がなくなる時、日本人は何を思うか


日本の SF 御三家・
小松左京をはじめて読む

著者の小松左京は
日本の SF 御三家と称される
大家の一人です。

(他の二人は星新一、筒井康隆)

小松左京の作品は、
はじめて読みましたが、

非常に高度な科学の話が
わかりやすく書かれており、
最後まで楽しく
読むことができました。

本作は氏の代表作であり、
長年にわたって、
さまざまな映像作品にも
なっています。

近年は、TBS の日曜劇場でも
ドラマ化されており、

そちらの作品を観て、
本作を知ったという方も
多いのではないでしょうか。

タイトルの通り、
本作は日本列島が沈没する話です。

こう書くと、荒唐無稽な
印象を受ける方も
いるかもしれませんが、

細部にわたって、
科学的な考証の元に
書かれた作品であり、

とてもリアリティーのある話に
感じられました。

作中には日本列島が
沈没する前に、
多くの地域で大地震が発生し、
火山が噴火する描写があります。

今の視点で読むと、
ありえる話に感じますが、

これが書かれたのは、
'70年代のことですから、
大地震が起こることなど、
考えられない時代でした。

そういう意味でも、
SF 作家というのは、
すごいものだなぁと思います。

未来を予見したかのような、
まごうことなき SF 作品

物語の舞台は'70年代の日本です。

小笠原諸島の北にあった
小さな島が一夜にして、
海の底に沈んだ
という報告を受けて、

調査隊が現地に向かいます。

そこで彼らは、
海底にあった奇妙な亀裂と
激しい乱泥流を発見します。

(乱泥流:岩石が風化・
 浸食によって細かく砕け、
 乱流によって攪拌されたもの)

同時期に伊豆半島付近では、
地震によって
火山噴火が誘発され、

周辺地域に大きな被害を
もたらしました。

これを受けて内閣では、
地震学者が招かれ、
意見を伺うべく、
懇談会が開かれることになります。

そこに招かれた地震学者の
田所博士は、
「日本が沈没する可能性」を
はじめて公にしますが、

その場では、
それをまともに聴こうとする者は
皆無でした。

これが本作の序盤に
あたる部分となります。

ここで印象的だったのは、
冒頭の潜水艦の描写ですね。

私は潜水艦について
詳しくはありませんが、

海底や艦内の描写が
とても丁寧に描かれており、
未知の海底の世界が
脳裏に広がりました。

本作はその性質上、
このような情景描写が
多く出てくるのですが、

作者の文は、
それらを極めて客観的に、
冷静にそれを描いています。

感情があまりない文
というと誤解を
招くかもしれませんが、

やはり、描き方が
科学的なんですよね。

どんなエピソードも
科学を土台に書かれているので、
説得力が高いのも印象的です。

地球の構造は、
(内核、外核、マントル、
 地殻から成る)

本作が発表された当時は、
一般の人になじみのない
内容だったためか、

図解付きで説明されています。

こうった配慮が多くの人に
この物語の受け止め方を
大きく変えたことでしょう。

当時の読者には
突拍子もない話に感じたかも
しれませんが、

実際に、その二十数年後には、
阪神淡路大震災がありましたし、

その後の東日本大震災では、
本作に出てくるような
大津波による被害も
あったんですよね。

そのことを考えると、
やはり、SF 作家の想像力
というのは、脅威的とすら
思ってしまいます。

日本がなくなる時、
日本人は何を思うか

私も実際に読むまでは、
本作のイメージを

「パニックムービー」的なもの、
ディザスターものとして
捉えていたのですが、

実際に読んでみると、
割と地味な部分も多い印象でした。

もちろん、大地震や火山噴火、
津波による被害といった
描写もあるのですが、

それらの描写は、
物語を盛り上げるために
あるという感じではなく、

あった出来事を
(想定される出来事)
淡々と述べる感じでした。

それ以上に印象的だったのは、

実際に、日本が沈没する場合に、
どのような問題が起こりうるか
といったシミュレーションの
部分ですね。

以前、映画レビューで紹介した
『シン・ゴジラ』でも、

政治的なやりとりに
リアリティーを感じた
というようなことを
書いた覚えがあるのですが、

本作もそういうタイプの
SF 作品です。

大災害に見舞われて、
市民がパニックに陥るところを
強調するよりも、

日本がなくなる時に、
国民は何を思い、
政府はどのような対応をするか、

というシミュレーションが
かなり緻密に
されているんですよね。

一つの国がなくなるというのは、
その国だけの問題ではありません。

一つの国があれば、
その国はいろんな国と
結びつきがありますし、

国土がなくなるとすれば、
そこに生きる国民を
どこへ移転させるか
ということも問題になります。

(この場合、日本人は
 他国から見て難民となる)

そういった問題について、
本作では科学と政治の視点を
うまく結びつけて、

多様な視点で物語が
描かれているのです。

危機的な天災が多くなった
今の日本だからこそ、

このような作品を通じて、
あらゆる状況を想定することが
大事だと思います。

エンタメとしても、
おもしろい作品ではありますが、

それだけに留まらない
圧倒的なリアリティーを
本作に感じました。


【作品情報】
初出:1973年
著者:小松左京
出版社:光文社ほか

【著者について】
1931~2011。
大阪府生まれ。
'62年、『易仙逃里記』で
作家デビュー。
代表作『復活の日』('64)、
『果てしなき
 流れの果に』('66)、
『さよならジュピター』('82)

【同じ著者の作品】

この記事が参加している募集

読書感想文

SF小説が好き

サポートしていただけるなら、いただいた資金は記事を書くために使わせていただきます。